連載
#41 平成家族
「子どもを産みたい」のに、踏み出せない 女性悩ます負のイメージ
いつか子どもがほしいと思っています。でも、平成の子どもをめぐる現実に目を向けると、後ずさりしてしまう自分がいます。みんなはどうやって、母親になる決心をしたのでしょうか。
連載
#41 平成家族
いつか子どもがほしいと思っています。でも、平成の子どもをめぐる現実に目を向けると、後ずさりしてしまう自分がいます。みんなはどうやって、母親になる決心をしたのでしょうか。
いつか子どもがほしいと思っています。でも、平成の子どもをめぐる現実に目を向けると、後ずさりしてしまう自分がいます。余裕や準備が足りない、と踏み出す「スイッチ」が入らないのです。身近に子どももいないのでイメージも湧かず、ネガティブな面ばかり見えてしまいます。みんなはどうやって、母親になる決心をしたのでしょうか。結婚4年目。もうすぐ30代の記者が、子育て世代の家庭で1日を過ごす「家族留学」にも参加。「産みたい気持ち」と「迷う気持ち」を探りました。(朝日新聞記者・野口みな子)
幼い頃から、漠然と心の中にあった「お母さんになりたい」。小学生の頃は、20歳で結婚、21歳で第1子、23歳で第2子と、現在の社会と比較しても、かなり早めな計画を立てていたのを覚えています。中学生の時は「大学に行きたい」と思い、計画は少し後ろ倒しに。高校を卒業する頃には大学院を意識し始め、さらに未来の自分に託すようになりました。
30代を目前に控えた私も、過去の私に「ゴメン」と思いながら、そのバトンを先の自分に渡そうとしています。
待機児童やワンオペ育児など、ニュースやSNSで見る子どもの話題はなんだか暗くて、耳に入る母親たちの愚痴にも後ずさり。子どもに対するほほえましいイメージを、モヤモヤした気持ちが覆ってしまいます。
明確な「産みたい理由」がないと進んでいけない気がして、幼い頃は純粋に口にしていた「子どもが欲しい」が、のどの奥でひっかかってしまいます。「いらない」という理由もないのだけれど……。
みんなは、一体どうやって踏み出していったのでしょうか。
東京・中野で開かれている乳幼児親子の集いの場「ぴよぴよひろば」では、就学前までの幼い子どもとその母親たちが集まっていました。
おもちゃを手に、しきりにお母さんに話しかける子どもの、ころころとした笑顔は本当にかわいらしいです。あのもちっとした腕に触れると、こちらまで笑顔になります。
「子どもを産む前と産んだ後では、かわいさが全然違いますよ」と話すのは、2カ月の子を持つAさん(30代・女性)。「自分の子どもがこんなにかわいいとは思っていなかった」とほほえみます。
そう言えるのは、純粋にうらやましいです。Aさんは、いつ「子どもを持とう」という気持ちになったのですか?
