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「1兆円」で日本を狙う「カジノ王国」の破壊力 地域経済まで一変?
カジノ解禁後の日本に世界中が注目しています。国内に設置されるのは3カ所まで。数少ないカードを狙う最有力候補がマカオの業者です。日本の大学生を招待して運営の研修を受けさせた狙い。「1兆円」の投資をぶちあげるカジノ王の息子。専門家が「ギャンブル市場の基盤がすでにある」と断言する理由。現地から見えたのは、競馬やパチンコなどギャンブルだけにとどまらない変化を与えかねない、桁外れのカジノパワーでした。(朝日新聞広州支局長・益満雄一郎)
「白亜の殿堂」のような豪華な外観に中は幻想的なネオンに照らされたモニュメント。8月30日、統合型リゾート(IR)施設「ギャラクシー・マカオ」を取材で訪れると、その豪華さや規模の大きさに圧倒されました。総投資額はなんと46億ドル(約5100億円)超。総面積は100万平方メートル。これだけでも東京ドーム21個分ありますが、さらに100万平方メートル以上を追加開発する計画もあります。
メインに大規模なカジノを備えるほか、300もの高級ブランド店や世界各国のグルメを集めたレストランも。屋外には人工で波をつくるプールも設けられ、観光客でにぎわっていました。多くはお金持ちそうな中国人で、日本人らしい観光客は見当たりませんでした。
ギャラクシー・マカオを運営するのは、香港資本の「銀河娯楽集団(ギャラクシー・エンターテインメント・グループ)」です。今年8月、日本の東洋大国際観光学部2年生の女子大生4人が同社の招待で4週間の研修を受け、IRの運営について、同社幹部やIRに詳しいマカオ大の先生から、みっちり講義を受けました。
その1コマにお邪魔しました。この日の講師役は、国際開発部門幹部のジェレミー・ウォーカーさん。日本進出の戦略を練るキーパーソンの1人です。「私たちが持つ有益なIRに関する知識を日本側と共有したい。4人の学生さんは、きっと日本のIRのリーダーになるでしょう」。ウォーカーさんは英語でこう語って期待を込めました。
学生側にとっても貴重な機会となったようです。参加者の1人の本橋愛さんは「研修に参加する前はカジノというと賭け事なので、あまり良くないイメージを持っていましたが、カジノ依存症対策への取り組みもしっかりしていて、印象が変わりました」と話していました。
7月に日本の国会で成立したIR実施法によると、当面、日本に設置されるIRは3カ所。その3枚のカードをめぐって、世界中のカジノ業者がすでに争奪戦を繰り広げています。同社も有力な業者の一つです。日本の大学生への研修プログラムの提供を通して日本側とのパイプを強め、業者選考の際に有利に導きたいという思惑がありそうです。
日本進出を狙うのは、ギャラクシーだけではありません。長年、マカオのカジノ産業を独占して「カジノ王」と呼ばれるスタンレー・ホー氏の息子のローレンス・ホー氏が会長として率いる「メルコリゾーツ&エンターテインメント」も負けてはいません。
ローレンス・ホー氏は旅行だけでも年に5、6回は訪日する大の日本通です。日本でIRを経営することが夢だと公言してはばかりません。「マカオやラスベガスを上回るIRをつくりたい」。中でも最も印象的だったのが以下の言葉でした。「絶好の機会に対してはプライスレスだ。値段はつけられない」。日本に100億ドル以上の投資をする用意があるといい、日本進出にかける本気度が伝わってきます。
マカオだけでなく、カジノの本場ラスベガスがある米国のカジノ業者も日本に熱視線を送っています。その背景には、世界3位の経済規模に加え、21兆円市場のパチンコ・パチスロの存在があります。他にも競馬や競輪、競艇、スポーツくじまであり、マカオのカジノ研究者が解説します。「ギャンブル市場を新たにつくるのは大変だが、日本にはすでに基盤があります」。
マカオのカジノ業者が日本に注目する要因はそれだけではありません。実はビジネスモデルそのものが転換を迫られている事情も見逃せません。
それは過度な中国依存からの脱却です。マカオを訪れるカジノ客の半数以上は中国人なので、中国政府の急な政策変更によって収益が大きく変動するリスクを抱え込んでいます。実際、中国の景気減速や中国の習近平政権の汚職取り締まりの強化の影響を受け、2016年のマカオ全体のカジノ売上高は約3兆3千億円と、ピークだった2013年から一気に4割近くも減り、「冬の時代」を経験しました。
中国以外に活路を見いだそうと、カンボジアなどのアジア各国にカジノを建設する動きもあります。ですが、カンボジアのカジノで働く中国人がこんな事情を明らかにしてくれました。「カジノの建設や運営にあたっては、地元政府や警察からの賄賂を要求され、頭を悩ますことも多い」。こうした国々に比べれば、日本は透明性があるので商売しやすいと期待されているようです。
ショーやショッピングなどの非カジノ部門の収益を増やし、経営の多角化を図る動きも進んでいます。パリのエッフェル塔をモデルにした巨大なタワーを建設した大手IRもあります。マカオ政府も非カジノ部門のテコ入れに力を入れており、映画産業を活性化させるため、国際映画祭を2016年から始めましたが、これだけのカジノ偏重の経営を変えるのは容易ではありません。
マカオの賭博の歴史は16世紀に始まり、政府に合法化されてからだけでも170年の歴史があります。2002年にマカオ以外の業者にも市場開放後、米国の業者によってカジノだけでなく、ショーなども充実させたラスベガス流の運営手法が持ち込まれて人気を集め、ほかの国のカジノと比べても、非常に競争力を兼ね備えていると言えます。
私は将来、日本でIRができたら、立地場所にもよりますが、周辺にあるパチンコ店や競馬場といった「ギャンブル施設」だけでなく、ホテルやイオンのようなショッピングセンターまでも影響を受け、地域経済を丸ごと変える可能性すら秘めているとみています。とにかく資金力があり、運営ノウハウも持つマカオのIRは「本命」といっても過言ではありません。それだけにマカオのカジノ業者をしっかり注目していく必要がありそうです。
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