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連載

#13 #となりの外国人

若者が消えたベトナムの村 「実習生御殿」に見る日本への「愛憎」

ベトナムには、若い家主が不在の家々が立ち並ぶ=鈴木暁子撮影
ベトナムには、若い家主が不在の家々が立ち並ぶ=鈴木暁子撮影 出典: 朝日新聞

目次

 「あこがれ」と「明るい未来」に突き動かされ、若者が消えてしまった村がベトナムにある。行き先は、海外。技能実習生などとして資金を稼ぎ、家族のため家を建てるのが目的だ。そんな「御殿」への思いを胸に、日本に渡る人たちも少なくない。しかし中には、様々な事情から失意の内に帰国するケースも。彼らの希望をつなぐために何ができるのか。現地を歩き、住民たちが抱く日本への「愛憎」に触れながら、考えてみた。(朝日新聞ハノイ支局長・鈴木暁子)

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静寂が支配する「ゴーストタウン」

ビンライ村には、出稼ぎで得たお金で家を建てる人が少なくない=鈴木暁子撮影
ビンライ村には、出稼ぎで得たお金で家を建てる人が少なくない=鈴木暁子撮影 出典: 朝日新聞

 「ベトナムの普通の農村とは思えぬ光景がある」。そう人づてに聞き、私は平日の昼間にある村を訪ねた。

 首都ハノイから車で2時間弱の場所にある、フートー省ビンライ村。木々の間に大きな家々が立ち並び、まるで別荘地のようだ。ぴかぴかの邸宅が、これでもかというほど並んでいた。

 車を降りて歩き出すと、私はまた驚いた。通りには人の姿が全くなく、しーんと静まりかえっている。朝から晩までカフェや居酒屋で人々がおしゃべりする、ベトナムのあの活気はどこにいったのだろう。「ゴーストタウン」という言葉が浮かんだ。

 やっと見つけた高齢の女性が近所の家々を指さして、こう説明してくれた。

 「うちは台湾、隣は韓国。あっちは日本だよ」

 それぞれの家族が家の建設費用を稼いだ国の名前だという。ビンライ村では、人口9094人の3分の1に当たる2900人が海外で働く。村が静まりかえっているのは、35歳以下の若者の多くが国外に出ているためだ。家々は、いわば「実習生御殿」といったところだろうか。

 村人に声をかければ、海外労働者の家族に出会う。雑貨店にいた女性は、子どもが1年前に日本での技能実習から帰ってきたという。「費用は60万円かかったけど、息子は250万円貯金して帰って来た。別の町で食堂をやっているよ」。

 店に来たレ・タイン・コンさん(25)も愛知県の板金工場で働く実習生で1年ぶりに一時帰国したところだった。去年帰国した時にもうけた子どもが1歳になり、今回初めて顔を見ることができた。「家族とは離ればなれですが、ベトナムにいてもお金は稼げないですから」。そう日本語で話し、笑った。

 子どもよりも、親が熱心に日本行きを勧めるケースもベトナムでは多い。ビンライ村で農業を営むグエン・スアン・クアンさん(47)は20代の息子2人を日本に送った。「将来のためだ。ベトナムでは仕事がないが、日本ではいろんな経験、勉強ができるじゃないか」

「家族のため」ふくれあがる憧れ

新築の家で母親とくつろぐ元技能実習生のホアン・ティ・レさん(右)、「家族のために家を建てるのが夢だった」と話す=鈴木暁子撮影
新築の家で母親とくつろぐ元技能実習生のホアン・ティ・レさん(右)、「家族のために家を建てるのが夢だった」と話す=鈴木暁子撮影 出典: 朝日新聞

 役所にあたるビンライ村人民委員会によると、農業が主産業のこの村で、出稼ぎが始まったのは20年ほど前。当初の行き先はドイツやロシアで、近年は台湾や韓国が中心になった。

 この4年ほどで、技能実習生として日本に向かう人がぐっと増えたという。村人によると、韓国で失踪する人が相次ぎ、人民委員会が韓国への派遣をストップしたことも、日本行きの増加の背景にあるそうだ。

 「このあたりの大きな家は、ほとんどが海外労働の収入で建てたものです。誰かが家を建てると刺激されて、また外国に行く人が増えるという状況ですよ」

 人民委員会副委員長のブイ・ティ・キム・ズンさん(38)はそう明かす。故郷に錦を飾るという、家族思いのベトナム人の強烈な憧れが、この村で連鎖しているのだ。

 ホアン・ティ・レさん(42)もその1人だ。地元で縫製の仕事を20年ほど続けていたが、収入は月に500万ドン(約2万4千円)にしかならかった。

 「将来、店を開くための資金を稼ぎたかった」。山形県の縫製工場で去年まで3年間、月10万~11万円を稼いだ。2年前、ついに兄たちと資金を出し合って、故郷に家を建てた。

