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タイ王女も踊る「恋チュン」 BNK人気、理由が「指原ばり」だった
日本では5年前に大ヒットした「恋するフォーチュンクッキー(恋チュン)」が今、タイで人気を爆発させています。歌うのはAKBグループのひとつ、BNK48。ミュージックビデオはYouTube上で本家に迫るビューを稼ぎ、王女も踊る盛り上がり。ですが、わずか半年あまり前までは知名度の低い存在でした。彼女たちをスターダムにのし上げたのは、意外というか、タイでも同じだったというか、スキャンダルでした……。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
「おにぎり!おにぎり!」 恋チュンのイントロとともに、集まった300人のファンから大きなコールがあがりました。振り付けもAKB48とまったく同じ。でも、踊っているのも、コールを上げたのも、みんなタイの人たちです。
バンコクのデパートの一角で開かれたイベントは、タイのネット通販とBNK48が手を組むプロジェクトをお披露目するもの。BNKは恋チュンを含め3曲を歌いました。
少しでも近くで見るため、開場の10時間以上前から並んでいたという人もいました。高校生のシリニャ・チュートンさん(16)。今年初めにBNKのファンになったばかりで、きっかけは恋チュンだったそうです。「歌詞も踊りも大好き」と言います。
先着順で入れるスペースには人がぎっしり。一番前に立っていたキッティ・ピッチさん(22)は、「タイの東大」とも呼ばれる名門、チュラロンコーン大学を卒業したばかりだとか。昨年ファンになり、「これまでバンコクのBNKイベントにはほとんど来ています」。数十回は下らないとのこと。6月初めに発売されたCDアルバムも50枚購入。ちなみに握手券や投票券はついていません。
「なぜそんなに魅力的なの?」と尋ねると、「1人1人の女の子に物語がある。これまで、タイの女性アイドルといったらグループでパッケージみたいな感じだったけど、特定の子を応援したい、という気持ちにさせてくれるのがBNK」と力を込めました。
現在、BNKの恋チュンのミュージックビデオのYouTubeでの再生回数は1億3千万回を超えています。本家AKBの約1億4千万回に迫る勢いです。
恋チュンの熱気はさらに広がっています。なんと、タイのウボンラット王女が今年5月、若者向けの音楽ライブで恋チュンを披露したんです。YouTubeで公開もされています。
タイで王室の取材は簡単ではありません。国王らを中傷・侮辱した場合に最高15年の禁錮刑を科す「不敬罪」があるなど、王室は「不可侵」な存在。軽々しく記事にすることも許されていません。さて、この件を書いていいのか。王室の広報に問い合わせてみました。すると、
「通常、王女のことを記事にするのはあまり認めていません。ただ、この曲は大ヒットしているし、王女自身も動画や写真を使ってほしいと話しています」
まさかの快諾。驚きの恋チュンパワーです。
日本文化にも詳しい作家のヌッタポン・チャイワニポーンさんに、恋チュン人気の理由について聞きました。
「スローなテンポで日本の音楽の良さもあるし、アメリカのソウル・ミュージックも感じられる。タイの人には新鮮に映ったのではないか。そしてなんと言っても、大人から子どもまで踊れるダンス。今やたくさんの人がこのダンスをしているのを見かけますよ」
ただ、とヌッタポーンさんは続けます。「私は1年前、BNK人気がここまでになるとは思っていませんでした」
実はBNKのデビューは2017年6月。その直後、ヌッタポーンさんは地元のメディアに「プロモーションが足りず、パフォーマンスも観客が求める水準ではない。2年以内に人気は衰えるのではないか」と予想していました。
実際、BNKの人気はなかなか広がりませんでした。そこに火をつけたのが、なんとメンバーのスキャンダルだったのです。
昨年末から、メンバーの1人、メイサ(Maysa)さんが誤って彼氏と一緒にいる画像を自分のインスタグラムの「裏アカウント」に出してしまったのです。
BNKには恋愛禁止という明確な決まりはないそうですが、「ファンへの裏切りだ!」と怒りの声があがり、メイサさんは翌1月から活動停止になってしまいます。なんだかどこかで聞いたような……。
このことが芸能誌などに大々的に報じられ、一気にBNKの知名度がはね上がりました。昨年8月に発売した恋チュンの人気に火がついたのもこの頃から。YouTubeの再生数も一気に上がり、テレビへの露出も激増。さらに恋チュンを有名歌手がカバーして、その人気は瞬く間に急上昇しました。
ヌッタポーンさんは「BNKは今の時代のタイにちょうど合っていたと言える。ちょうどタイの音楽業界に若者にとってのスーパースターがおらず、音楽セールスも停滞気味だった」。
また、タイは2014年にクーデターで軍政になっています。「なんとなく重苦しい社会の雰囲気を明るい音楽とダンスで吹き飛ばそう、そんな思いを若い人だけでなく幅広い世代が受け止めたのではないでしょうか」と分析します。
BNKをマネジメントする会社の代表、ジラス・パバラバダナさんは「メンバー1人1人の『ガンバッテ』という物語を大事にしている。普通の女の子たちがスターになっていくストーリーをファンの人たちに見せたい」。
アンケートをとると、ファンは男性だけでなく、50~60代の女性にも広がっているそうです。
イベントの最後、囲み取材があるというので、参加したBNKのメンバーに質問をぶつけて見ました。今や本家のAKBの再生回数くらいに迫る勢いがある、BNK版恋チュンの人気をどう感じますか。
「本当に幸せ。この曲が私たちが皆さんに知ってもらえるきっかけの曲だったから。皆さんに感謝したいです」
アイドルのお手本のような答えが返ってきました。
BNKメンバーは6月の「第10回AKB48世界選抜総選挙」にも立候補。チャープランさんが39位、ミュージックさんが72位に入るという健闘を見せました。
今後、人気はどうなるのでしょうか。ヌッタポーンさんは「少なくとも2年は続くでしょう。そこは訂正します」と笑います。「でも、これから、1人1人のメンバーがどんなストーリーを見せるかが注目されます。AKBに比べてBNKはイベントやライブでのファンサービスが少ない気がする。その辺を向上させられるかにかかっているのではないでしょうか」
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