ブログで性感染症(STD)にかかった経験を告白している女性がいる。ライターのマドカ・ジャスミン(マドジャス)さん(22)。STDの患者は増える一方で、タブー視されて、正面から語られることは少ない。そんな中告白したマドジャスさんに思いやその背景について聞いた。(朝日新聞社会部記者・滝口信之)
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私が顔を出して発信することが説得力があるのかなと思いました。年上の人が言うと教師じみて聞こえます。なら、私が言うしかないと思いました。若い人にSTDについてもっと知ってほしいという気持ちも大きかったです。
マドジャスさんは今年1月、ブログで「あの夜、私は感染した。その日、私は決意した」と題し、自身がクラミジアに感染したことを告白した。2月には「カップルでSTD(性感染症)・HIV検査を受けてみた件について」と自身が受けた検査についてもつづっている。
性感染症経験を告白したマドジャスさん 出典:マドカ・ジャスミン オフィシャルブログ
ブログは、「そういえば、あいつクラミジアにかかったらしいよ!」と飲み会の場で大学生が話すところから始まる。
大学生ならよくあることだなと思いました。ちゃんと検査しろよと。「自分たちなら大丈夫」と考えている人が多いと思います。
マドジャスさん自身は昨年9月、かかりつけの産婦人科の医師に「あなたは今、特定のパートナーがいないでしょ?」「ここ数カ月で複数の男性と関係を持ったなら特に受けた方がいいわよ」と言われ、検査を受けた。
数日後、ふたたび病院を訪れ、検査結果を聞くと、「クラミジアの陽性反応が出ました」と告げられた。
ブログで性感染症経験を告白したマドジャスさん=東京都新宿区
医師からは「特定のパートナーでなくても、この数カ月で関係を持った人はいたでしょ。その人たち全員と縁を切るか、世界平和のためにも、カミングアウトして全員に検査を受けさせなさい」と言われたという。
「あなたは検査を受けて治療できるけど、感染した相手がまた別の人と行為をすることでどんどん広がっていく」「女性は自覚症状がほとんどなくて、悪化すると不妊の原因にもなりかねない」とも。
初期症状は軽くても、女性が不妊症になる可能性があると言われて、驚きました。私が原因で見知らぬ女性を不幸にさせたくないと思いました。
マドジャスさんは思い当たる6人の男性へLINEなどで「クラミジアに感染していることが判明しました」「検査へ行ってほしい」と告げた。
マドジャスさんがクラミジアの感染が判明後に男性に送ったLINE=マドジャスさん提供
男性からは「言いづらいことをわざわざありがとう」「(検査に)行ったけどなんもなかったよ」と連絡が来たという。
いずれも、感染がわかった後のマドジャスさんと男性とのやりとり=マドジャスさん提供
実際に友人の女の子から「検査に行ったら陽性だった」と言われました。みんなどこかで「検査に行かなきゃ」と思っています。不安を感じているけど、きっかけがありません。私は通っている産婦人科の先生が親身だったので、受けることができましたが、そもそも産婦人科に通っている人が少ない。
告白の翌月、今度はSTDとHIVの郵送でできる検査を現在の彼氏、秋ノ宮公太郎さん(22)と受けた内容をブログに書いた。受診を提案したのは、秋ノ宮さんだ。
マドジャスさん(右)と彼氏の秋ノ宮公太郎さん=東京都新宿区
秋ノ宮さんは、「検査を受けたことがなかったこともあるが、一番は梅毒やHIVの感染者が国内でも増えていて、他人事ではないと思ったから」と理由を話す。
検査は、血液検査、うがい液検査、膣分泌液検査(女性)・尿検査(男性)の3種類。血液検査では、指先に針を刺し血液を採るが、秋ノ宮さんはギターをひいているため、指先が硬く、針が刺さらなかった。そんなアクシデントもあったが、検査は30分ほどで終わった。
検査結果は、後日、スマートフォンに送られてきた。マドジャスさんと秋ノ宮さんの結果はいずれも陰性だった。
血液検査では、指先に針を刺し、採血をする。秋ノ宮さんはギターをひいているため、指先が硬く、なかなか針が刺さらなかった=マドジャスさん提供
検査に対する意識をもっと身近にしたかったんです。厚生労働省もHIVやSTDの検査をもっとフランクにしてほしいと要請しています。変に隠しているところがあるからみんな敬遠してしまいます。問題を見つけないことが一番の問題です。
検査は怖くありません。その一歩さえ踏み出せばいい方向に進むんですよ。そのきっかけや価値観を変えてほしかったんです。
