連載
#45 平成家族
「二人目いつ?」問う家族 今も夫婦悩ます「一人っ子ハラスメント」
働く女性が珍しくなくなり、ライフスタイルが多様になった平成時代。結婚する年齢が上がって、一人っ子に愛情を注ぐ人が増えました。一方、「きょうだいがいないと可哀想」という旧来の価値観は、今も親たちを縛り付けています。中には実家に帰省するたび、家族から「次はいつ産むの?」と問われ、へきえきしてしまう夫婦も。こうした、当事者の意に反して多産を勧める風潮を指し、ネット上では「一人っ子ハラスメント」という言葉も出始めています。色々な家庭の形が認められる社会をつくるためには、何が必要なのでしょうか?(神戸郁人)
「きょうだいがいた方が何かと良い」「一人っ子は気の毒だ」。ネット上のブログには、近しい人からそんな言葉を投げかけられたという、親たちの声があふれています。
夫婦の意思と関係なく、第2子以降の出産を呼びかけることについて、こんな呼び名を紹介する人もいます。「『一人っ子ハラスメント』って言葉があるみたい」
川崎市の女性(36)は、家族間で同様のやり取りを経験した一人です。
長女(9)を育てながら、フリーランスの司会者として活動。各地の式場やイベント会場に足を運び、曜日を問わず働いてきました。会社員の夫(40)も、たびたび出張する機会があるなど多忙です。日中は自宅近くに住む夫の父母に、子どもを預けることが多いといいます。
夫婦の親たちは、これまで子どもの数について意見したことはありません。対照的なのが、離れた場所に暮らす夫の祖母でした。
「次の子はいつ産むの?」「早くしないと、1人目と年齢が離れちゃうよ」。年末年始に家族であいさつに訪れるたび、せかすように声をかけてきました。女性はその都度、「縁があればね」などと返したそうです。
夫は3人きょうだいの長男。その娘である長女は、祖母にとって初のひ孫に当たります。「少しでも多くのひ孫を、胸に抱きたいと考えているんだろう」。そう理解していても、やりきれない気持ちが生じたといいます。
長女の出産を機に、時間が調整できる職に就きたいと考えた女性。26歳で会社の事務職から、司会業の世界に飛び込みました。企業の式典など、次第に大きな仕事に関われるようになり、張り合いを感じたそうです。
夢中で働く一方、長女が幼稚園に通っていた時期は、弁当作りや送迎ができるよう業務日程を組みました。定期的に長期休暇をとって、家族で海外旅行に行ったり、近所に住む夫の弟の子どもたちと遊んだりと、長女に寂しい思いをさせない工夫もしています。
日々を駆け抜け、気付けば30代も中盤。フリーランスのため産休中の手当が無く、一度休むと仕事を取りづらくなるなど、きょうだいを産むには困難な事情も抱えています。「君は好きなことを続けて」。そんな夫の後押しもあり、一人っ子のままで良い、と考えています。
「周りからは色々言われるけれど、長女は今の生活に満足しています。私も愛情を娘に注ぐことができ、すごく幸せです。この生活を大事にしたいし、無理に変えなくても良いと思っています」
一方、「子どもは1人で十分」と考えながら、第2子の出産に踏み切った人もいます。長女(3)と次女(1)を育てる、神奈川県厚木市の女性(41)です。
26歳で結婚した後、子どもに恵まれず、不妊治療を開始。市内外の産婦人科などを転々とし、体外受精を15回ほど繰り返した後、38歳で長女を産みました。
「流産を始め、長女の出産までいろいろと苦労が続きました。無事に育て上げ、社会に送り出せるか不安もあった。そうした状況下で『2人目を望むのはぜいたく』と思っていました」
しかし、長女が誕生して間もないころ。「娘を1人にしたくない」。夫(41)からきょうだいをもうけたいと相談されました。
姉、妹と育った夫は、父親の定年退職祝いのプレゼント代を出し合うなど、今も仲良く過ごしています。「子どもにとっても、頼れる人は多い方が良いと思ったんです」。夫はそう語ります。
女性も、きょうだいを育てる夫の姉や友人と交流するうち、「うちの子がお姉さんになるところを見てみたい」と考えるようになりました。
夫は、長女が熱を出すと会社を休み、夜通し添い寝するといった形で支えてくれました。「この人となら、産んでも良いかな」。女性は、長女の出生前に凍結保存した受精卵を、子宮に戻すと決意。今度はすぐ妊娠し、次女が誕生しました。
女性は夫以外の家族から、第2子の出産を勧められたことはありません。理由は、早くから不妊治療について伝えてきたからだといいます。