 きれいな家に私を招き入れたレさんは言った。「家族のために家を建てることが夢でした」。すぐ隣には弟が韓国で稼いだ金で家を建設中だ。

8年間で17倍増

 ベトナムから海外へ向かう労働者は、2017年に13万4751人と、16年より約8400人増えた。最も人数の多い行き先は台湾(6万6926人)で、日本(5万4540人)、韓国(5178人)と続く。

 急増しているのが日本で働くベトナム人だ。18年6月現在、技能実習生は10年と比べ約17倍の13万4139人、アルバイトができる留学生は同15.6倍の8万683人に増えた。

 今年10月、安倍晋三首相はベトナムのフック首相と東京で会談。企業の人手不足を補うため、これまで以上に人材を日本へ送り出すよう呼びかけた。検討中の新たな外国人受け入れ制度にも触れ、悪質な仲介業者への対策などに協力して取り組むと約束した。

 「仕事熱心」「礼儀正しい」。ベトナムには、日本にそんな好印象を持つ人が多い。20年の東京五輪が終わるまでは、建設業などで人手が足りない日本で、ベトナム人労働者は増え続けるとの見方が強い。

「あいうえお」分からず、申請書偽造

業者のものとみられるフェイスブックの投稿、ベトナム語で「在留カードや日本語能力認定書など何でもつくります」と書かれている(画像を加工しています)
業者のものとみられるフェイスブックの投稿、ベトナム語で「在留カードや日本語能力認定書など何でもつくります」と書かれている(画像を加工しています)

 だが、様々な問題も起きている。その一つが、日本でのベトナム人の振る舞いだ。

 万引きなどの刑法犯検挙件数は、在留者の多い中国や韓国を抜いて、国籍別でワースト1位。また、17年に失踪した技能実習生の数は、ベトナム人が3751人と総数(7089人)の半分以上を占める。

 「ベトナム人の選抜がきちんとされていないためだ」。そう指摘するのは、ハノイ在住の法律家・伏原宏太さんだ。

 偽の日本語能力証明書や学歴証明書、在留カードを作成します――。フェイスブックでは、ベトナム語でそう書かれた広告が簡単に見つかる。

 例えば、日本に留学するためには、基本的な日本語の理解が可能な、日本語検定で「N5」レベル相当の語学力が求められる。そうした条件を満たせない人たちを狙い、書類の偽造を持ちかける業者が、公然と活動しているのだ。

 だが人手不足に悩む日本も、人を送り出したいベトナムも、十分に取り締まることができておらず、厳密な選抜のないまま入国を許してしまっている。「若者が日本に行く際の手続きとその後の暮らし、ベトナムに帰国した後の将来設計について、どちらの国も考えていない」と伏原さんは話す。

 ベトナムの日本大使館は、日本への留学を申請する人を対象に、昨年3月から抜き打ちで面接を開始。すると、面接を受けた人の1~2割は日本語能力が基準に達していなかった。中には「あいうえお」も言えないのに、「150時間日本語を学んだ」とかたる内容の書類を出した人もいたという。

 このため一部の留学あっせん業者が、留学ビザの代理申請の受け付け資格を一時的に停止されるなど、深刻な事態となっている。

「日本行きはトレンド」

ベトナムのあるタクシー運転手の妻は、視野を広げるために訪日するという(画像はイメージ)
ベトナムのあるタクシー運転手の妻は、視野を広げるために訪日するという(画像はイメージ) 出典: PIXTA

 日本へ行く側の事情は様々だ。山形で働き、家を建てた前述のレさんのように、ベトナムではお金を稼ぐ仕事がなく、将来を案じて踏み切る人もいる。

 一方で、ベトナムでは違う意見も耳にした。

 「日本行きはトレンドなんです」と話すのは、日本の大学に留学を希望する20代の女性だ。ベトナムの大学では生物学を専攻し、さらに日本の大学で、海洋動物の生態について学びたいと思っている。それだけでなく、旅行したり、日本のコスメを手に取ったりすることにも興味があるという。

 「世界を見たい」という意識は、労働目的で日本に行く人の中にも少なからずあるようだ。

 たとえば、私が以前利用した、個人タクシー運転手の30代男性。かつて会社勤めをし、シンガポールで働いた経験もあるという。運転手になったのは「会社での仕事は嫌気がさして。運転なら自分の時間を自由に使えますから」

 運転しながら、男性は「そういえば」と話し始めた。「私の妻が来月から日本のホテルで働くんです」

 「あなたの仕事も順調そうなのに、なぜわざわざ日本に行くの?」。私がそう聞くと、「妻も国内にいるだけじゃなく、海外で経験を積み、広い世界を見るべきです。子どもの面倒は私の母がなんとか見てくれますから」

 働き口を必死で探す人もいれば、「体験」を求めて日本へ行く人もいる。豊かな人も増え、格差が広がるベトナムの現実でもある。

 いずれにしても、明るい未来だけを想像して日本に来た人たちに、厳しい労働やつらい日常が待っていたら……。失踪者や犯罪に手を染める人の中には、そういう人も含まれているのかもしれないと想像した。