「あんまり考えず、もう当たり前のように、子どもが欲しいって思っていたかな」
そこです、その「当たり前」の部分が、私よくわからなくなってきているんです。不安はなかったのでしょうか。
「家庭環境が悪いわけではなかったので、子どもを持つことはいいことって自然とインプットされていたんでしょうね。ただ夫が単身赴任だったのと、自分の職場に迷惑をかけないように、タイミングは見計らってきました」
Aさんが妊娠する前、仕事は忙しく、帰宅は終電。誰かに直接言われたわけではないのですが、「1年休んだら足手まといと思われるかも」という不安を持っていたといいます。女性の先輩に「実際に子どもができたら怖い気持ちはなくなるよ」と言われても、「迷惑がかかる」という心配は晴れなかったといいます。
「夫が同居できるようになって、私も30歳を過ぎたし、最終的にはいいかな、という『ふっきれ』でしたね」
なるほど。「ふっきれ」という言葉が、静かに響きました。普通に仕事をしていても、「今なら絶対OK」というタイミングはなかなかやってきません。私もどこかで、ふっきらないといけないのかもしれない。
一方、もうすぐ2歳になる娘を持つBさん(30代・女性)は、「子どもはもともと得意ではないし、いらないと思っていた」と話します。
「『育児は女性がする』という考えがまだ根強い日本だと、出産は女性にリスクが高い。産みたい理由と産まない理由を並べても、現代では産むことにマイナス面が大きいと思います」
女性のリスク……私はそこまで思ったことがなかったけれど、産んだ後に困るであろうことはすぐに想像できます。キャリアの中断、保活の苦労、自分の時間は……? それに比べて、産みたい理由を考えるとなんだかふわふわしていて、実感が持てません。
Bさんはどうして子どもを持とうと思ったのでしょう。
「夫は『子どもがいたらいいな』という考えを持っていました。一緒に高め合える存在だと思って結婚した相手なので、子どもがいないことで後悔してほしくないって思いました」
「親に孫を見せたい」というフレーズをよく聞くように、「誰かのために」が価値観を変えるきっかけになったり、背中を押したりすることもあるのかもしれない……私は誰のために産みたいと思えるでしょうか。
長女が1歳になるまでは「なんとか生かさないと」と育児に余裕がなかったと振り返るBさん。「コミュニケーションがとれるようになって、『ママ』って呼ばれて、やっとかわいいと思えてきた」と話します。
マイナス面が大きいと思っていた子育ても、「娘が私の口癖をまねするとか、できることが増えているという成長に感動する」といい、「自分にとってプラスになっている」と話します。
「私の場合はあのとき、『産まない』と決めてしまわなくてよかったなと思ってます。でも、産まないという理由は今でも説明できるし、理にかなっていると思います」
「子どもがいなくても、幸せは変わらない」ときっぱり言い切るBさんの言葉に、少しほっとする私もいました。確かに、今、夫との生活は幸せです。出産や育児に両手を広げて向かっていけないことに、勝手に後ろめたさを感じてしまっていました。
「出産・育児に対するネガティブなイメージを持つ人は多い」と話すのは、株式会社「manma」(東京都豊島区)の新居日南恵(におり・ひなえ)代表(23)です。manmaでは、子どもがいる家庭に1日滞在し、日常を体験する「家族留学」の仲介をしています。
ネガティブなイメージを持つ一因として、SNSにあふれる出産育児の愚痴があると分析します。「SNSでは、結婚したくてもしていない人や、子どもを持ちたくても持てない人が読むかもしれません。すでに子どもを持っている人たちが、『浮かれていると思われそう』と、子どもに関する楽しげな投稿をためらう気持ちもわかります。これに対してネガティブな情報は気兼ねなく出せるのではないでしょうか」
新居さんの話に重なるのは、2歳と1歳の子を育てる専業主婦のCさん(20代)の姿でした。「家のことを話したら、愚痴しか出てこないくらいイライラしてる」と打ち明けてくれました。
「子どもができちゃったから結婚しようっていう、できちゃった婚です。当時は『お母さんになるんだ』っていう楽しみが大きくて、今思えばすごく甘かった。2人目も計画せずできてしまって……」
実家が遠方で親を頼れず、夫は帰りが遅くワンオペ育児状態。子どもを産む前は「ありえない」と思って見ていた虐待のニュースも、「ひとごととは思えなくなった」と話します。
「上の子がイヤイヤ期で、怒りすぎてどうにかなっちゃいそう」といい、他の母親たちと話せる場があることが「すごく助かる」と心情を吐露します。
逃げ場がない家庭でためたストレスを、他のところではき出すことで、バランスを保っているCさん。女性たちの心の叫びも愚痴には込められているのだと感じました。
