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転勤で知った障害児教育の「地域差」 ママは共働きではだめですか?
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障害を抱えた子どもを持つ両親が転勤族だったり、共働きをしていたりすることが珍しくない時代です。転居を通じてあらためて感じた地域差、同じ自治体内での学校差。そして障害児の母親は専業主婦を前提にしたような空気……。こんなことを感じた人たちからメールが届きました。障害児が学ぶ場にある地域差について考えます。
障害のある子どものいる転勤族の家族が心配するのは、自治体や学校によって違う特別支援教育の取り組みです。
「我が家は転勤族で、あちこちに引っ越ししています。また、大阪へ転勤することが決まりました。せっかく慣れた環境から、また新しい環境で一から始めることは大人でも大変ですが、子どもたちにとっても大変なことだと思います」
こんなメールが1月、千葉県の主婦(45)から届きました。
つい最近、大阪府に家族で引っ越したという一家。保育園に通っていたダウン症の長男(5)は1年後、小学校へ就学します。長男の上に、2人のきょうだいもおり、大阪府内のどこに家を借りればいいのか迷ったそうです。
障害児の就学先選びは、幼稚園や保育園の年長に当たる年の6月ごろから、自治体や教育委員会の説明会が始まり、その後、特別支援学校や地域の小学校にある特別支援学級などを見学したうえで決めていくのが一般的です。
この主婦が頼ったのが、転勤先の大阪府内にあるダウン症の親子が集う団体でした。当事者目線の情報を持っているからです。そこでのアドバイスと、夫婦どちらかの実家に近いことといった条件を勘案して、四つの市を候補としました。
次に取った行動は、4市の教育委員会の担当課への電話による問い合わせです。聞きたかったのは、地域の小学校にある特別支援学級のあり方や障害児教育の取り組み内容でした。
「私の理解では、大阪は『ともに学び、ともに育つ』といったインクルーシブ教育に取り組んでいると思っていましたが、自治体によって違いました」
インクルーシブ教育とは、障害のある人と障害のない人が可能な限り一緒に学ぶことです。
この主婦によると、長男のケースでは、こんな違いがあったそうです。
▼A市・B市の学校→基本的には通常学級に入り、授業についていけない場合は、同じ教室で別のプリントなどに取り組む。
▼C市の学校→1年生は通常学級で最初の2カ月間、授業を受けてみる。授業についていけない教科だけは、特別支援学級で個別に指導する。
▼D市の学校→通常学級に入る。
これに加え、学校内で付き添ってサポートする人の有無や、空き時間の教員によるサポートについて尋ねると、こちらも自治体によって違いました。
「公立でお勉強のレベルが高いと言われているところは、上の子どもたちには良い環境かもしれませんが、障害のある子にとっては難しいかもしれないと感じました」
転勤する前に住んでいた千葉県の最寄りの小学校は、特別支援学級に入学しても通常学級との交流は給食や行事ぐらいで、大半の時間を特別支援学級で過ごすのが基本でした。
友だちの中には「間違いないから」と特別支援学校を選んだ親子もいれば、地域の通常学級に入ったものの支援員が常時付かず、大人数クラスの担任1人での対応に不安を感じている親子もいました。
「ずっと、みんなと同じがいいと思っていたのですが、勉強についていけないのかもしれないのに、みんなと同じところにいることが子どもにとって負担になるのではないか、と悩む自分が出てきました」
そこで出した結論は、C市でした。通常学級で過ごしつつも、教科によっては特別支援学級で学ぶ――。
引っ越しによって、障害児に対する地域の温度差を感じた家族もあります。
東京都の会社員、後藤政博さん(59)は、自閉症で知的障害を伴う長男が小学校に入学する1年前に宮城県から東京都に引っ越してきました。今春、高校にあたる特別支援学校に入学しました。
引っ越した当時に感じていたのは、障害者への温度差です。
「宮城では周りの目や認識の違いで、日々、子どもと接していた妻はつらさを感じていました」
公園で遊んでいても、「あの子、違うよね」という視線に苦しんでいたそうです。
東京で選んだ就学先は、特別支援学校でした。
