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コラム

景気が悪いと起こる?日本語ブーム 平成のブームは他に理由があった

平成時代のことばを振り返る最終3回目は「日本語ブーム」について見てみます。

「平成ありがとう」「令和おめでとう」の垂れ幕が東京・有楽町に掲げられた=1日午後、東京都千代田区
「平成ありがとう」「令和おめでとう」の垂れ幕が東京・有楽町に掲げられた=1日午後、東京都千代田区 出典: 朝日新聞

目次

【ことばをフカボリ:24】

 平成のことばを振り返る最終3回目は「日本語ブーム」について見ます。日本ではこれまで何度か、昔ながらの和語の「美しさ」「奥ゆかしさ」を再認識したり、言葉づかいの「誤り」を指摘する本が立て続けに出版されたり、敬語のあり方や語源がテレビ・ラジオで特集されたりする「日本語ブーム」が起きました。過去のブームには不景気な時期に起こる傾向がみられますが、平成期のブームにはほかにも時代を映す一面があったようです。(朝日新聞校閲センター・田島恵介/ことばマガジン)

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昭和の日本語ブーム


 昭和の後期(1970年代)、「日本語」を冠した本が多く刊行される日本語ブームが起こりました。「日本語をさかのぼる」(大野晋、74年)、「日本語のために」(丸谷才一、74年)、「閉(とざ)された言語・日本語の世界」(鈴木孝夫、75年)などです。

 またこの時期は、大野や福田昆之(ひでゆき)、村山七郎らによって、日本語の起源をめぐる「日本語系統論」が激しい論争の対象となったりもしました。

 このころは、石油ショックの影響で実質経済成長率が落ち込み、不景気の時期でした。

平成では

新しい元号「平成」を発表する小渕官房長官
新しい元号「平成」を発表する小渕官房長官 出典: 朝日新聞


 一方、平成の日本語ブームが起こったのは、99~2009年ごろです。この時期も国内経済は低調でしたが、過熱ぶりはそれ以前のブームをしのぐものでした。

 「日本語練習帳」(大野、99年)を皮切りに、「声に出して読みたい日本語」(斎藤孝、01年)、「常識として知っておきたい日本語」(柴田武、02年)などが立て続けにベストセラーとなり、続編・類書が多数刊行されたのです。

 例えば「日本語練習帳」は、「通る/通じる」や「意味/意義」など類語の使い分け、助詞「は」「が」のニュアンスの違い、まとまった文章の要約の仕方などを練習問題形式で解き明かしてゆくという趣旨の本で、世代を問わず広く読まれました。

 使い慣れた母語であるはずの日本語を「練習」するという、単純でありながらも斬新なタイトルの表現も受けたのでしょう。

ベストセラーになった「日本語練習帳」(左)と「声に出して読みたい日本語」
ベストセラーになった「日本語練習帳」(左)と「声に出して読みたい日本語」 出典: 朝日新聞

他にも理由があった


 そして、この時期には「日本語本」がなぜ売れたのかを考察・分析するような記事や番組も、盛んにみられました。

 一説には、不景気な時期は「自分はいったい何者なのか」というアイデンティティーが探られ、母語への関心が高まるともいわれます。70年代の日本では大規模な古代史ブームも起こりましたが、それも日本語ブームと地続きのものだったと思われます。

 けれども、平成の大ブームにはそのほかにも理由があったようです。

 2000(平成12)年1月。折しも、小渕恵三首相の私的諮問機関「二十一世紀日本の構想」懇談会の最終報告が、「長期的には英語を第二公用語とする」と提言していました。

 背景には、英語を話せなければ国際的に不利な立場に追い込まれてしまうとの切迫感もあったのでしょうが、日本にはそもそも公用語という概念がないのに英語を「第二公用語」にするとはナンセンスだ、などといった批判もあり、賛否相半ばしました。

 さらにブーム末期には、水村美苗著「日本語が亡(ほろ)びるとき―英語の世紀の中で」(08年)が議論を呼びました。インターネットの誕生で、英語がかつてのヨーロッパにおけるラテン語のような「普遍語」としての地位を占めて世界中で流通するようになった現状について述べ、「日本語の地位も決して安泰ではない」と警鐘を鳴らしたのです。

 世界には、数え方にもよりますが約6000の言語が存在するといわれ、うち約2500が「消滅の危機」にさらされているとユネスコによって報告されたのが、翌09年の2月。衝撃的だったのは、アイヌ語や八重山語(八重山方言)なども含まれていたことでした。

 この事実は、長期的に眺めるならば、この著作が提示した問題が決して大げさなものではないと思わせるに十分でした。

日本語を学ぶ日系ブラジル人の児童=2018年11月、滋賀県
日本語を学ぶ日系ブラジル人の児童=2018年11月、滋賀県 出典: 朝日新聞

令和ではどうなる?


 こうした風潮に目を向けると、平成の日本語ブームは、国際社会の急速なグローバル化で台頭した英語公用語化論への危機意識の表れでもあったと考えられます。

 もっとも、提言は数年で立ち消えとなりましたが、英語はいま、国際語としての存在感をますます高めています。日本でも、早い時期からの英語教育の是非が問題になっています。

 来たる「令和」時代には、私たちが使っている日本語の未来について、いよいよ本腰を入れて考えさせられるような「大ブーム」が起こるかもしれません。

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