お金と仕事
使い込まれたフライパンが商売道具 実演販売のプロ、なぜ売れる?
ドウシシャのフライパン「エバークック」を実演販売する福山あゆみさん(53)は、1日に141枚売った記録があるそうです。8時間店頭に立ったとしても1時間に17~18枚ペースで売らないと達成できない数字です。いったいどんなスゴ腕なのか。華麗なフライパンさばきを想像しながらお会いしてみると……。「この方はおそらく何を売っても売るだろうな」が、取材後に残った印象でした。(朝日新聞経済部記者・志村亮)
福山さんが、ショッピングセンターの調理器具売り場でホットケーキを焼きはじめた。
型枠をつかってじっくり焼く。派手なパフォーマンスはない。声を張り上げることもない。お客から話しかけられた。大きめのフライパンがほしいそうだ。
食材へ均等に熱を伝えるには底に厚みが必要なこと。ただその分、重くなることなどを説明する。お客は底の厚みを保ちながら側面を薄くして重みを減らしたという約5千円のものを選び、レジに向かった。
人材会社エム・ケイヒューマンネット(大阪市)に2016年4月入社。同社が販売支援業務を請け負うフライパン「エバークック」を担当し、約3年半になる。2018年10月に石川県の総合スーパーで実演販売し、141枚を1日で売り上げたことがある。
「タイミングがよかっただけ」という。だが、詳しく聞くと、すること一つ一つに狙いがあることがわかる。
ホットケーキをよく焼くのは、香ばしいにおいを漂わせるため。目玉焼きを型枠でハート形に焼くのは、お子さんの目を引くため。手作りの赤いテーブルクロスを調理台に敷くのは、見栄えの印象をよくするため。
商品知識も豊かだ。「使ってみないとわからない」ので、500円の格安品から数万円の高級品まで、ライバルの製品も自腹で試してきた。
フライパンが自宅に40枚はあり、家族から「あきれられている」という。
エバークックの売りは、こびりつきを防ぐフッ素樹脂コーティングを独自の技術ではがれにくくしたことにあるそうだ。そうした説明は「小学生でもわかるようにする」。「欠点も話す」「絶対ウソはつかない」も自分に課すルールだ。
実演販売は、料理が得意な母が2年間使いこんだフライパンで調理する。それでも、こびりつきにくさが保たれていることをわかってもらうためだ。
実演販売より「自分の分身を作る」方が大事だという。現在、おもに愛知、三重、岐阜、静岡4県の50~60店を担当。なかには半年に1回しか行けない店もあり、日常的な販売は店員に頼るしかない。
だから「店員向けの勉強会を頼まれるとやった! と思います。勉強会では必ず前に呼んで実際に卵焼きを焼いてもらう。ファンになってもらえる自信はあります」。
名古屋生まれの名古屋育ち。高校卒業後、大手メーカーの研究職に就いたが4年ほどで退職。結婚してしばらく子育てに専念したのち、人材会社に登録し、クレジットカードやエアコンなどの販売支援をやってきた。売り上げの成績はずっとよかったという。
やる気が出るのはナンバー1より2番手、3番手で伸びしろを感じる商品という。価格帯が近いフライパンでは、仏メーカーのティファールが強力なブランドを誇る。追いかけるエバークックの位置どりも肌にあうようだ。
卵焼き用もふくめシリーズの値段は1枚3千~5千円程度と競合より安くはない。聞かれたこともあるだろう意地悪な質問をしてみた。
結局、担当だから勧めるんじゃないんですか――。
「安めのフライパンを買って、すぐだめにして、また買うことを繰り返すのも選択肢ですが、いちど使ってみていただければ良さがわかります。コストパフォーマンスは一番です」
あらゆる努力は、このせりふに説得力を持たせるためにあるのだ。いまさら気づかされ、うろたえたのを見透かされたように追い打ちがかかった。
「惚れないと売れません」
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