話題
病院で「せこい」と言われたら… 徳島県の方言なので怒らないでね
四国のある地域の人が、息を切らしては一言、満腹になっても一言、つい口にする方言があります。
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四国のある地域の人が、息を切らしては一言、満腹になっても一言、つい口にする方言があります。
【ことばをフカボリ:19】
四国には、息を切らして一言、満腹になって一言、つい口にする方言があります。場面とタイミングによっては、地元以外の人が聞くと、誤解を招きそうです。その方言は「せこい」――。共通語と違った独特の意味があります。どのように使われているのか、探ってみました。(朝日新聞校閲センター・佐藤司/ことばマガジン)
今年春先のことです。徳島県に住んで5年たつ徳島大学教授の村上敬一さんが風邪で病院に行きました。前の患者が診察を終えた後、地元医師のこんな一言を耳にしました。
「あの患者さん、せこいな」
「受診料以外に心付けが必要なのだろうか」。一瞬そう思ったと話す村上さんは、熊本県出身で日本語学が専門です。
出身が徳島県以外の多くの人は「せこい」を「けちくさい」「ずるい」という意味に受け取り、医師が患者からの謝礼の少なさに不満を漏らした、と思ったのではないでしょうか。
村上さんは「せこい」が方言だと気づきました。徳島県とその周辺で、つらさや苦しさを表す時に使われると言います。せきがひどい患者を診た医師が「あの患者さん、つらいな」と代弁したと分かったそうです。
ほかにどのように使われるのでしょう。地元の人に聞きました。
医療機関では、ぜんそくや肺炎で「息がせこい」、鼻詰まりも「せこい」と息苦しい症状を伝える時に使うと言います。
医療機関以外では「水泳の練習は、せこかった」「マラソンは、せこくなるので嫌い」「もう年だから階段を上るのが、せこい」という具合です。しんどいや疲れたという意味でも使われ、日常的に幅広い世代で口にしているようです。
村上さんは、苦痛を引き起こす原因から由来をこう考えます。「風邪の時や激しい運動後、空気の通り道が狭く感じます。流れを遮る『せく』から、息苦しさを表す『せこい』ができたのでしょうか」。ほかにもいろいろな説があるようです。
ただ、県外では誤解を招くことがあると言います。実際にあった二つのケースを紹介します。
最初は、50代女性の体験談です。
大学生のころ、喫茶店で友達と待ち合わせの約束をしていた時のことです。時間に遅れそうになり走って行ったところ、先にいた友達が飲み物をちょうど口にしていました。息を切らして「あー、せこー」と思わず言ったら、気まずくなったと言います。「(走って来て)疲れた」という意味で言ったのが、「(先に飲むなんて)ずるい」と受け取られたようです。
次は、40代女性が知人から聞いた話です。
徳島県生まれの夫が、愛媛県の妻の里でごちそうになった時のことだそうです。腹いっぱい食べた夫が「せこい」と一言もらしたところ、精いっぱいもてなした義母は「貧弱な料理と言われた」と思い、ショックを受けたと言います。「(満腹で)苦しい」という意味で言ったのが、「(料理が十分でなく)けちくさい」と受け取られたようです。
このように、誤解を招きやすい表現のため、徳島県外では「しんどい」に言い換える人もいます。しかし、別の50代女性はこう強調します。「『せこい』を使うと、表現したい体の感覚が込められていると実感できます」
どのようなニュアンスなのでしょう。地元の人は「つらいや苦しいほどではなく」「気だるさが伴う感じもあり」「何となく体が不調」と説明します。それぞれ表現が違いますが、体調がすぐれない点で共通しているようです。
もし体調が思わしくない時、徳島県の人から「せこうないですか」と声をかけられたら、顔をしかめずに、笑顔で「大丈夫です」と返したいです。相手を思いやる優しい気遣いも、この方言を使う人には込められていますから。
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