感動
「歌うま」が支える大リーグの国歌斉唱 「何度歌っても、責任重大」
大リーグのレギュラーシーズン、プレーオフ、そしてワールドシリーズとすべての試合の開始前、欠かさず繰り返される行事があります。国歌斉唱(演奏のときもあります)。歌っている、演奏しているのはどんな人なんだろう。大谷翔平選手が所属するエンゼルスの場内演出ディレクター、ピーター・ブルさん(51)に聞いてみました。(朝日新聞スポーツ部記者・山下弘展)
エンゼルスの大谷翔平選手を追いかけて、今季、大リーグのいろんな球場を回りました。日本のプロ野球では、開幕戦や日本シリーズなど特別な試合を除いて、CDなど、あらかじめ録音していた「君が代」が流れるのですが、大リーグはどこに行っても、生歌、生演奏でした。
独唱あり、グループあり、大編成の吹奏楽あり、レンジャースの本拠で、おじさんが口笛で「演奏」していたのには、驚きました。球団によってスタイルは様々です。しかも、歌っているのは、どの人も聞いたことのないような名前ばかり。一体誰だ? ジャスティン・ビーバーとか、アリアナ・グランデは来ないのかな……。素朴な疑問を、ピーターさんにぶつけました。
ピーターさん 「ジャスティン・ビーバー? ワッハッハ(爆笑) 球団によって考え方は様々ですが、エンゼルスは国歌に敬意を表するため、基本的に独唱にしています。独自のアレンジを入れるのも、あまり好ましくないですね。伝統的な歌い方をしてほしいのです」
「実は国歌は音域が広く、歌うのが難しい。今季、グループは1組だけでした。地域の高校や大学などの吹奏楽部が出演するときもありますが、1校だけでなく、複数校、500人から1千人単位で演奏してもらっています」
歌い手は一般公募です。プロ、アマは問わず、性別、年齢制限もありません。謝礼もなし。募集期間は通年で、国歌独唱を録音したテープ、動画などを郵送やメールで球団まで送ってもらい、担当者が歌唱力を審査します。例年、1シーズンで約250人の応募があり、そのうち合格者は5%くらいだそうです。15人ほどが「常連組」で、まったくの新人を合わせると、約20人で1シーズンを回しています。
合格すると、歌いに来られる日を担当者と相談します。常連組のなかでもうまい人は、日曜日や開幕戦、同時多発テロの犠牲者を悼む9月11日に回されます。七回に「Take Me Out to the Ball Game(私を野球に連れてって)」に加え、第2の国歌ともいえる「God Bless America」を歌う必要があるからです。
ピーターさん 「開幕戦は常連組でも一番うまい方と決めています。以前は、著名なプロの歌手を呼ぶことも考えましたが、歌手が嫌がることがあるのです。なぜなら、国歌が難しいから。まあ、ノーギャラですしね。ただ、リーグチャンピオンシップと、ワールドシリーズは大リーグ機構の管轄なので、有名な歌手が来るときもあります」
9月12日の試合で独唱したダニエラ・シティーポさんは、12歳のころに初めて球場で国歌を歌ったそうです。それから20年。プロではありませんが、趣味で歌い続けており、今年も3回、球場で歌いました。
ダニエラさん 「3歳のころから歌うのが大好きで。ずっとチャンスがあればと思っていたんです。何度歌っても、責任重大、とても大切な歌です。もちろん、間違えたくはない。けれど、今までパーフェクトに歌いこなせたことはありません。いつも、歌い終わったときに、『もっとうまく歌えたのに』と思うのです」
ダニエラさんは、もちろん来年も応募するつもりです。
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