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幻の「焼酎銀行」 列車乗り継ぎたどりついた金庫にあったものは……
高知県に赴任して初めて栗焼酎を飲んだ時のこと。甘い香りと風味のとりこになりました。日本酒と米焼酎が大好きで、毎晩2合は欠かさず飲んでいた私ですが、今ではすっかり栗焼酎派に。そんなある日、「高知には焼酎銀行があるらしい」という情報が入りました。お店は本物の「銀行」の建物。「年利5%相当」という高利回り。酒好きと言われる高知ですが、ついに「銀行」まで? うわさを確かめるため、四万十川を西へ向いました。(朝日新聞高知総局・菅沢百恵)
ユニークな「銀行」の名前は「四万十川焼酎銀行」。高知県四万十町の酒造メーカー、無手無冠(むてむか)が運営する栗焼酎専門の「銀行」です。
「銀行」と言ってもお金を預かるわけではありません。預かるのはプレミアムな栗焼酎です。焼酎は預貯金ならぬ「預貯酎」(よちょちゅう)と呼ばれ、昔実際に銀行として使われていた建物で熟成されます。
JR土讃線・高知駅から特急列車で西に向かいます。約1時間で窪川駅に到着して、ここで乗り換えます。窪川駅からは普通列車で約25分。JR予土線・土佐大正駅が最寄り駅です。
「うわさの預貯酎は一体どんな味なんだろうか」。高知駅で購入した焼きさば寿司を食べながら、思いをはせます。「この寿司も栗焼酎に合いそうだ」。のどが渇いてきました。
四万十川焼酎銀行があるのは、高知県西南部にある四万十町の大正地区。山あいに位置する緑豊かな里です。高知市からは列車を乗り継いで計2時間余りかかります。
土佐大正駅からメイン通りを北に数分歩くと、一角に四万十川焼酎銀行の看板が見えてきます。昔は高知銀行大正支店として使われていた建物だそうです。
焼酎の管理や販売を担当する「行員」の橋本琴恵さん(35)が案内してくれました。
窓口のカウンターの中に入ると、右奥に焼酎を寝かせる金庫があります。扉は厚さ21センチの金属製。動かそうとしてみましたが、なかなか重い。片手では大変でしたが、橋本さんは「慣れればできます」とにっこり。
顧客が預け入れた焼酎は美濃焼のつぼに入れられ、この厳重な金庫で3年の長い眠りにつきます。昔は実際にお金が保管されていたそうで、金運が上がるような気がしました。
金庫のすぐ近くには、「頭取室」と書かれた看板の部屋があります。中には鍵がかかった書庫があり、ここにも箱に入った焼酎のつぼがずらりと並んでいます。書庫には2年以下の預け入れや、発送を控えた焼酎が貯蔵されています。
金庫も書庫も橋本さんら「行員」がしっかり見張っていて、警備はとても厳重です。
金融機関をまねた預け入れの仕組みはこうなっています。
「口座」を開くと通帳が発行されます。預け入れる栗焼酎・預貯酎は1口720ミリリットル(税込み5千円)。主力商品のダバダ火振は栗を50%使っていて、預貯酎は75%使います。アルコール度数は30度です。
口座には「定期」と「普通」の2種類があります。
「定期」の満期は1、2、3年から選びます。なんと、「利子」として預け入れたものと同じ栗焼酎がついてきます。1年満期で36ミリリットル、2年満期で72ミリリットル、3年満期で108ミリリットルが小瓶で支払われます。
「普通」は1カ月以上1年以内の預け入れで、利子の小瓶はつきません。でも熟成された旨みと香りはついてきます。
「年利5%相当になりますかね。この低金利の時代に、うちは結構な高金利なんですよ」と橋本さん。
四万十川焼酎銀行は、一体どういう経緯で始まったのでしょうか。
2011年、無手無冠の当時の故・山本彰宏社長が設立しました。高知銀行大正支店が移転し、彰宏社長は地区からにぎわいが失われると心配したそうです。
そこで、建物を買い取ってそのまま利用することに。遊び心もあって銀行業務をまねたとのこと。
無手無冠は1893(明治26)年創業。元々は日本酒しか生産していませんでしたが、1984年に焼酎の酒類製造免許を取得して焼酎を造り始めます。
酒蔵がある大正地区を含む四万十町西部は栗の生産が盛んです。大きさが小さかったり、形が悪かったりした栗を有効活用するため、彰宏社長の代から栗焼酎の生産が始まりました。
昔は資金繰りが厳しかったそうですが、彰宏社長のアイデアが光りました。ショウガを貯蔵していた洞窟を再利用して焼酎を熟成させる「四万十ミステリアスリザーブ」を始めたのです。
JALの国際線でも焼酎が限定販売され、県外からも注目を浴びるようになりました。
「栗焼酎を造っていなかったら、今会社はなかったと思います」
無手無冠の事務・宮脇昌子さん(51)は話します。「『地元を大切にしよう』というのが先代の口癖でした。尊敬しています」。彰宏社長の志は、現在も確かに受け継がれているそうです。
預貯酎の試飲をお願いしましたが、注文分しか熟成させていないので余りがないとのこと。まさに「秘蔵の逸品」。代わりに、つぼに入れる前の預貯酎を特別に試飲させてもらいました。
本来なら、預け入れた人しか飲むことのできない焼酎です。
ドキドキしながら口に含むと、さわやかな甘さ。栗の本来の風味が舌の上でさらりと消え、口中から鼻に抜けていきます。
「これが熟成されるとどう変わっていくんだろう」
ダバダ火振は大好きですが、これもとってもおいしいです。気づいたら、3年の「定期口座」を新規開設していました。もし印鑑を持っていなくても、サインだけで開設できます(もちろん自腹です……)。
2021年が待ち遠しいですね。岩塩かカツオの酒盗をつまみに飲みたいです。
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