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2019年02月18日

慶応出てトラックの運転手に……稼いだ金で通う「消えゆくムラ」


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「消えゆくムラ」に通う古川拓さん

「消えゆくムラ」に通う古川拓さん

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 繁華街で信号を待っているときに、派手なトラックを見かけたこと、ありませんか? 慶応高校から慶応大学へ進み、そうした宣伝広告用トラックの運転手になった若者がいます。東京で稼いだお金で通うのは、群馬県にある小さな村です。南牧村。なんもくむら、と読みます。人口は60年間で5分の1になり、1875人。高齢化率は62%と全国一です。海外メディアからは「消えゆくムラ」と呼ばれています。若者はそこで「できるだけ長く続けたい」と話す活動をしています。さて、いったい何をしているのでしょう?

 

老化を防ぐというアンチエイジング商品はありますが、老いる国家に効く対策は簡単ではありません。朝日新聞では、日本の将来を案じ、現状にあらがう人々を取り上げるシリーズ「エイジング・ニッポン」をはじめました。この国のすべての人が直面する未来。平成の終わりに見えた私たちの持続可能性とは……?
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【記事はこちら】

「大学卒業後、フリーターをしています」

 話は若者の街、東京・渋谷から始まります。

 若者は、よくこの街で宣伝広告用トラックに乗り、スクランブル交差点付近を低速でうろついています。

 主張の強すぎる外装の車両から、宣伝対象が爆音で連呼されるおなじみの光景。

 いったいどんなひとが運転しているんでしょうか?

東京・渋谷のスクランブル交差点に立つ若者

東京・渋谷のスクランブル交差点に立つ若者

 「私です」

 え!?

 「まさに、ああいう車を運転しているんです」

 元気に答えるこの若者が、今回の記事の主人公。名前は古川拓さん。24歳。

東京・渋谷のスクランブル交差点で笑顔を浮かべる古川拓さん

東京・渋谷のスクランブル交差点で笑顔を浮かべる古川拓さん

 「車を運転するのが好きなんですよ。あと、ひとを観察するのも」

 なるほど。って、違う。渋谷と「消えゆくムラ」の関連性がわからない。

 もらった名刺をよく見ると、こう書かれています。

 「大学を卒業後、フリーターをしています。趣味は旅行、トラックの運転、カホン、DIYなど」

古川さんの名刺。なんだかおしゃれなつくり

古川さんの名刺。なんだかおしゃれなつくり

 そして、こう続きます。

 「誰もが第二第三の故郷を持つ時代を夢見て、全国各地で活動中」

「なんもく大学 事務局長」。それが彼の肩書だ

「なんもく大学 事務局長」。それが彼の肩書だ

 月8回ほどトラックで稼いだお金で古川さんが通っているのが、「消えゆくムラ」なのです。

 やっとつながった……。

もう一つの職業は「大学の事務局長」

 渋谷をうろつくトラックのドライバーが、「消えゆくムラ」に行くと、大学の事務局長になります。大学名は「なんもく大学」です。

 もちろん、正式な大学ではありません。でも、どこの大学よりもたぶん、キャラが立っています。

 2014年末から「開校準備」を始め、2016年5月に「正式開校」しました。村に通っていた会社員の女性が発起人で、現在、フェイスブック(FB)の登録者は1千人を超えています。

なんもく大学のフェイスブックのページ。地域の伝統的な祭り「火とぼし」をメイン写真にしている

なんもく大学のフェイスブックのページ。地域の伝統的な祭り「火とぼし」をメイン写真にしている

 いったい何をしているのか? 活動のテーマは「幸せな村が100年続くためのアクションを仕掛ける現代版寺子屋」。壮大です。

 メンバーは月1回程度、FBの募集に応じて現地に泊まります。地元の祭りの手伝いをしたり、メープルシロップづくりなどの体験学習を企画したり。学生たちの宿泊先でもある「キャンパス」は、村民が貸し出してくれている古民家です。

