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彗星に名が付いたアマチュア天文家って? 「妻」の名の小惑星も

彗星探索に使うレンズ・カメラと岩本さん=2018年11月15日、徳島県阿波市阿波町の岩本さん宅ベランダ、三上元撮影
彗星探索に使うレンズ・カメラと岩本さん=2018年11月15日、徳島県阿波市阿波町の岩本さん宅ベランダ、三上元撮影

目次

 11月8日、日本人のアマチュア天文家2人が新しい彗星(すいせい)を発見しました。約7時間前に米カリフォルニア州の天文家も同じ彗星を発見しており、国際天文学連合(本部・パリ)が、3人の名を取って「マックホルツ・藤川・岩本彗星」と命名しました。日本人による彗星発見は5年ぶり。時々、話題になる「彗星発見」のニュース。見つけた人はどんな生活をしているのか……。発見者の1人、徳島県阿波市の岩本雅之さん(64)の自宅に伺い、一緒に星空を見上げました。(朝日新聞徳島総局記者・三上元)

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午前4時半、あたりは真っ暗

 徳島市内から車で約1時間、田畑の中に家が点在する地域に岩本さん宅はありました。午前4時半。街灯はなくあたりは真っ暗。星が空を埋め尽くし、オリオン座はいつもよりはっきり見えます。「いらっしゃい」と岩本さん。

 木造家屋2階の4畳ほどのベランダに、天体観測用の台に取り付けた長さ50センチほどの写真撮影用の望遠鏡(400ミリ)がありました。台はモーター付きで、狙った範囲の星を追いかけることができます。

 「オリオン座の左上で赤く瞬いているのがベテルギウス」と岩本さん。しし座、カシオペア座……と教えてもらっていると、北の空から明るい点が、猛スピードで天頂に進んでいきました。

 「飛行機ですか?」「点滅していないので人工衛星か……、かなり明るいので国際宇宙ステーション(ISS)でしょう」。光の点は白み始めた東の空に消えていきました。

天体観測用のレンズとデジタルカメラで撮影中の岩本さん。手前は記者がのぞかせてもらった双眼鏡=2018年11月15日午前4時54分、徳島県阿波市阿波町、三上元撮影
天体観測用のレンズとデジタルカメラで撮影中の岩本さん。手前は記者がのぞかせてもらった双眼鏡=2018年11月15日午前4時54分、徳島県阿波市阿波町、三上元撮影

「マックホルツ・藤川・岩本彗星」

 東の空には、ひときわ明るい金星やおとめ座が見えました。「マックホルツ・藤川・岩本彗星」があるのはこの辺り。とても暗い「10等級」なので肉眼では見えません。三脚に載せた巨大な双眼鏡をのぞきましたが、他の星と見分けがつきません。

 午前6時前、東の空がさらに明るくなり撮影終了。パソコンで画像を確認します。

 明るさやコントラストを調整すると、「マックホルツ・藤川・岩本彗星」が緑色に浮かび上がりました。緑色に見えるのは、彗星をとりまく氷のかけらが、太陽の光を反射するため。わずかな光なので、シャッターを1分間開いたままにしてようやく写るそうです。

岩本さんが観測に使う星図。その日撮影した範囲を蛍光ペンで書き込んでいる。11月8日に撮影した部分はピンク色。新彗星の発見場所が十字に切ってある=徳島県阿波市阿波町、三上元撮影
岩本さんが観測に使う星図。その日撮影した範囲を蛍光ペンで書き込んでいる。11月8日に撮影した部分はピンク色。新彗星の発見場所が十字に切ってある=徳島県阿波市阿波町、三上元撮影

「新彗星発見か」わくわくしてメール

 11月8日の観測で、同じように緑色にぼんやり光る星を見つけた岩本さん。星の位置や明るさを記した書籍や、パソコンの天体観測用のソフトでも該当する星がなく、「新彗星発見か」とわくわくしたそうです。

 午前9時ごろ、国立天文台(東京都)にメールで報告。2時間ほどたって「新彗星」だと返事がありました。30分ほど前に香川県観音寺市の藤川繁久さん(74)が同じ彗星を見つけたことも知らされたそうです。米カリフォルニア州のD.E.マックホルツさんも約7時間前に見つけていたことも分かりました。