それに加え、SNSではたびたび、妊婦や幼い子どもに関する議論が起こります。マタニティーマークの是非、電車内でのベビーカー、子どもの泣き声……。その矢面に立たされているのはいつも母親です。こういった情報を受け取った次の世代は、子どもを持つ前におじけづいてしまうのでは、と自身も子どもがいない新居さんは考えています。
「少子化で身近に子どもがいないので、子どものかわいさや、育児の具体的なイメージが持てません。それだけでも、苦手意識を持ったり、過大に負担を感じたりしてしまうのではないでしょうか」
「過大に負担を感じる」……。マイナス面ばかり目につく私は、今まさにその状態なのかもしれません。「いろいろな子育ての形がある」と提案するのが家族留学です。私も体験することにしました。
一緒に参加した立教大4年の榎本奈々さん(23)も、家族留学をするのは初めてでした。来年から希望していた企業で社会人になりますが、就活をへて、女性としての生き方への不安が現実的になり、申し込んだそうです。
「子どもが欲しいと思って調べても、待機児童や女性のキャリアとか、知れば知るほど不安になるんです。情報を集めても楽にはならないのかなって。『知らない方が良かった』って思うこともあります」
榎本さんの言葉にはとても共感できます。いのちに関わることだから「ちゃんと考えて産まなきゃ」と思うのですが、一体どれくらい考えれば「ちゃんと」考えたことになるのでしょうか。
受け入れるのは、人材サービス会社で働きながら、小学3年生の長男と3歳の長女を育てる北村なつかさん(35)。長女と一緒に駅に迎えに来てくれました。
最初は緊張を見せていた長女も、家に着く頃には少し打ち解けて、榎本さんに自分のおもちゃを次々と披露します。ひとつ出してはまた次のおもちゃへという具合に、すぐに他のことに興味がいってしまいます。子どもって、こういう生き物だったんだ……。改めて接する「子ども」は、新鮮です。
北村さん宅で昼食をとり、児童館へ。長女は、何かしてあげようとすると「嫌」「やめて」と、はっきり答える年頃。年の離れた弟を持つ榎本さんでも「こんなにも思い通りにいかないとは」と驚きです。
そんなとき、きょうだいのおもちゃの貸し借りをめぐって、長女の機嫌が悪くなってきました。「あっ、泣く」と私が思ったのが先でしょうか、まもなく北村さんめがけて駆け寄り抱きつきました。
北村さんにぎゅっとしがみつく姿は、「信頼」そのもの。それを見て思い出したのは、出産した友人が言っていた「自分が求められてるって実感するよ」という言葉です。私にもこんな存在がいたら、いとおしくてたまらないと思います。
榎本さんにとって、家族留学を終えて得たのは「『子どもと暮らす自分』のイメージ」でした。「やっぱり不安はなくならないけど、それでもやりとげているお母さんがいるのは事実。将来の姿が少しイメージできたからこそ、今は純粋に夢を見る時間も大切にしたいなって思いました」
取材を終えて家に帰ると、思っていた以上にぐったり疲れていて、そのまま眠ってしまいました。子どもと遊ぶのって、こんなに体力を使うのか……。踏ん切りがつかないという私に、「どこかで折り合いはつけないといけないかもね」という北村さんのアドバイスが染み入りました。やっぱり、いつまでも悩んではいられないのか……。
私の緊張を少し解きほぐしてくれたのは、東海地方に住むDさん(20代・女性)でした。Dさんは子どもを産む前、ネットやブログの情報を見て不安に思っていたといいます。飲食店や電車など、子どもを連れて出かけることで、冷たい視線を浴びるのではないか――。「実際産んでみるとね、世界は思ったより優しかったんです」
「店員さんが気にかけてくれたり、電車でおじいさんがあやしてくれたり、優しい人にたくさん出会いました。子どもを産まなかったら、そんな人たちがいるっていうことにも、気付かなかったかも。あなたたち、良い人だったのね、って」
結局、私はいろんな人の話を聞いても、自分の「スイッチ」は見つかっていません。むしろ、モヤモヤを抱えながら子育てする女性たちを見て、「スイッチはない」のだとわかってきました。いばらの道だと思っていた母親としての生き方も、そこまで絶望する必要はないのだということも感じ始めています。
私は今の生活でも十分すぎるほど幸せだけど、そこにプラスするとしたらなんだろうか。それが「子ども」であれば、また世界が違うように見えるかもしれません。「案ずるより産むがやすし」と言いますが、あんまりせかさず、もう少し悩ませてください。
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観とこれまでの価値観の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「妊娠・出産」をテーマに、6月29日から公開しています。
1/14枚