体外受精のため、排卵しやすくなる薬を飲んだこと。体内から複数の卵子を採ったこと。経過を報告するうち、夫の父母が不妊治療施設の情報を集めるなど、理解を示してくれるようになったそうです。
一方、事情を知らない知人から「もう少し頑張ってみたら?」と言われたこともあります。「でも、家族は味方でいてくれた。だから、『悪気無く話しているだけ』と割り切れたんです」
1人目を産んだら、次はきょうだいを――。周囲からの期待に苦しむ人は、女性の知り合いにも少なくないといいます。子どもを授かる難しさを知ったからこそ、一人っ子を選択する自由もあって当然と、女性は考えています。
「私は家族の協力が無ければ、きっと長女を産むこともできなかった。状況は人それぞれで、子どもの数についても同じです。他の人と考え方が合わないからといって、自分を責める必要は全くありません」
多産を望む傾向は、データにも表れています。国立社会保障・人口問題研究所が2015年に実施した調査によると、初婚同士の夫婦が理想とする子どもの数の平均は、全年齢で2人を超えました。
ただ、完結出生児数(夫婦の最終的な平均産児数)は1.94人。4.27人を記録した1940年の調査開始以来、最低です。1.96人と、初めて2人を切った2010年より低く、相対的に一人っ子家庭が増えていると言えます。
筑波大学医学医療系の徳田克己教授(子ども支援学)は「働く女性が増え、晩婚・晩産化が進んだことが大きい。体力的に2人目を産むのがつらい、というお母さんは少なくありません」と指摘します。
一方で徳田さんは、「子どもが減っている現状に、世の中の意識や仕組みが追いついていない」と感じています。
岡山県出身で、自身も一人っ子の徳田さん。80代の両親は約3年前、地元の介護施設に入りました。入所届などの必要事項は、家族が直接書く決まりになっていたそうです。
講義などでたびたび帰省するのは厳しく、「作った書類をファクスかメールで送れませんか」。施設側に相談したものの、回答は「こちらまで来て下さい」。やむを得ず、職場がある茨城県から、片道6時間以上かけ何度も通ったといいます。
「親の面倒は子がみるべきだ」。そんな思想が社会の根本にあり、結果的に「子どもは多い方が良い」という意識を強化していると、徳田さんは考えています。
「こうした状況が続くと、今後一般的になっていくきょうだいが少ない家庭は、厳しい状況に追い込まれる可能性がある。次世代の生き方を狭めることになりかねません。色々な家族の形を認めていくためにも、社会制度の抜本的な改革が必要ではないでしょうか」
「『2人目はまだ?』って、あいさつするみたいに言われるんですよね」。話を聞いた夫婦たちの言葉です。結婚したら子どもを産む。産まれたら2人目を……。世間では、当たり前のように語られています。取材をした私自身、同じことを思っている部分がありました。
私にはきょうだいがいません。幼少期は一人っ子ならではの自由を楽しみ、親の愛情を独り占めしていました。時々「弟や妹と過ごせたら楽しそう」と考えていたものの、強く望んだ記憶はありません。孤独を感じさせないよう、父母が努力してくれていたのでしょう。
ただ最近は、きょうだいを産んだ友人の話を聞くなどして、にぎやかな家庭への憧れも抱いています。独身の私。親になるなら、我が子に寂しい思いはさせたくない。やっぱり、子どもは多い方が良いのかも……。一人っ子で満足してきたはずなのに、いつの間にか、そんな気持ちが頭をもたげているのでした。
今回関わった夫婦たちは、自分なりに家族の形を模索していました。「今が一番幸せ」。そう語る姿から、子どもの数だけで人生の充実度は決まらない、と教わった気がします。同時に、「次はいつ産むの?」などの何げない言葉が、当事者を悩ませている問題の根深さも知り、驚きを覚えました。
「子だくさんの方が好ましい」という考え方は、元々、世の夫婦を思う気持ちから生まれたのかもしれません。しかし時に、価値観の異なる誰かを傷つけてしまう可能性もある。これからも、そのことに自覚的でありたいと思っています。
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの制度の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「妊娠・出産」をテーマに、6月29日から計10本公開しています。
1/51枚