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無視できなかったインスタ投稿…がんとスティグマ、女性患者の未婚率
女性特有のがん経験者(乳がん、子宮頸がん・体がん、卵巣がん)は、同世代の女性と比べて、2~3倍未婚率が高い状況にある――。こんなショッキングな文章が書かれた画像を、インスタグラムで見つけました。投稿したのは、がんサバイバーであり、患者支援をしている方でした。「みよ、この婦人科系のがんを」「社会がやらなきゃならんことは、山ほどある」と書き込んでいます。他のがん患者に聞いてみると、「私も……」という声も聞こえてきます。インスタの投稿から、がんとスティグマ(偏見)について考えてみました。
この投稿をしたのは、NPO法人HOPEプロジェクト代表理事の桜井なおみさん。2015年、「がん患者白書2015」の一つとして、独自に調査・分析していました。
5月8日の世界卵巣がんデーに合わせて、再び啓発の意味を込めてインスタグラムにアップしていました。
生涯未婚率の目安となる50代を男女別で未婚率を比べてみると、男性はがんの経験があっても一般男性と変わらないのに、女性のがん経験者(全部位の平均)は健康な女性の2.5倍でした。これを健康な女性を1とした場合、0.40です。
また、女性特有のがん経験者と健康な女性を比べると、30代で2.5倍、40代で2.8倍と高い数字を示しています。これもまた健康な人を1とした場合、30代でも40代でも0.4となり、低い数字になっています。
同じような研究は、ノルウェーでもあります。2009年の論文で、がん登録をベースに、がんの形態による婚姻率を比較したものです。がんでない女性の婚姻率を1とした場合、乳がんの女性は0.69、卵巣がんの女性は0.48でした。
桜井さんは「ノルウェーでも男性のがん患者は、がんでない一般の人とそれほど変わらないのにね……」と説明します。
「男はモテている。不思議」
こう言う桜井さんですが、いくつか仮説があるようです。
一つは、男性の方が発症する年齢が高いことが影響しているのではないかという点です。
もう一つは、治療による影響やボディーイメージの変化などが背景にあるのではないかという点です。
この男女差について、桜井さんは「女性特有のがんに対する社会的不利益やスティグマがあると思う」と見ています。
スティグマは、負の烙印や偏見を意味します。社会によるがん患者へのスティグマには、2つあります。「自分の中のスティグマ」と「社会の中のスティグマ」です。
「自分の中のスティグマ」は、カミングアウトするまでの壁であり、周囲に理解して欲しいけど言葉にできず、「どうせがんなんだから」と考えてしまうことです。
「社会の中のスティグマ」は、まだまだ社会の中にある誤解です。がん=死や「がんなんだから仕事しない方がいい」といった固定観念です。
桜井さんは、この2つの壁について、理解不足と知識不足を挙げます。
「患者も伝え方を考える必要がありますし、がんでない人たちも治療の流れや患者の悩みを知るといった、心理、社会的な面でお互い壁を下げる努力が必要だと思います」
女性特有のがん患者で、2年前、「がんと就労」をテーマにした市井の人たちのロングインタビューに応じてくれた山北珠里さんを再び訪ね、スティグマについて聞いてみました。
「私の場合、3回ありましたね」
山北さんは、こう振り返ります。
男女雇用均等法の施行直後に就職し、医療系企業で順調にキャリアを重ねていた40歳の時、がん検診で「がんの疑い」と指摘されました。
「元々、ポジティブな性格でないし、乳がんと診断を受けた時に『私なんてこの世にいなくていいから、こうなったんだ』と思ってしまいました」
キャリアウーマンの走り。今ほど社会の理解がない時代だからこそ、「がんの疑い」と診断されたことを会社に隠しました。
「がんの疑い」と話した結果、山北さんのもとを去って行った人もいました。
「当時付き合っていた人に話したら、だんだん連絡がなくなり、音信不通になってしまいました」
山北さん自身も、乳がんの外科治療で、女性のシンボル的なものを無くすことに大きな抵抗感がありましたが、それでも治療をするなら外科治療を考えていました。
付き合っていた人に話をしたら、後日、切除しない民間療法のクリニックのホームページのアドレスがメールで送られてきたそうです。
「相手にとって、胸を切ったら女として見られないのかな、女として失格なのかな。相手も分かっていても切って欲しくないんでしょうね」
恋人と別れてからの山北さんは、仕事の忙しさでがんのことを忘れようとしました。しかし、3年経った頃には、腫瘍が8センチになっていました。
「回りを見ると、乳がん患者さんは40代が多いですね。結婚して、子どもを持った人が多い。そういう人は、夫や子どものために頑張ろうと前向きに闘病していました」
そして、 こう考えてしまったそうです。
「自分には、私を必要としてくれる人も、助けてくれる人もいませんでした。何のために治療するの?」
そんな山北さんには、救いの手もありました。
インターネットを検索していると、偶然、患者支援団体による乳がん患者の講座を見つけました。
自宅のパソコンを通じてビデオ20本を見るだけ。最後に受講者が1カ所に集まってロールプレイをする中で、同じような人がいることに気づきました。
そしてスタッフに声をかけられました。
「ボランティアで手伝ってくれませんか」
山北さんにとって、この一言が「私を必要としてくれる人がいた」と感じさせてくれたそうです。壁を乗り越えた感があり、約2カ月後、手術も受け、乳房の同時再建もしました。
しかし、2年半後、経過観察のため病院を受診すると、肺と骨への転移が見つかりました。
「医学的知識がある私でも、衝撃をうけました」
山北さんの場合、最初の診断から薬物療法を開始するまでに3年、それから手術までの間にさらに4年の歳月がありました。そんなこともあり、山北さんは「自業自得と言われるんだろうな」と考えるようになってしまいました。
「やっぱり私ってバカなのかな」
これが第2のスティグマです。
第3のスティグマは、ある企業に転職しようとした際、上司の女性から言われた言葉です。
「ステージはいくつなの?」「全摘したの?」
ストレートにこう尋ねられた山北さん は、こう答えました。
「仕事をするうえでは差し支えないですから」
そう返すと、上司の女性はこう言ったそうです。
「差し支えあったら、困るんですよね」
山北さんは、この会社に就職したものの、今は別の会社に転職し、周囲の支えにも恵まれ、仕事と治療を両立しています。
「国が旗を振って制度を整備しても、理解する人がいないと意味がありません。私が行き着いたのは、人をあまり当てにしてはいけないということです。元気な時に好きなことをして、病気になった時だけ、他人を当てにしてはいけない。セーフティーネットは自分でつくるのかな」
インスタにがん患者の女性の未婚率を投稿した桜井さんもこう言います。
「何でがんと結婚のことを話題にするかというと、50歳でおひとり様は、その先の人生、大変だからです」
朝日新聞にも、50代の女性からスティグマに関する患者の叫びが投稿として届いています。
「がんと仕事」「がんと子育て」「がんと学業」「がんとスティグマ」など、みなさんが抱えている悩みや課題、提案を募集します。治療と社会生活の両立支援について一緒に考えましょう。
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