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「SEALDs」メンバー、今どこに? 奥田さんが感じる「イライラ」
国会前のデモで注目され2016年8月に解散した「SEALDs」(シールズ)のメンバーは今、何をしているのでしょうか? 創設メンバーだった奥田愛基さんは、自分より若い世代について「デモみたいな、分かりやすい形でやろうという子は少ない」と言います。また、若者の攻撃対象が上の世代や外国人に向かいかねない危惧も抱いているそうです。奥田さんが「SEALDs」のその後を語りました。
7月6日、朝日カルチャーセンター新宿が開催した「若者たちの政治運動 日本・香港」というイベント。14日公開開始の映画「乱世備忘 僕らの雨傘運動」(香港、陳梓桓監督)の関連企画で、奥田さんは、この映画を監修した立教大学法学部の倉田徹教授(中国現代政治)とともに登壇しました。
雨傘運動とは、香港の学生らが選挙制度の民主化を求めて中心部の幹線道路を占拠した行動のこと。奥田さんは、雨傘運動の中心的メンバーの1人で、「女神」とも称された周庭さんと対談したことがありました。
奥田さんが今でも忘れられないのは、周さんに「もし僕が何かで逮捕されていたら、SEALDsという運動は終わっていたよ」と話した時のこと。周さんは「私、2回逮捕されました。そんなところで終わりじゃないです」と答えたそうです。政治家になり、政党を作る。他の誰かではなく私や私たちの世代がやらないと――。はっきりとした姿勢を見せる周さんを見て、奥田さんは「言い切るところが、ただただすごいとしか言いようがない」と振り返りました。
奥田さんは「押し付けることじゃないと思う」と付け加えながらも、メンバー同士の結びつき方の違いについても触れました。
日本では、「自分も含めてかもしれないですけれど、『ひとごとだと思っていない?』みたいなことをみんなで思い合っている。同じくらいリスクを取ってくれる誰かっていうのをイメージできない」。自分が仮に逮捕されたとして、一緒に逮捕される人などいないのではないか、ということは常に思っていたそうです。
一方の香港は、「あいつが逮捕されたら俺も(一緒に)逮捕される、くらいの調子。一緒に立ってくれる誰かが具体的に想像ができていて、これは私たちの国なんだと言い切れる。(日本と)全然違う」と比較しました。
SEALDsは、2016年8月に解散。当時のメンバーは現在、何をしているのでしょうか。
奥田さんによると、「働いていたりとか大学に行ったりとか、みんな元気に暮らしています」。
女性の中には、性被害を告発したジャーナリストの伊藤詩織さんの支援をしている人もいるそうです。
それ以外にも、自分のゆかりのある地域などで活躍している人も少なくないそうで、「SEALDsって、デカかったというか、300人くらいいて、何かあればSEALDsが、と言われるのにみんな嫌気がさしていて、俺は俺で(1人で)できる、やれるよ、みたいなメンタリティーになってきた気がする」と話しました。
SEALDs解散後、市民のためのシンクタンク「ReDEMOs」を設立し、代表理事になった奥田さん。今、都内で広告関連の仕事をしているそうです。
「皆さん、働いている方もいられると思うんですけれども、あんなに(デモに)毎日行くって、すごい大変ですよね。過労死とか、世界で一番起こっているような国で、さらにデモに行け、ということをどうやったら無理なくできるんだろうということを発明しないといけない、とずっと思っています」
かつてSEALDsが主導したデモには、高校生など奥田さんよりも若い世代の参加者もいました。そうした若い世代の動きについて奥田さんは「良くも悪くもたぶん、自分含めですけれど、めちゃくちゃ集中して注目が集まっていたので、それにすごく疲れたというのが、結構大きいと思う」と指摘。
「デモみたいな、分かりやすい形でやろうという子は少ない、というのもあると思うんですね」とも続けました。
奥田さんは「俺はもっとSEALDsとかよりクレバーにできます」という高校生などにしばしば会うそうです。市長や区長に政策を持って行ったり、「将来政治家になりたいと思っています」と言ってみたり。
そんな若い世代からは、分かりやすく物事を変えられそうで、かつ、なるべく賛否が分かれず批判を受けづらいものに流れる傾向を感じているそうです。
「新宿駅のゴミを拾います、みたいなのも良いんですけれど、それプラスで何かあっても良いのかな、と思います」
自分より若い世代について奥田さんは、「やっぱ賢い。自分の見え方とかをものすごい気にしている子が多い。良くも悪くも協調性があるし、あまり嫌なことをすぐ、ストレートに言ってこない」と分析。もし何かやるとしたら、したたかなやり方で出てくるのではないか、と感じているそうです。
ただ思うのは、何かをやり出す若者が出てきた時に、周りの子たちがどういう反応するだろうか、ということ。
競い合ってインスタグラムのフォロワーの数を増やしているようにも見える中、そうしたソーシャルメディア上の関係が、何かあった時に全く役に立たないのか、ものすごい力を生むのか、奥田さんでも見極められていないそうです。
もう一つの可能性として奥田さんが感じるのが、若者の攻撃対象が、自分たちより上の世代や外国人に対して向かう可能性があるのではないか、ということです。
年金を支払うこと、介護することや、外国人への福祉政策に対して反対の意を示すのではないかと。
「実際、起こっているわけですよね、イギリスでもアメリカでも。若い子たちでトランプ氏支持みたいな子もいるし。僕は何か、若い人たちが生活に困っているっていう、ちょっとイライラしている感じがどう出てくるか、その時の受け皿が右派的なものなのか、それとも、今の構造を壊そうというようなイメージなのか。どちらにしても、(いずれ)出てくるんじゃないかなというふうに思います」
SEALDsに向けられた期待と、風当たりの強さ、両方を経験した奥田さんが今、思うのは、誰かに期待するよりはまず自分、ということ。
「日本だと、誰かが変えてくれる、自分はできないけれどできる人がいる、と思うんですよ。誰かを待ちがち。でもみんな同じ人間なので、就活があればできなくなり、ゼミすら行かなくなる。あまり若い人に期待しない方が良いと思いますけれどね」
奥田さんを最後に取材したのは、2年前のフジロック・フェスティバルでした。当時、「音楽に政治を持ち込むな」などとネット上で批判が出て、注目が集まっていました。
その時、奥田さんが強調していたのは、「ほんの少しの勇気」の大切さでした。
「(批判が出たけれど)それでも、俺はここで、立って話しました。ほんの少しの勇気っすよ。2、3年前だったら俺もそこ(観客席)で座って聞いていた。だから、ちょっとの勇気なんで、周りの人や友達でいいんで、社会のことについて、真剣にしゃべりませんか?」と語りました。
SEALDsに向けられた期待と、風当たりの強さとは何だったのか? 2年後、改めて奥田さんの話を聞いて考えたのは、世代間の距離感です。
デモや政治運動の場において、年長者は若手の活動に期待し、自分たちの「盾」になってくれることを望んでいる。奥田さんの言う「若い人たちのイライラ」とは、こうしたことも背景にあるように感じます。
普段は異物のように見ている若者を都合の良い時だけ利用するのではなく、ともに同じ目標へと歩む存在として接する。それが求められているのは、今年42歳になる自分を含めた、奥田さんよりも上の「年長者世代」の側であるのだと感じました。
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