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歌舞伎町に惚れた作家、ホストと語り合った「ナンバーワン小説」
新宿・歌舞伎町を舞台にした小説、映画は毎年のように生まれています。歌舞伎町を舞台にした小説を書いてきた阿川大樹さんは「朝の丸の内の通勤風景にはない、色んな人がいるところが魅力」と語ります。元ナンバーワンホストで無類の本好きの手塚マキさんは、小説の魅力を「問題は解決しないけど前向きにさせるところ」と話します。高校時代から歌舞伎町に慣れ親しんだ作家と、歌舞伎町で本屋を経営するホストクラブ経営者の異色対談。小説の魅力について語り合いました。(聞き手・奥山晶二郎)
――歌舞伎町を舞台にした作品で好きなものは?
阿川さん「馳星周さんの『不夜城』が大好きですね。もともと中学生の時、小説家になろうと思ったんですが。その後、エンジニアをやって、小説家になるため会社をやめちゃったんですね。そのときに『不夜城』が大ヒットして。小説でこういうことが書けるんだということを知って。その時、小説家という道を選んでよかったなと思いましたね。僕にとっても大きなものだった」
――『不夜城』のどこが魅力だったのですか?
阿川さん「なんでもありなところが、やっぱりいいですね」
――ホストの間でも『不夜城』は人気ですか?
手塚さん「金城武が、とにかくかっこよかったです。20年くらい前は、新宿とか歌舞伎町とかは、当時の若者にとって怖くてダサい街というイメージもあったので。それを、新宿で働いてもかっこよくいれるんだなって。すごく教えてもらえて、うれしかったですね」
――ホストから見た歌舞伎町と文化の関係は?
手塚さん「イメージの話で言うと、1960年代70年代のゴールデン街を中心に、文化人がいっぱいいるというイメージが歌舞伎町にありました、でも、1990年代とかは、逆になかったイメージなんですよね。宮沢章夫さんが『カルチャーは移動する』と言っていたんですが、ぼくが新宿にきた90年代は、原宿とか神宮前とかに動いていたんです」
――昔は文壇バーというのがありました
手塚さん「僕が見た中での話ですけど、カルチャーってぐるっと回るじゃないですか。その中で、今、敷居の低い文壇バーのようなものが生まれている。そして、日本人って逆輸入って好きですよね。ここ5年くらい、歌舞伎町を欧米の人たちが面白いって評価してくれているんです。ファッションにおいても、映画においても。そうなると『逆輸入的に歌舞伎町っておしゃれなんじゃない?』って、カルチャーが戻ってきている感じがします」
――外国人観光客の影響は?
手塚さん「実際に歌舞伎町はちっちゃい店が多いので、ゴールデン街以外で外国人という不確定なものに頼って商売が成り立つとこは、やはりチェーン店なんですよ。基本的に、歌舞伎町に根を張って商売をしている人にとっては、あまり影響がないですね」
阿川さん「街自体はすごく大きいので、ゴールデン街にいくら外国人が来ても、大きな影響はないのでは。あと、この街で面白いのは、もてなす人が他の場所ではお客になっているということ。ゴールデン街なんかでは、閉店時間が違うと、自分の店が閉まってから他の店に行く。朝までやってるお店だと、そこで飲んでいる人みんなが、どこかのオーナーみたいな感じ」
手塚さん「昔、薬屋さんと酒屋さんというのがみんな支え合ったのと同じ感じ。阿川さん、めちゃくちゃ詳しいですね。小説を書きたいから、客観的にみて事実に寄せている」
――小説家ならではの街の見方がある?
阿川さん「例えば、電車に乗っていても、その女性がどういう仕事、年齢、家族構成なのか妄想する。空き缶が落ちていたら、さっきまで飲んでいた人はどういう人で、なぜここに放置したかを考える。きっと、小説家になってからそうしているわけではなくて、高校生の時から街をそうやって見ています」
――普通の人の目では見られない?
