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学校に行ける、当たり前じゃない ネオン輝く高架下の「夜間学校」
ミャンマー最大都市ヤンゴンの中心部、ネオンに囲まれた高架下に「夜間学校」があります。10人を超える子どもたちがほぼ毎日集まり、机を並べて勉強していました。ところが、ある日突然、警察が踏み込んできて……。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
ショッピングセンターなどが集まるレイダン交差点。会社帰りの人や買い物客の車でごった返す午後7時半頃、小学生くらいの子どもたちが次々と集まってきました。高架下の地面にござを敷き、折りたたみ式のテーブルを置くと、「夜間学校」の始業です。
「今日はどこから始めようか」
色とりどりのネオンが光り、クラクションやエンジン音で会話が聞こえなくなることも。でも、トーウィンウー君(12)は「ここに来るのが楽しみ」と笑顔。英語の勉強をしていました。
彼らは普段、学校に通えていない子どもたち。貧しく教材などをそろえられないうえ、家計を支えるために日中は道端で花売りをしています。1日に稼げるのは1万ミャンマー・チャット(約730円)ほどですが、「花を売らないと食べ物が買えない」とトーウィンウー君。
多くは家がなく、家族と路上生活をしているといいます。
スースーウィンさん(12)が母親と一緒に暮らすのは、近くの公園のにあるトイレ。シートを敷いて暮らしているそうです。昼間は花売り。
母親は体を壊して働けないので、「私がやらないと生活できません」
初めは恥ずかしくて入れなかった高架下の学校に通い始めてから3年。
「将来先生になりたい。だから、一生懸命勉強したい」
ミャンマーの小学校は、就学率が87%。
途上国の中では、極端に低いとは言えません。ただ、義務教育はありません。児童の半数近くが中学卒業までに退学してしまうというデータもあります。
識字率は国全体で9割を超え、僧院が無償で勉強を教えるからだと言われていますが、働くために僧院にすら行けない貧しい子どもたちもいます。
何とかできないかと2016年に立ち上がったのが、市民団体の「ホワイトアーム」。ボランティアで高架下に「学校」を開き、今では30人ほどの子どもたちが勉強しに来ています。
その一人、テットリンアウンさん(24)は2016年、偶然この高架下を通りかかり、「自分も協力したい」と飛び込んだそうです。
子どもの頃に両親が離婚し、祖母に育てられました。「貧しいことで嫌な思いもたくさんした」と振り返ります。
でも、仕事の合間に勉強をし、大学を卒業。システムエンジニアとして働いています。「教育があったからここまでこられた。子どもたちにもその大切さを教えたい」。仕事帰りに毎日通っています。
決まったカリキュラムはありません。子どもたちと相談しながら、その日どんなことを学ぶか決めているといいます。
教科書は寄付されたものがほとんど。足りない教材や鉛筆、ノートといった文房具はボランティアで買いそろえました。
学校が始まるまでに花を売り切れなかった子どもたちのため、通りかかったドライバーらに花を売るボランティアの姿も。
「わずかだけれど、子どもたちに勉強する時間を確保したい」
今、ボランティアは10人ほど。無給です。
テインジトゥンさん(22)は昨年、大学を卒業。教師になろうと準備をしている中で、この活動を知りました。昼間は飲食店でパートタイムの仕事をし、夜に勉強を教えています。
「お金はもらえなくてもまったく問題ない。必要とされることがうれしい」
そんな「夜間学校」に昨年8月、警察が踏み込んできました。
「ホワイトアーム」設立者の1人、トージンさん(26)は「急に警察官が来て、十数人の子どもたちが補導された」。多くは施設に連れていかれたといいます。
花を売らせる児童労働を重く見たヤンゴン管区政府が、裏にいるブローカーの摘発に乗り出したというのが理由でした。
「子どもたちは何の罪もないのに……」と声を落とすトージンさん。
勉強を教えていることは違法ではない、仕方なく花売りをしている子どもたちが大勢いる。ホワイトアームは警察を説得しました。
「何よりも、子どもたちがここを必要としている」
姿を消した子どもたちはその後、少しずつ戻ってきました。
「通学」して1年になるオッカーココ君(11)は「将来、コンピューターをつくる仕事をしたい。だから理科をがんばっているよ」。昼間は花売りをしています。
記者にとって学校は、行くのが当たり前。小学校の頃など、勉強はやらされるものだと思っていました。
ヤンゴンの街は今、どんどんと新しいビルが建設され、きらびやかな店に若者たちが集まっています。
取材中、高架の近くのショッピングセンターに向かう人たちは着飾って大きな笑い声を上げながら歩いていました。
けれども、子どもたちやボランティアの方が、私には輝いて見えました。
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