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「くそッ、どこだ、がん細胞!!」 はたらく細胞が描くオプジーボ
ノーベル賞で毎年、注目される科学の話題ですが正直、「難しくて、わかりにくい」と言われるのもしばしば……。ノーベル医学生理学賞を受賞する京都大特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)さん(76)の研究も例外ではありません。授賞式の12月10日(日本時間11日未明)が迫るなか、なんとか「もっとわかりやすく」伝えられないか、悩んでいたところ、今年ヒットしたアニメに光明を見いだしました。細胞を擬人化した「はたらく細胞」です。異色のサイエンス漫画の作者が「難しくて、わかりにくい」ノーベル賞にどう立ち向かったのか。嫉妬するくらいわかりやすいノーベル賞解説漫画が生まれました。(朝日新聞科学医療部記者・野中良祐)
「はたらく細胞」は講談社の月刊誌「少年シリウス」で2015年から連載されている漫画です。主に血管やリンパ系を中心に、赤血球や血小板、好中球などの白血球、マクロファージ、T細胞やB細胞がどのように働いているか、病原体とたたかっているかをコミカルに描いています。
関連本や電子版を含む単行本の累計発行部数は330万部以上というヒット作となり、アニメ化によってブームが拡大。スピンアウト作品や舞台化などの展開も続いています。
原作者の清水茜(あかね)さんは細胞を擬人化する着想について、原案となった作品「細胞の話」が少年シリウス新人賞を受賞した際のコメントで、「もとは妹の受験対策として描いた『よいこのサイエンス学習まんが』だった」と説明しています。
「はたらく細胞」では、出血を止める役割の「血小板」はかわいらしい子どもの姿、免疫細胞の一種の「B細胞」が細菌などを退治する「抗体」を出すさまは銃火器のよう。従来の学習漫画よりエンターテインメント性は強いながらも、それぞれの細胞の役割をほぼ正確に表現しており、研究者や医療・教育関係者にも好評を博しています。
「教育用に使いたい」という要望を受け、学校で習う体内の仕組みをわかりやすく説明する狙いがもともとあったとも言える「はたらく細胞」は実際に、理科教育や医療の普及啓発にも一役買うこととなります。
今回、「ぜひ本庶さんの研究内容を描いた漫画を」と清水さんに出版社を通じてお願いし、いわば「オプジーボ版」が実現しました。
今回、描き下ろしてもらった「オプジーボ版」は、大まかに四つの場面で構成されています。
登場人物は主に2人。免疫細胞の一種で、ウイルスや細菌などの病原体や異物を攻撃する役割をもつ「キラーT細胞」と、無秩序に増殖して体内を侵す「がん細胞」です。
キラーT細胞などの免疫細胞は、自己と異物を見分けるための分子を持っています。漫画では1コマ目でキラーT細胞の「目」として表現しているこの分子こそが、本庶さんらのチームが発見した「PD-1」です。通常はがん細胞も異物とみなして攻撃し、私たちの体は健康を保っています。
ところが、もともと自己の細胞の異常で生まれたがん細胞は、免疫細胞の攻撃を回避するしくみをもっています。がん細胞は「PD-1」に結合する「PD-L1」などのたんぱく質を出すことで、自己と異物の見分けをつけられないようにして、免疫細胞の攻撃を抑えてしまいます。キラーT細胞の目に貼り付く「手」が、「PD-L1」を表しています。
本庶さんらはこうした仕組みを発見し、がん治療薬「オプジーボ」の開発に結びつけました。オプジーボはどのような仕組みで効くのでしょうか?
オプジーボは点滴によって体内に入り、血液の流れで免疫細胞のもとまで運ばれます。いち早くPD-1に結合することで、PD-L1の結合をブロックします。その様子を手形がくっつくのを防ぐゴーグルに例えています。
すると、がん細胞は免疫細胞の攻撃を抑えることができなくなります。力を取り戻した免疫細胞によってがん細胞を退治するしくみのため、「がん免疫療法」と呼ばれます。
免疫細胞そのものを体外で増殖させて注射するといった従来のがん免疫療法は効果がはっきりしない面もありますが、オプジーボのようなしくみの薬は効果がある人も比較的多く、手術、放射線、抗がん剤に続く「第4の治療法」として注目されています。
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