阿川さん「逆にいうと、女性がもてなしてくれるようなお店に行っても楽しくない。その人の人生などを考えてしまう。そんな質問されても嫌でしょ、向こうも」
手塚さん「それは遊び方として、正しくないですね。歌舞伎町はその人の背後にあるバックグラウンドに何があるとか関係なく、とにかく乾杯しようよというのがベース。だけど、この人に背後にはこういうことがあってて考えちゃうと、なんかエモいですね」
阿川さん「そういう風に考えると逆に遊べなくなるけど、なんかすてきなんですよ。その辺で横になっちゃっている人も『なんでこの人、こうなっちゃったんだろうな』とか『家に帰るとどうなんだろう』とか。みんないとおしいんですよ。時々、人がいっぱいいる歌舞伎町を見るとかえってほっとする、みんな頑張って生きているんだなあ。自分の人生を一生懸命生きているな、この街に」
手塚さん「こういうメンタリティーの方はいいですね。どれだけ気付けるかだと思う。ただ、そういうことに気づいても、小説では問題を解決していない。『終電の神様』でも、最後に何も問題は解決していないけれど、心が軽くなったシーンがあります。あれがまさに歌舞伎町なんです」
――水商売は、お客の悩みを、あえて解決しない?
手塚さん「ホストやキャバ嬢が、お客様の抱えている問題を解決するという必要は全くない。だけどなんとなく前向きになれたなって思わせる。それが『終電の神様』だと、ふらっと入るボクシングジムであったり、仲間から届くメールであったりする。すごく歌舞伎町っぽいと思う」
――歌舞伎町のイメージは小説家にとってどんなものですか?
阿川さん「小説って、映像と比べてすごく情報が少ない。文字からたくさんイメージしてもらわなければいけない。だから、まずステレオタイプな街のイメージを読者の頭の中に作ってもらう。お店のネオンが縦に並んでるとか、ラブホテルがあるとか、ホストクラブのでっかい看板とか。それを利用して、その部分は説明しないで人を動かしていけばいい」
――歌舞伎町は描きやすい街?
「そういう意味で、歌舞伎町のような街が持っているステレオタイプって重要なんです。小説家は、その人が見ているものを掘り起こすということを、いつもしようとしていると思います」
――小説を書く中であらためて発見した歌舞伎町の姿は?
阿川さん「小説家の着眼点として、メインの主人公は、あえて取材をしないでオーバー気味で作るんだけど、周辺の人たちとか街の景色というのは、その場に行かなければいけない風景を描くんです。ネットに書いてないこと。朝4時にサブナードの階段降りる入り口にどんなゴミが落ちているか。『終電の神様』ではそんな描写を描きました」
――小説家にとって歌舞伎町の魅力とは?
阿川さん「色んな人がいることですね。朝、東京駅の丸の内に行くと、ものすごい人数が大手町とかへ歩いていく。そこの人たちの中では、競争があり、仲間がいたりするが、100人いたら100人適合してうまくやっていけるというわけではないから、そこからはみ出た人の行き場が必要。その答えが、歌舞伎町だったり信州の山の中だったりするのかもしれない」
――セーフティーネットとしての街?
阿川さん「違うものがあってもいい、今のままが正しいというわけではない。だから、歌舞伎町の物語というのは、歌舞伎町の人よりは丸の内の人が見た方がいいのかもしれない」
――小説家の立場だと、読者がどういう風になってほしいかという気持ちはありますか?
阿川さん「世の中には説教がされたい人と、嫌いな人と両方がいます。説教されたい人は意外と多くて『あなたはこう生きなさい』と言われたい人もいます。逆にそうではない人もいる。小説の方は、どっちかって言うと、そう言うのが嫌いだって言う人が読むためのもの」
――はっきり言われたくない人たちに向けて小説を書かれているのですか?
阿川さん「大雑把に言えばそういうこと。小説はオルタナティブというか、こうでなきゃいけないというのに対して、イヤこうでもいいんだよという、違う角度から見てもらうという所が役割であり魅力だと思います」
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阿川大樹(あがわ・たいじゅ)東京大学在学中に野田秀樹らと劇団「夢の遊眠社」を設立。会社員勤めの後、作家に。2005年『覇権の標的』で第二回ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞を受賞しデビュー。主な著書に『D列車でいこう』『インバウンド』『黄金町パフィー通り』など。『終電の神様』(実業之日本社刊)は、文庫本で27万部のベストセラーに。
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手塚マキ(てづか・まき)歌舞伎町の有名ホストクラブでナンバーワンになり独立。スタッフ教育の一環で街のゴミ拾いをするなど地域活動にも力を注ぐ。著書に『自分をあきらめるにはまだ早い 人生で大切なことはすべて歌舞伎町で学んだ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。2017年10月、歌舞伎町に「愛」をテーマにした本屋「歌舞伎町ブックセンター」を開店。
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