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なぜ!和歌山で埴輪作りが熱い 「死後も古墳に残る」ディープな世界
埴輪(はにわ)と聞くと何を思い浮かべますか? 歴史の授業で習った、古墳時代につくられた……と答えたあなた、埴輪は過去だけのものではありません。和歌山では、今も一般市民の手によって新たな埴輪が続々と生まれています。実物に忠実なレプリカ埴輪を作って古墳に展示までしてもらう職人気質なマニアもいれば、ご先祖様もびっくりの独創的な埴輪をつくる芸術家肌の愛好家もいます。
「5世紀の人が作れたのに、私はうまく作れない」「お手本と寸分違わぬ形にしたいのに難しい。私はアーティストじゃなくて職人になりたいのに」
和歌山市にある史跡公園「和歌山県立紀伊風土記の丘」の施設の一室で、一心不乱に土をこねる人たち。一見陶芸のように見えますが、つぼや茶わんを作っているのではありません。埴輪です。実際に古墳から出土した埴輪をもとに、レプリカを作っています。
作業をしている人たちは、古墳時代の土器のイラストシャツを着たり、古墳のイヤリングを身につけたり。職業は、主婦、デザイナー、会社員と様々。「埴輪を作りたい一心」で、県外から来る参加者もいます。
兵庫県の浦本恵実さん(46)と大阪府の細川範子さん(55)も、何度も参加しているリピーター。細川さんは「ずっと先の未来で、自分の埴輪の破片が出土したらと妄想してます」。浦本さんは「21世紀にも埴輪が作られていたのかって、未来の人に思ってもらえたら楽しい。私のライフワークです」。
作るのは、傘立てのような見た目の円筒埴輪や、ギザギザした形の石見型埴輪。粘土と水と砂が材料です。粘土をひも状に伸ばし、輪っかを作って積んでいく古来の埴輪と同じ製法で作ります。円筒型は約5時間、石見型は2日かかります。リピーターの中には、作業にかかった時間を参加するたびに記憶し、回数を重ねるたびに「次はもっと短時間で完成を」と時短を図る人もいます。
完成しても自宅に持って帰るのではなく、紀伊風土記の丘の古墳に永久展示されます。
学芸員によると、これは古墳時代の景観を再現する復元事業の一環。年に数回開かれます。市民参加型にすることで、業者に全て発注するより費用を抑えられるそうです。
埴輪には自分の名前を彫ることもでき、まさに「マイ埴輪」。これがマニア心をくすぐるらしく、「私の名前が入った埴輪が私が死んだ後も古墳に残るのがいい」(細川さん)。
愛好家によると、こうした親しみやすい古墳は貴重といいます。浦本さんは、以前大阪に住み、世界文化遺産の登録を目指す百舌鳥・古市古墳群が近くにありましたが、「管理が厳しく一般人は近づきにくい。和歌山の古墳みたいに一般人の埴輪を並べてくれるのは珍しい」。
実際に古墳を訪ねてみました。風土記の丘の山道を歩くこと約40分。開けた原っぱに埴輪の円陣が現れます。
ここは県内最大規模の前方後円墳、大日山35号墳(全長105メートル)。紀の川流域を拠点とした豪族紀氏のものと推定され、国の特別史跡を含む岩橋千塚古墳群の一つです。並んでいる大小100点の埴輪は、市民ら延べ100人が2008~14年度に作りました。
市民が現在作っている埴輪は、これとは別の古墳に展示されます。同古墳群の古墳は全体で約850基。5~7世紀につくられた群集墳で、古墳の密集度では全国屈指の規模です。レプリカの埴輪づくりには、こうした歴史に関心を持ってもらう狙いがあります。
写実的な埴輪作りにいそしむ愛好家だけでなく、独創性あふれる芸術的な埴輪を作り、「埴輪王」の称号を目指す人たちもいます。
2013年から風土記の丘で毎年開かれている「HANI―1選手権」。一般市民がオリジナルの埴輪を作り、出来栄えを競います。材料や製法を守れば、形は自由。作品は館内のロビーに展示され、来場者が投票。部門は、小学生以下、中高生、一般、大量の粘土を使うヘビー級があり、各部門で最多票を獲得した作品に「埴輪王」の称号が与えられます。
これまでに作られた埴輪は約1千点。過去の作品を振り返ると、真田幸村をモデルにした「ハニワ武士」、とぼけた表情が愛らしい「馬に乗りおくれたはにわ」、頭にリボンをつけた「セクシーはにわ」など、名前も見た目もオンリーワンな面々です。
昨夏の選手権に「我こそは埴輪王だ」と参戦したのは、157点の埴輪たち。「シェーッ」のポーズを決めたり、ふんどし姿で立ったり、ビジュアル系バンドマンのように髪を逆立てたり。古代人も驚くセンスです。
8月にあった表彰式では、施設職員たちが古代人をイメージした白い衣装を来て登場。埴輪のコントでは、仮装のカツラがずれ落ちそうになるほど熱のこもった演技を見せ、集まった作品を讃えました。
小学生の部で埴輪王に選ばれたのは、和歌山市の佐野雷人君(11)。作品名は、自らの「雷」の字を使った「雷神」。名前のとおり力強い形相で「自分のようにかっこよくできた」。一般の部の埴輪王は、橋本市から来た吉本有希さん(24)の「ハニワ音楽隊」。おそろいの帽子をかぶった四つのハニワが仲良く集まっています。「音楽が好きなので、見た人が楽しくなる埴輪にしたくて」。皆さん、埴輪に自分の理想を投影しているようです。
風土記の丘の資料館に展示されている本物の埴輪も、ユーモラスな風貌。多くが重要文化財ですが、ゆるキャラのような親しみやすさが魅力です。例えば、大日山35号墳から出土した「翼を広げた鳥形埴輪」。翼を広げた鳥の形は全国唯一の貴重な埴輪ですが、つぶらな瞳と口元が愛らしく、笑っているような表情。現在は東京国立博物館の「和歌山の埴輪 岩橋千塚と紀伊の古墳文化」展(3月4日まで)でも見ることができます。
家の形の埴輪はお菓子の家のように愛らしく、学芸員は「愛敬があってとぼけた感じがいいですよね」。
埴輪の役割について、和田晴吾・兵庫県立考古博物館長(考古学)は「死後の世界を表現するもの」と話します。「家の形をした家型埴輪は死者となった首長が住む家を表し、人や動物の形をした埴輪は、首長に仕えるために作られた」といいます。あの世の家や番人……。ちょっと怖い気もしますが、あの世がこんな埴輪に囲まれた毎日なら楽しいかもしれません。
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