 国際天文学連合は彗星を命名する際、慣例で発見順に3人まで名前を取るらしく、岩本さんの名も入ることになりました。

 実は岩本さんは2013年3月にも彗星を発見しています。その時も同じ方法で観測していました。ただ、過去にカメラのノイズを見誤ったことがあったため、発見の翌日も同じ場所を撮影して入念に確認、翌々日に報告したそうです。

岩本さんが30代で見つけた小惑星「土柱」(土柱は徳島県阿波市の景勝地)。同じ範囲を時間をずらして撮影すると、小惑星は自転と違った動きをするため明らかになる=本人提供
岩本さんが30代で見つけた小惑星「土柱」(土柱は徳島県阿波市の景勝地)。同じ範囲を時間をずらして撮影すると、小惑星は自転と違った動きをするため明らかになる=本人提供

反射望遠鏡、イチから手作り

 岩本さんが彗星に興味をもつようになったのは高校生だった1970年ごろ。「ベネット彗星」がブームになり、天文雑誌の神秘的な写真に引かれました。

 「自分でも見つけたい」と反射望遠鏡づくりにとりかかりました。直径16センチ、厚さ1.5センチほどのガラス板2枚の間に研磨剤を塗って数日間磨き続けると、一方が凹面になります。古くから望遠鏡のレンズを作る手法だそうです。

 完成したレンズを、業者に持ち込んで鏡に加工してもらい、ブリキを丸めた胴体や木製の台を付けました。

小惑星を探していた30代の岩本さん=本人提供
小惑星を探していた30代の岩本さん=本人提供

結婚、子育てで一度遠ざかるも……

 「初めて夜空に向けると、白っぽく濁っていてがっかり。磨きが荒かったんでしょうね」と岩本さん。

 淡い輝きの彗星を見るには不向きの望遠鏡でした。高校卒業後、県立農業大学校で学び、地元で就職。結婚や2人の息子の誕生で、一時は天体観測から遠ざかりましたが、30代で再び天文雑誌に触発されます。

 その後、知人の紹介で知り合った愛知県の天文家と共同で未知の小惑星発見に乗り出し、1988~89年には19個の小惑星を発見しました。

 小惑星の場合、国際天文学連合に認められると自分で名前を付けられます。名付けたのは6個。「阿波」「徳島」のほか、「三子」という名も。岩本さんは「その頃、妻の名を付けるのがはやっていたんです」と照れ笑い。

岩本さんの自宅ベランダから見た星空=徳島県阿波市阿波町、本人提供
岩本さんの自宅ベランダから見た星空=徳島県阿波市阿波町、本人提供

「いつかは彗星を見つけたい」

 小惑星を見つける一方、「いつかは彗星を見つけたい」という思いも持ち続けていました。

 ただ、1994年、「シューメーカー・レビー第9彗星」が木星に衝突するという、天文学上の「事件」が起きます。厚いガス層への衝突跡は地球ほどの大きさになりました。

 これをきっかけに、彗星が地球に衝突する危険性が指摘されるようになりました。欧米を中心に大型望遠鏡とコンピューター分析を組み合わせた自動探索が活発になり、アマチュア天文家が太刀打ちできなくなりました。

 それでも、数少ないアマチュア天文家による発見のニュースに勇気づけられ、「できるところまで夢を追ってみよう」と彗星探しを続けました。

 大型望遠鏡は構造上、大きく傾けることが難しく、地平線近くの観測は苦手だそうです。過去のアマチュア天文家による発見が東の空に多いことにも気付きました。観測対象を東の水平線近くに定めるようになったそうです。

2013年の新彗星発見で米スミソニアン天文台から贈られた賞の盾を持つ岩本さん=徳島県阿波市阿波町、三上元撮影
2013年の新彗星発見で米スミソニアン天文台から贈られた賞の盾を持つ岩本さん=徳島県阿波市阿波町、三上元撮影

「細く長く」がモットー

 岩本さんに、次の目標を聞きました。「これからも無理せず、楽しみながら続けていきたい」。「細く長く」がモットー。

 仕事に影響がでないよう、体がきつい時は早起きしない。夏は蚊が出るからお休み。12年には実家のイチゴ栽培を両親から引き継ぐために早期退職しました。現在は妻、パティシエの長男と3人で暮らし、農業をしながら観測を続けています。

 ちなみに、国立天文台によると「マックホルツ・藤川・岩本彗星」は11月末には太陽に近づき、肉眼でもぎりぎり見える「6等級」になる見通しだそうです。

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