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「安倍新喜劇」 実現の舞台裏に迫る 首相×吉本興業、なぜコラボ?
舞台の袖から安倍晋三首相が現れると、観客席にどよめきが広がりました。大阪発の笑いの総本山、今年で60周年の吉本新喜劇に、ほんまもんの首相が初めて出たのです。なぜ「安倍新喜劇」になったのか。舞台裏を探りました。(朝日新聞編集委員・藤田直央)
安倍首相は4月20日の土曜に日帰りで大阪府に入りました。衆院大阪12区の補欠選挙に立候補した自民党公認候補の応援で3カ所を回った後、大阪市で6月に開かれる主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の会場を視察。その後に向かったのが……
ミナミの繁華街にある吉本興業の本拠地、「なんばグランド花月」でした。
吉本名物の新喜劇を上演中に、池乃めだかさん扮する社長が「経済を上手に話せる人を呼んである」と言い出します。
スペシャルな音楽とともに、首相が下手から登場。「ほんまに本物」と自己紹介しての5分弱の出演は、首相官邸HPにこの通りアップされています。
新喜劇になじみのない方々には、「誰かがボケて、他の出演者がそろってずっこけるあの舞台」と言えばおわかりでしょうか。
関西では週末の昼にテレビで流れ、京都出身の私も小学生当時よく見ました。池乃さんはその頃から出ていました。おなじみの芸人のお約束のギャグに、観客がどっと沸くゆるーい一体感。それが新喜劇の魅力です。
そんな舞台に今回、時の首相が背広姿で現れました。観客らの反応は驚きや戸惑いの「えー」から、次第に拍手へと変わりました。
なぜこんなコラボが実現したのか。ヒントは首相のセリフにありました。
首相が話し続けたのは、G20サミットのことでした。「トランプ大統領や習近平主席、プーチン大統領も集まって真剣勝負をするんです。『四角い仁鶴がまあるくおさめまっせ』で解決策を見いだしたい」と吉本ネタも盛りつつ、「交通規制にどうかご協力をお願いしたい」と頭を下げました。
この「交通規制」、実は主要国の首脳が集う国際会議を大都市で開く際には欠かせません。スムースな移動や警護が大都市では常に懸案になるからです。
こうした重い国際会議は国連本部のあるニューヨークではおなじみですが、大阪では1995年以来のこと。しかも「我が国が主催する史上最大規模のサミット(首脳会議)」(河野太郎外相)です。
政府は、G20開催中には大阪市周辺で車の使用を控えるよう呼びかけていますが、認知度が低いのが悩みのタネ。4月9日に首相官邸であった会議では各省庁にねじが巻かれています。
つまり首相の新喜劇出演は、G20の運営に大阪の企業や市民の協力を得たい政府にとって、絶好のプレゼンになったのです。
では吉本興業の方は、なぜこの異例のコラボに臨んだのか。色んな意味でプラスになるとふんだのでしょうが、吉本自体がもともとG20のPRに前向きだという事情があることがわかりました。
広報担当の人の説明はこうでした。
「地元で開かれるG20での啓発には吉本のインフラを使って協力しています。大阪を代表する文化である新喜劇に首相が出られたのもその一環です。政府の説明はどうしても固くて、府民、市民にすれば他人事になってしまいますが、うちからならお茶の間目線で伝えられますので」
吉本興業はG20のPRへの協力を昨年に外務省に申し出て、すでに「なんばグランド花月」などの劇場でビラを配るといった協力をしています。
6月の本番に向けても政府からの情報提供をふまえ、「うちの芸人のテレビやラジオの番組、新聞のコラムなどで、G20の意義や、生活に関わる交通規制などについて伝えていきたい」と広報担当の人は話しました。
そうした「あうんの呼吸」が、首相の新喜劇登場に向けては首相官邸との間にあったわけです。吉本興業は「お客さんの前での有料の公演で一国の首相が動かれるので、官邸のアドバイスをいただきながら準備しました」(広報担当)。
ちなみに外務省は「全くあずかり知らず、逆に吉本さんから聞いていた」(G20サミット事務局)という状況でした。
でも、G20の開催地が大阪市と決まったのは昨年です。その協力だけで政府と吉本の関係がここまでトントン拍子に深まるとは思えません。
そこで両者の最近のコラボを見てみたところ、より広い外交マターでつながりを築いてきたことがわかりました。
首相は新喜劇の舞台で「G20を成功させれば、2025年はいよいよ大阪万博です」と語りました。この二つの国際イベントで主要テーマとなるのが、いま何かと話題のSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)です。
SDGsとは、世界が持続可能な形で発展するための2030年にかけての国際目標で、15年に国連サミットで採択されました。「貧困をなくそう」「質の高い教育をみんなに」「気候変動に具体的な対策を」などなど、17の目標が並びます。
吉本興業は「笑顔につなげる活動を通じて、よりよい国際社会の実現に貢献」するとして、SDGsに力を入れています。イベントや芸人たちを通じた発信などが評価され、17年に政府に表彰されました。
また、外務省は吉本の芸人たちを海外安全情報配信サービス「たびレジ」やODA(政府開発援助)のPRに起用。18年に河野太郎外相が同社への感謝状を岡本昭彦社長に手渡しました。
外務省では、「芸人さんは若者や女性に訴求力があり、自分のツイッターやラジオ番組でもPRしてくれる」(「たびレジ」担当の人)と吉本さまさまの様子です。
今年の外交青書には「たびレジ登録推進大使」になったケンドーコバヤシさんのインタビューが載りました。省内の廊下には、吉本の芸人たちがSDGsをPRするポスターがあちこちに貼られています。
外交については私も取材が長いので、世間への発信が難しいことはよくわかります。また、吉本のお笑いは今も好きなので、外交と吉本のコラボはうれしいことです。
でも、その先に首相の新喜劇出演があったことを今回確認して、とても複雑な気持ちになりました。
首相の大阪入りは、衆院補選の投開票日を翌日に控えるタイミングでした。「なんばグランド花月」に行く前に、自民党公認候補の応援演説をして回り、G20の会場を視察したのは最初に述べた通り。そのG20のすぐ後には7月に参院選があります。
舞台でG20の話しかしなかったとはいえ、外務省を外して官邸主導で実現した首相の新喜劇出演に、別の思惑がなかったと言いきれるでしょうか。「歴代首相で初めて」という話題が、選挙に影響を与えないと言いきれるでしょうか。
何より違和感を覚えたのは、舞台の両脇で、首相を警護するSPたちが仁王立ちになっていたことです。権力者を取り巻く緊張感と、新喜劇の心地よいゆるさがごった混ぜになり、何ともむずがゆい思いでした。
首相が話し終えると、出演者の一人が「我々もできる限りのことをご協力させていただきます」。それに続く、座長のすっちーさん扮する「すち子」の言葉が、政府と吉本の微妙な間合いを語っているように思えました。
「SPの方の鋭い目が気になって、話ほとんど入ってこんかったわ。もういっぺんちゃんとゆっくり聞きたいんで、今度おうち行ってもよろしい?」
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