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深い悲しみの中に見える強さ…… NZのテロ現場で出会った人たち
ニュージーランドとスリランカでテロ事件が相次いで起きました。ニュージーランドは異なる民族や宗教の人たちが穏やかに暮らす社会だからこそ、特定の宗教が狙われたことに世界は衝撃を受けました。犯行がインターネットで中継され、その動画が広がったことも、別の問題を浮き彫りにしました。スリランカの事件は、過激な思想が世界に拡散している恐ろしさを示しています。(朝日新聞国際報道部・飯島健太)
3月15日、ニュージーランド南部クライストチャーチにあるイスラム教の礼拝所2カ所で豪州人の男(27)が銃を乱射しました。
多くの人がけがをし、殺害された人は5月3日現在で51人にのぼります。
事件があった翌16日午前9時半、私はクライストチャーチの空港に着きました。現場近くには遺族や被害者が集まる拠点が設けられていて、警察の情報や食料が届けられていました。
そこで取材したファリド・アフメドさん(59)は、最初に襲われたヌールモスクで妻フスナさん(44)を亡くしました。アフメドさんは「どのような人間にも生きる価値がある」と妻の死を静かに悼みました。残された14歳の娘には、自分が母親代わりになると伝えたそうです。
事件のあったヌールモスクから100メートルの所に住むブロンウィン・タルボットさん(37)は、南アフリカの出身でキリスト教徒です。
近所で起こった事件について聞くと、「イスラム教のモスクがあるからこそ安全な地域、って今でも思っています。イスラム教徒も平和を祈りますから。悪いのは民族や宗教ではなくて、そういった違いを受け入れられず、勝手に憎しみを抱いて暴力をふるう人物でしょう」と述べました。
それぞれの違いを認め合ったうえで、ひとつの社会で生活する。この社会で続いてきた人びとの振る舞いは、遺族や被害者に対する具体的な形として見えました。
事件から3日目の3月18日昼過ぎ、ヌールモスク近くにある高校の生徒たち120人が、遺族らの集う拠点にやってきました。
男子生徒は先住民マオリの伝統的な踊り「ハカ」を力強く披露し、女子生徒は歌「ワイアタ」を優しい声で歌いました。そのあと、生徒たちは一人ひとり、遺族らと胸を合わせて抱き合いました。涙を流す生徒もいました。励ましとともに、悲しみを共有しているようでした。
事件から1週間を迎えた3月22日には、いつもどおりの金曜礼拝に合わせて、ヌールモスク近くの公園で追悼の催しが開かれました。
イスラム指導者が説法するその場には、イスラム教徒5千人に加えて、一般の参加者1万5千人も集まりました。その中の多くの女性たちが、イスラム教徒の女性が事件後も安心してスカーフを頭にかぶって外出できるよう、同じようにスカーフを身につけていました。
人と人が緩やかに連帯するこうした姿に、しなやかで力強い社会を見ました。
地元メディアなどによると、実行犯の男は以前にフランスやブルガリア、トルコ、ハンガリーなどを旅行。こうした体験をもとにした74ページの犯行声明文を事件前、ネットに公開していました。
それによると、旅先で自分とは違う「非欧州人」の移民について、自分たちの社会を悪くする「侵略者」と感じたと主張します。そして、「我々の存在を確実にする」として事件を決意したと述べます。
犯罪心理学が専門で筑波大学の原田隆之教授は「過激思想に注目するだけではなくて、実行犯の男には元々、暴力的な側面があったと推測できる点も重要です」と指摘します。
「他者への共感性が完全に欠如し、人命を軽視する傾向が伺えます。そういう反社会性のある人物が過激思想に出合ってしまい、自分が考える『正義』や『解放』という大義名分を見いだします」
「本人は正しいことをやっていると都合よく解釈しているので、行動はどんどん過激になっていったと考えられます」
また、「事件の最大の特徴は、犯行とネット中継が一体だった点です」と分析するのは、テロ事件の取材が専門で英紙ガーディアンのジェイソン・バーク記者です。「実行犯は、犯行の様子や自身の言葉をネットのユーザーに直接、届けていました」
バーク記者によると、テロリストの目的は、標的への暴力にとどまりません。ネットユーザーのような事件や過激な思想とは無関係の人びとにも恐怖を植え付けようとします。また、自分にとっての「正義」のためであれば暴力は許される、というような極端で異常な考え方も広めようとします。さらに、同じようなテロ行為を新たに起こさせることを狙います。
こうした犯罪心理や思想の拡散は、4月21日にスリランカの最大都市コロンボなどで起きたテロ事件にも共通性がありそうです。
スリランカ当局によると、実行犯9人は高等教育を受け、英国や豪州に留学した人も含まれていたそうです。
彼らにはそもそも暴力的な側面があったのか、どのように過激な思想に出合って近づいていったのか。現時点でははっきりしないことも多い一方で、二つの事件が投げかける問いはありそうです。
「生」の情報やメッセージには注意が必要だということは、バーク記者の言葉とともに米国の事例が、改めて教えてくれました。
米国は2016年にあった大統領選のとき、ロシアが介入したとして捜査していました。4月18日、その報告書が公表されました。それによると、ロシアの狙いはトランプ氏を応援して有利にする一方、対立候補のクリントン氏を不利にすることでした。
その方法の一つに、SNSの悪用があったそうです。
ロシアのプーチン大統領とつながりのある企業インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)は、フェイスブックのアカウント470件を使って2015年1月からの2年半に8万件を投稿。1億2600万人が見たそうです。ツイッターのアカウント3800件でも、140万人とつながっていました。
どのような情報が発信され、投票行動に影響を及ぼしたのか、報告書からは読み取れません。偽の情報も含めて、トランプ氏を応援する内容だったのは間違いなさそうです。そういった情報に触れて、トランプ陣営で実際の選挙運動に参加した人もいたと報告されています。
個人でも組織でも、誰でも自分たちの意に沿う情報を簡単に広げられるのは確かです。そこに極端で過激な思想やウソの情報が紛れ込んでいても、そのまま信じ込んでしまう恐れは否定できません。自分にとって都合のいい情報を選んでしまうこともあるかもしれません。
信じられる情報は何か。情報がもつ意味はどういうものか。
情報の受け手である私たちに事件が問いかけています。
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