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お金と仕事

芸大卒で俳優、起業家……伊勢谷友介さんが守り続ける「働き方」

俳優でリバースプロジェクト代表の伊勢谷友介さん=林紗記撮影
俳優でリバースプロジェクト代表の伊勢谷友介さん=林紗記撮影 出典: 朝日新聞

目次

 人手不足で外国人労働者に頼るとか、過労死を防ぐための働き方改革とか、「働く」ことの周辺が騒がしい昨今。社会人予備軍の皆さんの目には、どう映っているのでしょう。不安や迷いを抱える人に、俳優・起業家としてマルチに活躍する伊勢谷友介さん(42)は「悩むことで満足しては前に進めない」と言います。伊勢谷さんが守り続ける「働き方」とは?(朝日新聞記者・吉田晋)

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俳優、監督、起業……「どれも僕には必要」

 僕は最初、兄(デザイナーの山本寛斎さん)の影響で、ファッションデザイナーになりたかったんです。

 元々映画が好きだったので、ファッションも映画の中の完璧に配置された世界で存在する方がいいな。そう考えるようになりました。

 でもちょっと待てよ、映画を作る方が、世界観が広いし深いだろうな、と。そこで映画監督になるために、その勉強が一番できるポジションは俳優であろうと気づいて、モデルをやりながら俳優を目指し、是枝裕和監督の作品(「ワンダフルライフ」、1998年)で俳優デビューすることができました。

 俳優のときの僕は、基本的に監督が作りたい世界の中で、いわば受け身になりますが、映画監督をやるときと、「リバースプロジェクト」を動かしているときは能動的。芸大出身で物を作るのが得意だったので、衣食住に関する新しいビジネスを、と始めた会社です。

 どの仕事が中心か、というより、今の僕にはどれも必要です。 

俳優・伊勢谷友介さん
俳優・伊勢谷友介さん

【質問】なぜ働くのか分からない

 伊勢谷さんには、朝日新聞の投稿欄に届いた若い世代からの悩みについてこたえてもらいました。

<【質問】なぜ大人は他人より頑張って働くのだろう。頑張って働けば働くほど、給料が増えて、自分のやりたいことにお金をかけられ、欲しい物が買えるようになる。でも、定年退職した後に年金生活以上の生活を楽しむために、貯金をするために頑張るのだろうか」(中学生 桜井千尋 東京都 14歳)>

【伊勢谷さんの回答】

 全ての行動に『理由』を求めるのは、人間だけだと思うんです。何で生きているんだろうとか、なぜ働くんだろうとか、悩みますよね。でも、悩むことで満足しては前に進めない。

 なぜ生きているのか、という問いへの究極の答えはDNAにプログラミングされていると思うんですよ。

 それはつまり、種の保存。そこから出発して、死ぬまでの時間が限られているのだから、生きている間に人類の存続のために出来ることを、と考えると、働く意味も見えてくるような気がします。

出典:https://pixta.jp/

【質問】働くのは、お金のため?

<【質問】保育士の仕事はお給料が少ないのが大変なところ――。昨年の職場体験で、そんな本音を話してくれた保育士さんがいた。体力が必要で、行事の準備など表に見えない仕事がたくさんあるのも予想外だった。お給料が見合っていなければ、保育士になる夢を断念する人がいるのは当然だろう。私はずっと保育士に憧れてきた。でも、社会問題になるほど待遇が悪いのでは生活は大丈夫か、と親も心配顔だ(高校生 野田夏鈴 岐阜県 16歳)>
<【質問】私たちは、お金がないと物を買えない仕組みの社会で生きている。ただでお金をもらうことはできないため、なにがしかの仕事をしてお金をもらう。その流れがないと、物も作られず何も発展しない。どんなきれいごとを並べても、結局、働くということはお金を手に入れる方法だと思う(高校生 野村菜々子 東京都 16歳)>

【伊勢谷さんの回答】

 人生の中で、やりたいことと違うかもしれないけれど、やらなければならないことの一つに、生きるためにお金を稼ぐということがあります。

 ただ、仕事をそんなものとしか見ていないのは、たぶん不幸せな選択だと思うんです。じゃあ幸せな選択って何か。幸せの定義は、おそらくどんどん変わってきています。

 上の世代は、とにかくお金を稼げば幸せになれて、社会もよくなって……と思ってきたけれど、今の世の中を見れば決してうまくいっていない。

 若者たちは、物は共有しても所有することにこだわらない、それが平気になってきています。お金だけじゃないという価値観に、これからの幸せのヒントがあると思います。

出典:https://pixta.jp/

【質問】見えない将来に悩み

<【質問】正直、働くことが怖い。最近ニュースで外国人労働者のことを見聞きし、安い給料で長時間働き、パワハラや暴力まで振るわれると知ったのが原因だ。日本人でも、ブラック企業のとてつもない残業時間と、それを苦に自殺する若者の事件があることも知った。恐怖心が私を押しつぶしそうになる。だが、それを感じなくなるのは、何も疑問を持たなくなったときなのだろう。それが一番怖いことなのかもしれない(中学生 兼重遙 東京都 13歳)>
<【質問】就職活動が迫ってきた。消費者から生産者に変わる転換点だ。だが、自分が何を仕事にしていきたいのか分からない。明日が保証されている日本だからこそのありがたい悩みかもしれない。少しでも何かに貢献するのならば、きっとそれは意味のある仕事だと信じている。車や飛行機がネジ一つなければ動かないように(大学生 大澤僚太 東京都 21歳)>

