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その男、元演歌歌手 別れ際に残した「名曲」 街の安全守るため
昭和の終わりに名を揚げた演歌歌手・段田男(だんだだん)さんをご存じですか。本名は深谷委宏(ともひろ)。現在52歳。地元・愛知県みよし市の消防団長を務めていましたが、3月末に任期満了で退団しました。一線を退く前に、自ら作詞・作曲した消防団の応援ソング「進め!みよし市消防団」を残しました。年々減る消防団員への対策になるか? 退団を前に元消防官の記者が話を聞きました。(朝日新聞名古屋報道センター記者・仲程雄平)
鼓笛隊の演奏のような軽快なマーチに据わった美声が乗ります。「火点は前方の標的!」。間奏の間には、団員の勇ましいかけ声が響きます。歌詞は3番まであり、水防訓練に出初め式、年末夜警、女性消防団員――地域に根づく消防団員の姿が目に浮かびます。
段田男さんについては、芸人の宮川大助・花子の花子さんが、みよし市をPRする動画の中でこう言っています。
「一番有名な出身者、段田男」
旧三好町出身。高校在学中に文化放送のオーディション企画「スターは君だ!」で審査員特別賞を受賞し、卒業後に作曲家の故・市川昭介さんのもとで修業しました。「段田男」の芸名は雑誌の公募で決まり、名付け親は20代のOL。1986年に「玄界灘」でデビューしました。
ですが、体調を崩して3年ほどで引退しました。「精神的に強くなかった。芸能界で耐えていけなかった」。深谷さんは、当時の自身をそう振り返ります。悔しい思いを胸に故郷に帰ると、父が営む建築業を手伝いました。そして、地域の慣習に従い、90年に消防団員になりました。
新たな道を歩んだ深谷さんでしたが、歌にかける思いは消えることがなく、歌謡教室を始めました。「段田男」の「段」には、「階段を一歩ずつ上がる」という思いが込められていたようです。消防団では、団員から副団長、17年4月にはトップに立ちました。
消防団長の任期は2年です。最後に消防団のためにできることはないか、と考えたときに、思いついたのが応援ソングでした。ここで市川さんのもとでの修業が役立ちました。作詞・作曲も学んでいたのです。
消防団は街のヒーローです。だから、行進曲のような歌がいいと思いました。消防団の仕事ぶりを歌詞に落とすと、自宅でピアノを弾きながらコードを拾い、曲をつけました。じっくりと向き合い1年近く。昨年5月にできあがりました。
応援ソングは深谷さんがマイクを握り、消防団の出初・観閲式などで披露してきました。人前でしゃべるのは苦手な深谷さんですが、歌うときは別人になるようです。その歌声の迫力について市の職員は「さすがプロですよ」「おおっとなりますよ」と、証言します。
初めて作詞・作曲した「我が子」を、「かわいい」と深谷さんは言います。応援ソングの効果もあってか、わずかではありますが消防団員は360人(充足率87%)に増えました。市の担当者は「団長職は退くが、機会をみて歌っていただきたい」と期待を寄せ、深谷さんも「これからも協力していく」とやぶさかではありません。
4月以降は歌謡教室に専念するという深谷さん。これまでに2人をプロの世界に送り出し、いまは35人の教え子がいます。「一生懸命やってきたのでほっとしている」と胸をなで下ろす消防団長に、歌にかける思いを聞くと、たった一言、「好きです」。「段田男」が顔をのぞかせました。
「消防団の方を中心に、皆さんの地域は皆さんで守ってください」。深谷さんを取材しながら、そういえば、筆者が東京消防庁にいたころには、防災訓練で都民にそんなことを言っていたな、と思い出しました。
東京で8年間、消防官を勤めた時、感じたのは消防団員は消防職員の「相棒」だということ。火災現場ではともに放水しますし、現場以外では、住民に応急手当てを教えてくれたりもします。
そして何より、地域のことを知り尽くしています。その存在は、消防職員だけでは対応しきれない、大規模災害時に必要不可欠となります。
総務省消防庁によると、全国の消防団員の人数は年々減っていて、昨年4月1日時点で84万3667人(充足率約91%)。
減少が続く要因として担当者が挙げるのが、年々割合を増すサラリーマンの団員です。いまは7割超を占めており、仕事との兼ね合いから、消防団を辞めていく人が多いそうです。
そうは言っても消防団は地域防災の核ですから、各地の消防本部などは大学と連携して学生の入団を促すなど、あの手この手と対策を打っています。
「元消防官なんです」と筆者が告げると、深谷さんは「それはそれは、ぜひ(記事に)」とほほえみました。ぐっと心が近づいた気がしました。正直に打ち明けますと、この取材まで「段田男」を知りませんでした。
制服姿で応援ソングを熱唱する姿を見られなくなるのは残念ですが、愛知県みよし市を代表する有名人に取材ができて、ちょっぴり幸せな気分になりました。
深谷さんの歌声に引かれて……、なーんて甘くはないと思いますが、消防団のことを知ってもらうキッカケになればいいな、と元消防官として思いました。
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