「地元の小学校には特別支援学級がなかったうえ、通常学級に通っても(同じように)できないので最初から特別支援学校に行くつもりでした」
小学4年生になると、きょうだいが通う地元の小学校との交流・共同学習がありました。
「工作、体育、何ら区別なく参加させてもらいました。知的レベルは違いますが、同学年に入れてくれたのでありがたかったです」
後藤さんは、障害のある子どもも、障害のもない子どもも、一緒に学ぶインクルーシブ教育には慎重な考えを持っています。
「自閉症の子どもにとって、なじめないのではないでしょうか。一人一人行動パターンや性格も違うので、預ける親も不安や迷惑を考えてしまいます」
共働きが当たり前になる中、障害児をもつ家庭の負担は大きくなっています。
東京都に住む女性(47)の小学校高学年の次女(10)は、幼い時の病気で障害があります。
就学先選びは、「(通常より教員を多く配置する)加配の教師や支援員の数が充実している」と考え、特別支援学級を望みました。ただ、教育委員会から示された特別支援学級がある小学校は、少し離れた小学校でした。自宅から1~2分の小学校には特別支援学級がありませんでした。
朝は渋滞もあるため、送り迎えで計1時間かかると言います。女性は共働き世帯です。
「日々の送迎の負担は大きいので、娘一人で徒歩通学が可能な地域の小学校に通わせたいと思っています」
これまで断続的に自宅近くの小学校への転校を要望してきましたが、かないませんでした。これから中学校の選択をしていくことになりますが、不安を抱えています。
希望する地元の学区にある中学校には特別支援学級がありません。教育委員会に設置を要望してきましたが、「計画はない」と言われたそうです。高等部まである東京都立の特別支援学校は、遠方に通うことになります。
「地元の小学校ではないので、地域の人たちにこういう子が住んでいるということを十分知ってもらえていません。このまま地域との関係が希薄なまま暮らしていかなければならないのかなと考えると不安を感じます」
自治体や学校によっては、地域の小学校に通うのなら親が登下校に付き添って欲しいと言われるケースがあります。
また、学校が終われば、放課後等デイサービスを利用する子どももいます。就学前に通う療育施設では、午後早い時間に終了するため、保育園と併用する人もおり、1日の途中で移動することがあります。
移動支援、通学支援、通所支援は、社会参加や家族の負担軽減のために必要不可欠な時代です。ただ、全国各地から届いた経験談の中には、保育や療育の関係者から「今、仕事を辞めないと後悔する」といった趣旨のことを言われ、悩む母親もいました。
ある自治体は、今春からヘルパーによる通学支援サービスの利用の上限回数を月10回から事情によっては月23回まで可能に広げました。それでも、親にとってみれば、世の中ではヘルパー不足と言われる中、毎日使えるのだろうか、という不安は消えません。
校長のマネジメント一つで、学校が良くも悪くも変わることがあります。
東京都内で小学校の教員経験がある岡田眞理子さん(65)は、通常学級で17年、難聴の子どもの学級で11年の勤務経験があります。
現役教員時代、「もっとインクルーシブ教育を進めていかなくてはいけない」と感じていました。だからこそ、40代後半になってから国家資格である言語聴覚士の資格を取りました。
音声機能、言語機能、聴覚に障害のある人にその機能の維持向上を図るための言語訓練を行うための資格です。大学院でも専門教育を学びました。それができたのは、当時の校長の理解があったからです。
岡田さんに、なぜ、インクルーシブ教育が普及していかないのか、聞いてみました。
「自分の子どもが障害を持つ子どもに傷つけられた、と言う親もいいます。教員の中にも、障害児教育に携わる教員を一段下に見る目もありました。たまたま障害があっただけで、障害児も一人の人として同じように大切に扱われるべきです」
岡田さんの教員経験は少し前のことですが、社会に漂う偏見がまだまだ存在していることが見えてきます。
「共生社会への考え方は子どものときに身につけるのが大切です。オリンピックにかけるお金や時間やエネルギーの何分の一かでも、インクルーシブ教育に費やして欲しいものです。そうすれば誰にとっても、今より住みやすい社会につながっていくのではないでしょうか」
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