【伊勢谷さんの回答】

 歯車としての役目を果たせば、お金はもらえます。ただ、AI(人工知能)の登場で、事務処理のような作業はコンピューターに全部置き換わっていくでしょう。将来を考えれば、人間にしか出来ないことは何か、という思考が必要になってくるはずです。

 私は今、高校生の世代を対象に、起業スキルや多文化理解を身につける教育プロジェクトを準備中です。Schoolをひっくり返して「Loohcs(ルークス)」と名付けました。

 社会の課題を抽出し、解決の可能性を考え、実行して失敗してもう一度作り直す。そういう起業家マインドが求められていると思うんです。

出典:https://pixta.jp/

【質問】働いてみて気づいた手応え

<【質問】働くのはお金のため、と高校に入学したときは思っていた。しかし、考えが変わった。高校で農業を学び、一年間野菜を育てた。種をまいても芽が出なかったり、芽が出ても病気にかかったり。せっかく実っても虫や鳥に食べられる。苦労して育てた野菜を、スーパーや学校で売った。お客さんの中に、心待ちにしていたという人もいた。その笑顔を見て苦労が吹き飛んだ。働くことで、友情や感謝、笑顔など多くが得られることを学んだ(高校生 松原颯大 埼玉県 18歳)>

【伊勢谷さん】

 自分が関わった仕事に対し良い反応が返ってきた時、達成感がありますよね。

 自分が関わることで社会がベターなものになっていくことを働く目的と捉えると、働く幸せは断然大きくなる。

 そういう意識、いわば「志」があるかどうかが大事だと思います。

 歯車には、志がいらない。志は人間しか持てない。AIだって無理です。

 志のうちで一番プリミティブなのは、私は「人類の存続」だと思っていますが、人それぞれが志を定め、そのために何をやるか、というところにその人らしさが表れてくると思うんです。

 親も先生も、とりあえず「好きなことはなんだい」と問いかけるけれど、僕は「志は何か」という問いが大事だと思います。

 志から出発して自分の行動を考えれば、仕事はおのずと見つかるし、なければ起業して仕事を作っていくという発想ができる。

 生きる時間の大半を使う「働く」ときに、志を持ち、誰かを癒やしたり未来を変えていったり。そこに力を注いでいるという達成感が、幸せだと思います。

出典:https://pixta.jp/

【質問】辛さと楽しさを分けるもの

<【質問】障害者が働く現場を映したビデオ番組を授業で見た。みんな楽しそうな表情だった。雇ってもらえなくて働かないでいたときより、働ける方がずっと楽だそうだ。働くことを苦と思うか、楽と思うか。その違いは、仕事を成長の機会とプラスに捉えることができるかどうかなのだと思う(中学生 浅沼叶侑 東京都 14歳)>

【伊勢谷さんの回答】
 大事なのは、自分が倒れないこと。立ち続けるために、ときには自分を甘やかすことも必要だと思いますね。

 疲れたなと思ったらきっちり休んで、次に立つタイミングでしっかり立つ。自分を知る、ということですね。

 社会に良い影響を与えるべきときに、良い状態でいる。すごく大事だと思います。 

伊勢谷友介(いせや・ゆうすけ)1976年東京都生まれ。東京芸術大院修了。ドラマ「花燃ゆ」、映画「ブラインドネス」「あしたのジョー」などに出演。映画監督作品に「セイジ―陸の魚―」など。地球環境に配慮した生活スタイルの提案を掲げて無農薬農産物や再生素材衣類のプロデュースなどに取り組む会社「リバースプロジェクト」を2009年に立ち上げ、代表を務める。
伊勢谷友介(いせや・ゆうすけ)1976年東京都生まれ。東京芸術大院修了。ドラマ「花燃ゆ」、映画「ブラインドネス」「あしたのジョー」などに出演。映画監督作品に「セイジ―陸の魚―」など。地球環境に配慮した生活スタイルの提案を掲げて無農薬農産物や再生素材衣類のプロデュースなどに取り組む会社「リバースプロジェクト」を2009年に立ち上げ、代表を務める。

取材を終えて

 夢を追う、お金を稼ぐ、安定や安心を手に入れる、向上心を持つ、楽しむ……。どれも「幸せに働く」ために必要なことですが、伊勢谷さんが強調したのは「志」を持つこと、でした。

 雇用の劣化や将来が不透明な今の社会に、戸惑い立ちすくんでいる投稿が少なくない中、前向きに歩いていこうという決意を綴った文章には、いずれも「志」の芽が読み取れたように思います。

 大人たちはこれに応えて、若者が希望を持って巣立てるような社会を作らないといけないと感じました。

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