なんもく大学のキャンパス。村民から借り受けている

なんもく大学のキャンパス。村民から借り受けている

「震災があろうがなかろうが、限界だったんだ」

 「50~60回程度はなんもく村に行きました」と古川さんは言います。

 古川さんが、なんもく村と出会ったきっかけ。それは東日本大震災でした。

 震災発生時、古川さんは慶応高校の生徒。

 「じぶんも何かしたい」

 そんな思いで、仲間とともに、高校生が主体の復興支援団体を設立。現地を訪れてボランティアをしたり、募金活動をしたりしました。

古川拓さんの高校時代の学生証の写真。「恥ずかしいを通り越してネタですね」=本人提供

古川拓さんの高校時代の学生証の写真。「恥ずかしいを通り越してネタですね」=本人提供

 その際に泊めてもらった宮城県石巻市のカキ漁師が深夜、こう言ったそうです。

 「震災があろうがなかろうが、もう、このまちは限界だったんだ」

 ひとが減り、産業が衰え、まちが縮む。首都圏で育ってきた古川さんにとって、その事実はあまりに衝撃的でした。

 「いまの日本社会は極めてアンバランスなんです」と古川さん。

東京・渋谷にできたばかりの「渋谷ストリーム」のスターバックスで、なんもく村について話す古川拓さん

東京・渋谷にできたばかりの「渋谷ストリーム」のスターバックスで、なんもく村について話す古川拓さん

 「タワーマンションが建ちまくってる武蔵小杉駅では、朝、改札の入場制限をやってるんです。地方の自治体の人口と同じぐらいのひとが、そこに集中しているわけですよ」

 言葉が熱を帯びます。

 「だれが、だれを支えているのか。それがいまの日本ではとても見えにくい。食卓に並ぶ米や野菜は、ほとんど地方からきています。ただ、地方の状況を都心の多くのひとが知らないんです」

「これほど山だらけの自治体は初めてです」

 震災後、各地の自治体を訪ね歩く中で、なんもく村の存在を知ったという古川さん。

 「45都道府県でいろんな自治体を見てきましたが、これほど山だらけの自治体はなんもく村が初めてです」

 この村にスーパーマーケットはなく、商店も数えるほど。古川さんが村を訪れる際は、隣町で買い出しをします。契約しているauの電波状況は極めて悪い。それでも、自宅のある横浜市戸塚区から3時間以上もかけて訪ね続けています。

 いったいなぜ?

南牧村の県道にかかる看板はさびが目立ち、「村」の文字が抜け落ちたままになっている

南牧村の県道にかかる看板はさびが目立ち、「村」の文字が抜け落ちたままになっている

 その理由は、古川さんの危機感にあります。

 「首都圏で大きな地震が起きたとき、ぼくを助けてくれるのは、これまで地方で出会ってきたひとたちだと思います。遠い親戚のようなひとを何人つくれるかって、今後、だれにとっても大事になるはずです」

 古川さんはなんもく大学から「生きる力」を学んでいるといいます。

 「じいちゃん、ばあちゃんの知恵。思いやり、支え合い、強いコミュニティーをつくることです」

南牧村で出会った高齢の女性。記者がカメラを向けると、「恥ずかしい」と言いつつも、ピースサイン

南牧村で出会った高齢の女性。記者がカメラを向けると、「恥ずかしい」と言いつつも、ピースサイン

 村の住人たちから、「住んでみれば」と何度言われたことかわかりません。ただ、いまはまだ、その気にはなれないそうです。

 「ある程度距離を置いているからこそ、いい関係でいられると思うんです。期待が大きくなりすぎると、それに応えるためにやりたくないことをやる必要性が出てくるので。もちろん、いつか住んでもいいと思えるようになるかもしれませんが」

 なんもく大学のゴールはどこにあるのでしょうか?

