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日本が生んだ計測の技術 前回東京オリンピックで採用、クレームゼロ
2020年東京五輪・パラリンピックの開催を控え、アスリートだけではなくさまざまな裏方も奮い立っています。熱戦を支える一役を担うのが、世界に先駆けて日本が生んだ「計測」のプロたちの技。タイムを瞬時に判定する自動計測システムの原型は、1964年の前回東京五輪から始まりました。「Made in Japan」が世界基準となって半世紀余。脈々と受け継がれた信頼の技は、進化を重ねながら世界各地でアスリートたちのドラマを引き立てています。(朝日新聞映像報道部・池田良)
昨夏、インドネシアで開かれたアジア最大のスポーツの祭典「アジア大会」では、陸上男子100㍍で山県亮太選手が自己タイ記録となる10秒00をたたき出し、銅メダルを獲得しました。ところが、銀メダルとなったカタール人選手の記録も10秒00でした。同タイムなのに、なぜでしょうか。
公式記録は100分の1秒単位で発表されます。ただ、こうした同タイム時の場合に限って実施される着差判定は、さらに1千分の1秒単位まで精緻に計測した数値が使われるのです。
このレースでは着差判定の結果、カタール人選手が「9秒995」で、山県選手は「9秒997」。その差は、距離にしてわずか「2㌢」でした。トラックを後にする山県選手の悔しそうな表情が忘れられません。
「コンマ何秒、数㌢の差で、選手は世界が変わるんですよね」。時計メーカーのセイコーホールディングス(HD)で長く大会の公式計時に携わる梶原弘さんが話します。
同社はこれまで6回の五輪・パラリンピックと、15回の世界選手権で公式計時を担当し、「世界最速」を計測した実績があります。
梶原さんが担当した09年のベルリン世界選手権決勝では、引退したジャマイカのウサイン・ボルト選手が100㍍9秒58の驚異的な世界記録を樹立。スタンドは大歓声に包まれました。「タイムは刹那のドラマだと体感しました」と梶原さんは振り返ります。「記録は単なる数字ではなく、アスリートの魂と感動を与えるものだと思います」
タイムはスタートのピストルの信号音から、フィニッシュラインを選手が通過するまで自動計測されます。選手がラインに設けた赤外線を横切ると、瞬時に「速報値」としてまずは1位のタイムを表示します。ライン際にある1秒当たり1千枚で刻む特殊カメラで撮影した写真を組み合わせ、公式記録と着順をはじき出す仕組みです。
走り幅跳びなど跳躍競技では、多方向に設置したカメラの映像を組み合わせた3D映像で計測する技術もあります。いずれも、瞬時に、正確に、選手や観客に結果を伝える仕組みです。
17年9月の日本学生対校選手権では、男子100㍍で桐生祥秀選手が日本人選手初の9秒台となる「9秒98」を記録しました。公式タイムが発表されるまでの数秒間、場内は歓声と静寂が混じり、判定する担当者たちも息をのんだそうです。
国内の陸上大会で多くの公式計時を務めるニシ・スポーツの担当責任者、渡辺啓二さんは「記録はスポーツの醍醐味の一つ。選手の躍動を正確に伝えられるよう努めたい」と話します。
前回東京五輪は、セイコーが世界に先駆けて開発した技術によってタイムが総合的に電子計時され、自動測定された初めての大会となりました。それまでは、複数人がストップウォッチで測定し、平均を採用していました。計測員はフィニッシュラインに並び、1人の選手を3人が担当します。それぞれが目線をずらしながら、選手を見つめます。それでも、タイムや着順の判定ミスはつきもので、選手や関係者からのクレームもあったといいます。
しかし、同社によると、前回東京五輪では、五輪史上初めて計時や着順に関するクレームがゼロになりました。こうした技術は腕時計やプリンターの開発、普及など社会のさまざまなインフラ整備にもつながりました。
梶原さんも渡辺さんも「計測は信頼あってのもの」と口をそろえます。「記録表示を『演出』として、観客との一体感をさらに高めて会場を盛り上げたい」と今後の狙いも語ります。
ただ、来年の20年東京五輪・パラリンピックの計測を担うのは、国内の時計メーカーではなくスイスのメーカーで、東京開催が決まる前から決まっていました。
それでも両社は、大会の盛り上がりに期待を込めています。「五輪でさまざまな技術が披露され、世界が進化しました。新たな技術が楽しみです」(セイコーHD)。「最高の舞台へ日本選手を送り出せるように、任される大会を盛り上げたい」(ニシ・スポーツ)
4月21日からカタールの首都ドーハでアジア陸上選手権が始まりました。20年東京五輪に向けた今シーズンの主要な国際大会の幕開けです。大舞台で躍動するアスリートたちを支えるさまざまな職人技にも注目です。
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