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<金正男暗殺を追う>白目むき激しく痙攣「一か八か」医師の決断
マレーシアの空港で、顔に謎の液体を塗られた金正男(キム・ジョンナム)氏は、近くの診療所で「顔が痛い」と異変を訴えた。警察への取材や医師らの証言によると、異変は見る間に全身に広がり、血や泡を吹いたり、痙攣(けいれん)したりする症状が続発。襲われてから30分足らずで、ひん死の状態に陥った。裁判が続く中、新たに明らかになった情報などから「その時」に迫る。(朝日新聞国際報道部記者・乗京真知)
2017年2月13日朝。空港の出発ホールで襲われてから11分後、正男氏は診療所にたどり着く。診察カウンターに歩み寄り、「顔が痛い」「誰かが顔に液体をかけてきた」と訴える。右腕は手荷物の黒いバッグを支え、なんとか自力で立っている。
しかし、ほどなくカウンター横にへたり込む。口から血や泡を吹き出し始める。心臓の動きが弱まったときに見られる症状だ。
襲撃から30分たつ頃には、意識を失う。倒れた正男氏の体を、看護師や救急隊員ら数人が持ち上げる。仰向けの状態で、ストレッチャーの上に引きずり上げる。
白目をむいた正男氏の額に汗が噴き出す。涙やだ液も止まらない。救急隊員がテッシュをつかみ、繰り返し拭き取る。
心臓の動きが、さらに弱まる。血流が滞り、酸素不足に陥る。血中の酸素の量の目安となる「酸素飽和度」が、絶命寸前の40%以下に落ちる。正常値は90%台後半だ。
なんとか命をつなぎとめようと、診療所の医師が救命措置を急ぐ。酸素マスクをあてがいながら、心臓の動きを促すアドレナリンを注射する。
相前後して、発作の症状も現れる。歯を食いしばり、激しく痙攣(けいれん)する。
原因が分からないまま、同時多発する異変。心臓に加えて肺の動きも弱まり、いつ呼吸が止まってもおかしくない。のどに管を通し、強制的に酸素を送らなければならない。
医師は、のどに詰まった血へどを取り除き、管を通す。のどの奥から胃酸の臭いが逆流してくる。
ひん死の正男氏への救命処置は、1時間余り続けられた。それでも、正男氏の反応は戻らなかった。診療所は、わずかな可能性にかけ、正男氏を大きな病院へ運び出すことを決めた。
◇
【空港の診療所】空港3階の出発ホールで襲われた正男氏は、2階の隅にある診療所に助けを求めた。診療所はガラス張りで、ドアを開けると待合室と診察カウンターがあり、処置室は診察カウンターの奥にある。空港によると、診療所には医師や看護師が24時間態勢で詰め、救急車を用意している。正男氏が倒れた際には10人近くが処置にあたっていた。
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