 「特に数値目標は設けていないんです。村おこし、というものでもないし。人口をこれだけ増やしたいとか、そういうのは特に。ただ、一つだけ決めていることがあります」

 ふむふむ、なんでしょうか。

 「できるだけ長く、続けることです」

「渋谷はどんどん変わりますね」。東京・渋谷のスターバックスで、地方の将来について話す古川拓さん

「渋谷はどんどん変わりますね」。東京・渋谷のスターバックスで、地方の将来について話す古川拓さん

「1人でも村に住んでくれたら、それがじぶんの価値」

 そんな古川さんに触発され、なんもく村に暮らし始めた男性がいます。佐藤祐太さん。古川さんと同じ24歳です。

 「古川が考えていることを、村の中で実行していきたい」と言います。

南牧村に移住した佐藤祐太さん。新築の村営アパートで暮らす

南牧村に移住した佐藤祐太さん。新築の村営アパートで暮らす

 佐藤さんは卒業を間近に控えた立教大の学生です。以前はアナウンサーをめざしていました。全国の50局ほどエントリーしましたが、全滅してしまったそうです。

 将来に迷っているそんなとき、「なんもく大学」を知ります。村を訪れ「住みたい」との感情がめばえます。

 そして昨年7月、埼玉県所沢市から自転車で村へ。

 居候、村の貸し出している古民家での仮住まいを経て、10月から「地域おこし協力隊」の一員になりました。

 村営アパートの家賃は2万円。「道の駅」などで働いて、月に16万円ほど稼いでいて、貯金もできています。

道の駅「オアシスなんもく」で働く佐藤祐太さん。お客さんとも、すっかり顔なじみだ

道の駅「オアシスなんもく」で働く佐藤祐太さん。お客さんとも、すっかり顔なじみだ

「夜や休日は村でやることが少ない」。佐藤祐太さんはそんな思いから、手芸を始めた

「夜や休日は村でやることが少ない」。佐藤祐太さんはそんな思いから、手芸を始めた

 いまの生活は、いかがですか?

 「すごい楽しいです!」

 即答、でした。

 川での魚の捕り方、花の名前、野菜の漬け方……。日々、勉強をしながら、「生を実感しています」。

 「フツーの会社員になって、フツーに結婚して、フツーに家を建ててって、そんなじぶんにはなりたくない」

 きっぱりとそう言います。だから、この村でなにができるか、どこまでできるか。じぶんの可能性を試したいと考えているそうです。

 そんな佐藤さんですが、村暮らしを、SNSなどで積極的に発信しています。「1万人が見てくれて、1千人が好きになってくれて、そのうちのたった1人でもこの村に住んでくれたら、それがじぶんの価値だと思っています」

佐藤祐太さんのラインブログ。村での暮らしを毎日更新している

佐藤祐太さんのラインブログ。村での暮らしを毎日更新している

「外の目」が希望になる?

 私がなんもく村に出会ったのは、人口減少の取材がきっかけでした。

 急激なスピードで人口減が進む村に足を運んで思ったのは、「20年、30年後の存続は厳しいかもしれない」ということでした。村はそれほどに疲弊し、住民の多くが将来への不安を口にしていました。

 古川さんには村に取材に行く前に会ったのですが、「いわゆる『意識高い』若者かなあ」という疑念が先行していました(申し訳ありません)。

 そんな私の認識が変わったのが、古川さんの口から出た「遠い親戚」という言葉を聞いた時です。

 渋谷で稼いだお金で「消えゆくムラ」に通い、「遠い親戚」を増やす。

 それが仮に自分のためであっても、「外の目」を提供し続けることは、きっと村の財産になります。

古川拓さん。東京・渋谷のスクランブル交差点には外国人を含め、信じられないほど多くの通行人が行き交う

古川拓さん。東京・渋谷のスクランブル交差点には外国人を含め、信じられないほど多くの通行人が行き交う

 渋谷はいま、駅前再開発の真っ只中です。

 高いビル、たくさんの人、あふれるモノ。

 「多い」ということが、さらに多くの人を引きつけます。

 でも、古川さんや佐藤さんのモノサシは、ちょっと違います。

 日本のアンバランスさを認識し、そこに居心地の悪さのようなものを覚え、じぶんたちにできることを、できる範囲で、背伸びも萎縮もせず、楽しんでやる。

 そんな彼らの生き方、現実逃避だと思いますか?

東京・渋谷の駅周辺は絶え間なく再開発が進む。建設中の手前のビルは画角に収まりきらなかった。左奥の構想ビルは最近できた「渋谷ストリーム」

東京・渋谷の駅周辺は絶え間なく再開発が進む。建設中の手前のビルは画角に収まりきらなかった。左奥の構想ビルは最近できた「渋谷ストリーム」

 再び渋谷。

 「じゃあ、これからなんもく大学の会合なんで!」

 取材が終わると、緩くウェーブした髪をなびかせながら、古川さんはそう言って渋谷の雑踏に消えていきました。

 

老化を防ぐというアンチエイジング商品はありますが、老いる国家に効く対策は簡単ではありません。朝日新聞では、日本の将来を案じ、現状にあらがう人々を取り上げるシリーズ「エイジング・ニッポン」をはじめました。この国のすべての人が直面する未来。平成の終わりに見えた私たちの持続可能性とは……?
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「高齢化率日本一」の村で見た想像こえた光景
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高齢化率が日本一の群馬県南牧村は、山間部の谷にあるため太陽が顔を出す時間が短い。晴れると美しい青空が広がる=2018年12月12日、群馬県南牧村
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