失望するベトナム人たち

帰国後も日本に興味を持つベトナム人の元技能実習生、一方で「日本に失望した」と話す人もいる=YouTubeから(記事とは関係ありません)
帰国後も日本に興味を持つベトナム人の元技能実習生、一方で「日本に失望した」と話す人もいる=YouTubeから(記事とは関係ありません) 出典: 朝日新聞

 ベトナム人の待遇が不安定なのには、わかりにくい日本の制度も関係している。

 法律家の伏原さんは2年前、ベトナムの語学学校が短期ビザで学生を日本に送り、給料も渡航費も出さず働かせていた問題で相談を受けた。これを機に、ベトナム人弁護士のブイ・ホン・ズオンさんたちと日本に行きたいベトナム人の相談・情報提供窓口をひらき、ボランティアで相談にのっている。

 「送り出し機関に金を払えば、『掃除の技術者』のビザで日本に行けると言われたが本当か」。最近は、そんな相談が一日に3、4件ある。日本で就くのは清掃の仕事だが、まるで高度に専門的な学歴、職歴があるかのような偽の証明書を作って、「技術・人文知識・国際業務」の在留資格でベトナム人を応募させるのだ。採用する日本側の企業とも口裏を合わせ、うまく通ってしまう例もあるという。

 「旅行ビザで日本に行って働ける」とだまされたベトナムの人が、ベトナムの業者に多額の費用を払って渡航する問題も頻発している。日本に行っても仕事は見つからず、途方にくれたベトナムの人たちから連絡を受けたズオンさんが、ベトナムに帰国するよう説得。その後、業者と交渉し、全額を返還させることができた。

 「つらい思いをする人が増えれば、日本に嫌なイメージを持つベトナム人も、今後増えていくかもしれない」とズオンさんは話す。

 さらに、多くのベトナム人が日本行きに意欲的で、日本に優位な「買い手市場」になっていることを逆手にとった、悪質な行為も目立ってきた。

 元実習生で、伏原さんと相談窓口でボランティアをするチュオン・マイン・ザップさん(29)。過去にベトナム人を雇いたいふりをして、現地の送り出し機関に航空券代やホテル代を負担させ、遊んで帰る日本人に出会ったことがあるという。

 「『遊びたいし、エッチもしたい』と言って、食費や宿泊費をベトナムの送り出し機関に負担させる。でも実際にベトナム人を受け入れる意思などまったくない。そういう日本人たちを知っています。日本にはお世話になったけれど、これには本当にがっかりしている」

 ただ、こうした状況が今後も続くとは限らない。在ベトナムの梅田邦夫・日本大使は「ドイツや中国などと人材の取り合いは始まっている。さらに5~10年すればベトナムも高齢化が進み、国内で介護職などの需要が増える。いつまでも今のようにはいかないだろう」と分析している。

日本は「大泉町」になった

ブラジル人学校で、プロ音楽家の楽器に触れる生徒たち=群馬県大泉町(記事とは関係ありません)
ブラジル人学校で、プロ音楽家の楽器に触れる生徒たち=群馬県大泉町(記事とは関係ありません) 出典: 朝日新聞

 私は以前、ブラジルの日系人が大勢暮らす群馬県大泉町を取材したことがある。町のコミュニティーセンターには、ブラジルから来た人たちが、学校のことやごみ出しのこと、仕事のことなどを母国語で聞ける相談窓口をもうけていた。相談にのっていた女性は自らも日系人で、ポルトガル語と日本語が話せた。

 「これから日本は、どうなるといいなと思いますか?」。そう尋ねたら、相談員の女性がこう答えてくれた。

 「日本の人は『外国人が来るからいろんな準備をしなくては』と気を遣いすぎる。国籍がどこだろうと、同じコミュニティーの『住民』だと考えられるようになればいいですね」

 大泉町の取り組みを知っても、以前なら「外国人が多い町はいろいろと大変だ」と考えて、それで終わりという人が多かったかもしれない。でも、ベトナムなどからやってくる人は日本中で増えている。近く、外国人をさらに受け入れるための新しい在留資格もできることになった。いまや日本全国が「大泉町」なのだ。

 ベトナムの人は、いつまで日本に大挙して来てきてくれるのだろう――。私の質問に、ハノイで日本語学校を運営するベトナム人男性は「あと5年でしょう。その後は市場の大きい中国です」と話した。

 この予言が当たるかどうかよりも、例えばその5年の間に、私たちに何ができるかと考えてみる。まず、搾取や犯罪が起きないような制度としくみをつくることは最優先。あとは、日本で暮らす私たちの心の持ちようなのかもしれない。近くのコンビニや工場で働く、外国から来たあの人は、同じ町に住むご近所さんなのだと。

 見えないふりをして過ごしていたら、隣にいたはずの「労働人口」は、さっとどこかよその国に引っ越してしまうだろう。

 

 日本で働き、学ぶ「外国人」は増えています。でも、その暮らしぶりや本音はなかなか見えません。近くにいるのに、よくわからない。そんな思いに応えたくて、この企画は始まりました。あなたの「#となりの外国人」のこと、教えて下さい。

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