性病をめぐる体験談は珍しく、反響は大きかったものの、必ずしも好意的な意見ばかりではなかった。
「クラミジアくらい薬飲めば治るよ」「不特定多数の人と避妊具つけていなかったのかよ」という意見もありました。でも、コンドームをつけても感染しないとは言い切れません。
性行為は否定したくありません。こういうリスクもありますよ、と知ってほしい。遊んでいるから感染する、遊んでいないから感染しないという話ではないんです。パートナーがいるなら、お互いのことだから軽視せずにきちんと検査してほしいです。
検査を受けるマドジャスさん(右)と秋ノ宮さん=マドジャスさん提供
マドジャスさんは、これまでも性に関してブログやツイッターを通して多く発信してきた。性について、世の中で語られる視点はいつも男性目線。そんな男性視点でしか語られない性について「おもしろおかしく」書かないことを決めていたという。
若い女の子が性について発信していると注目されます。けど、消費期限が短い。どうしても色眼鏡で見られちゃう。それが嫌でした。今までにも男性向けAVのレビューを書いてくださいというお誘いはありました。でも、それは違うなと思いました。私は女性視点での性について発信するようにしていました。
性に対して同年代より知識を持っているので、同年代の女の子からもよく相談が来ていました。そんな中で、自分が発信することで、社会的意義を持たせたいなと思っていました。
会社経営者や社会で活躍している同い年を見てきたマドジャスさん。自分が性について発信することに社会的意義を持たすことはできないか、考えてきた。
(自分が感染したことについて)ある意味天命だと思いました。ここで書かなければライター人生どうなるんだろうと思った。発信者として、この経験を発信すれば人生が変わるのではないかと思いました。
検査したうがい液を専用の容器に移すマドジャスさん(右)と秋ノ宮さん=マドジャスさん提供
マドジャスさんは父子家庭で育ったこともあり、性については身近に相談できる人がいなかった。自分で症例を調べたり、先輩に相談したりして、その都度乗り越えてきた。
高校生の時、生理が遅れていることがあって、自分で症例を調べて、先輩に相談しました。そしたら、「大丈夫大丈夫、ホルモンバランスが崩れているだけだから」と言われました。知ろうとしないと、わからないなと思いました。
マドジャスさんへ寄せられる相談の多くも高校生からだ。
高校生は行動にかかるお金の出どころはすべて親です。大学生以上だと自分でお金を工面できるけど、高校生は親からもらわないといけない。特に医療費は検査を受けたいとも言い出せません。周りに言ったら、色眼鏡で見られるだけで、ただただ嫌らしい奴と思われます。誰に相談して良いのか分からない人が多いです。
学校の授業でコンドームの使い方やピルのメリットを教えると、「なんてことを教えるんだ」と言われる、と聞いたことがあります。STDについても、保健体育の教科書や資料集に載っているけど、(小中学生の時の)授業では「見ておいて」で終わっていました。
でも、STDがきっかけで不妊症になってしまう人もいます。不妊治療はコストも時間もかかります。そういうことを本来は一つ一つ教えていかないといけないと思います。
小学生や中学生を対象に、STDの経験者を招いた講演会を開くという。その思いに至る経緯には、小学生時代に見たTBS系ドラマ「金八先生」の存在がある。
私が小学5年生の時、未成年の覚醒剤使用が問題になりました。私が知ったのは、「金八先生」でした。金八先生は覚醒剤やLGBTについて教えてくれました。
(第7シリーズで)八乙女光さんが演じる中学生が覚醒剤におぼれたシーンがあって、その描写がすごい怖かったんです。「(覚醒剤で)人生が終わるんだ」と思ったのを強烈に覚えています。自分と同じ年齢の人がこんなことになると思いました。
性教育でも経験してきた人の生の声を伝えれば真剣になるのではないかと思います。そうすれば、男女双方のリスペクトにつながります。お互いに違うのだから、ちゃんと話し合わないと理解できないのだと思ってくれると。
今は、情報がすぐにネットで得られるようになったけど、強烈な怖さや衝撃を受けるような情報を得られなくなったのかなと思います。
マドジャスさん(右)と秋ノ宮さん=マドジャスさん提供
マドジャスさん自身も、自分の経験を伝えるため、学校での講演会ができないかと考えている。
小学生や中学生の時は保健室でカウンセリングを受けたり、不登校になったりすることがありました。そういうイレギュラーな進路を選んだ。今思うと型にはまった人生を追い求めていました。こういうロールモデルもあるよ、と示すことができればと思います。