コラム
靴修理屋さんって何してるの? 密着してみたらマッキーに泣かされた
靴修理のお店「ミスターミニット」を使ったことがありますか? 駅構内や百貨店に入っている、青い看板のお店です。店長に1日密着してみたら、なぜかマッキーに泣かされる展開に……。

こんにちは、野口です。


「どうして靴修理のお店に?」と思われるかもしれません。ミスターミニットは百貨店内や駅ナカを中心に、全国に約320店舗ある業界大手。この記事を読んでいる人の中にはミスターミニットに助けられた、という人もいるのではないでしょうか?
かく言う私もそのひとりです。忘れもしないおととしの誕生日、デート中に溝にハマり、ヒールの底のゴムがすっぱ抜けるという事件がありました。
恐らくヒールを履く女性には共感してもらえると思うのですが、底のゴムがなくなるだけで、バランスが悪くなって歩きにくくて疲れるし、カツカツという音が気になって会話にも集中できない……そう、底のゴムがなくなったヒールは、翼の折れたエンジェルと同じ。

百貨店に入っていたそのお店では、ほんの5~10分できれいにかかとを直してくれました。おかげでパートナーも私のご機嫌をなだめすかす必要もなく、無事にデートを楽しむことができました。ありがとうミスターミニット。
めちゃくちゃにノリがいい会社
どうせやるならハチャメチャに密着したかったので、家とかついて行けちゃったりしませんかねーという感じだったのですが。


「どうせならスニーカー撮ってもらえません?」

「今日、お店大丈夫かな……」
そうこうしているうちに、出社する時間に。今日の永嶋さんのシフトは遅番で11時からの勤務です。シフトによっては朝、お子さんと公園で遊んだり、保育園に送り出したりできます。ご家族に見送られながら渋谷にある店舗に向かいます。

でも永嶋さんが気になるのはダイヤの乱れより、「今日、お店大丈夫かな……」。
ミスターミニットでは、靴だけではなく、カバンやスマホの画面修理、時計の電池交換や、合鍵作製などさまざまなサービスを取り扱っています。でも、永嶋さんが勤める東急百貨店東横店のお客さんは、靴の修理、特にヒールのかかと直しが中心です。
「さすがに今日はヒール履く人もいなさそうですもんね」と不安げな表情をしていた永嶋さんですが、通勤する電車の中でヒールを履いた女性を発見して安堵したのか、ふと一言、「逆にヒールの方が雪に刺さって転ばないかも」。ちょっと待ってください、そんな漫画みたいなことあります?
ちなみに数時間後、ヒールで来店したお客さんが「ヒールの方がささって大丈夫かな、逆に」と言っていて、永嶋さんのフラグは見事回収されました。本当に危ないんで、みなさん、足元には十分に気をつけてくださいね。
31歳で店長に、でも社内では「コース外」
「入社した当時は、20代の店長って結構いたので、ずっと自分は『コースから外れたな』って思ってたんです」
そうなんだ……聞くところによると、今部長職をしている人は入社2年で店長を務めていたそうです。出世早すぎませんか。

ここで働いているのは、全部で6人。常に4人の従業員が接客、修理しています。この人数が働くのは大きな店舗だからこそ、通常は1~2人体制だそうです。
店内に入ると、制服に着替えた永嶋さんがいました。まず感じるのはあまり嗅ぎ慣れない不思議な匂い…。靴底などに使うゴムを貼るための接着剤の匂いです。既に出勤している従業員の方が作業をしていました。

修理を待っている間は、お店のスリッパに履き替え、カウンター前のイスで待ちます。
「明日からも寒いって聞いたので、パンツに合うこの靴を直したかった」と話す女性。調べると近くにこの店があることを知って、「ラッキーって感じ」と嬉しそう。わかるわかる、その気持ち。
話を聞いているものの5分ほどで修理が完了し、「もうできたの?早いね!」と颯爽と渋谷の喧噪に戻っていきました。
実録「ヒールのかかとが直るまで」

すると永嶋さん、「野口さん、溝とかハマってます?」。
ハマるハマる!めっちゃハマります!ちょっとした土にもさっくり埋まります! この傷はあのときのやつか!
永嶋さんによると、つま先の前底もすり減っていて、指の付け根の方にも負荷がかかりそうとのこと。せっかくなので、前底の補強もお願いしました。

ちなみに、かかとのゴムの部品って、画鋲みたいに突起がついてるって知ってましたか?


瞬間接着剤みたいにカチコチにくっつけるものではないので、歩くときの衝撃に耐えられるそう。どうりで自分で直そうと思うと長持ちしないワケだ。
あとはかかとのゴムをヒールの形に合わせて削ります。



数年前まで「考える権利なかった」
休憩の時間です。店舗では従業員が交代で、お昼1時間、夕方30分の休憩をとります。ここは密着取材、お昼ごはんにも同行しました。

そんな気持ちになったのは、ある転機がありました。2014年、当時29歳の若さで迫俊亮さんが社長に就任したことから始まりました。
「それまではうちの会社ってファンドの持ち物で、外部から社長がやってきて、数年育てたら売られるっていう流れがそれまで続いていて。
短期的な売上を伸ばす施策が下りてくるばかりで、自分たちが考える権利がなかったんですよね」
迫社長の方針は現場第一。エリアマネージャーにも大きな裁量権を与えるなど、現場の要望を聞き、大切にしてくれたといいます。
「自分たちが思うようにやっていいんだって感じることができたんですよね」

ちなみにその30分後、後輩から「よくできてるな~って思うブランドってあります?」と聞かれた永嶋さんは食い気味に「フェラガモ!」と答えていました。イタリアだよ!フリかよ!
えっ、せっかくのお客さんを…
すると、底がはがれかかっている靴を履いたお客さんがやってきました。雪道を歩いてきたため、靴底の素材に水がしみていました。
「この素材だと、濡れていると接着してもはがれちゃう可能性が高いです。今日はやめておいた方がいいと思います」
「そっか~、じゃあまた来ますね」というお客さんに、「その際はぜひどうぞ」と笑顔の永嶋さん。
え? せっかくのお客さんを帰しちゃうの? 今日売上悪いんだよ?
お客さんが帰った後に、永嶋さんをつかまえて話を聞くと、「『それでもやってくれ』っていう場合はやりますが、お客さんのためにならないかもしれないんで…」。

なんという奥ゆかしさ。確かに、ここで働いている人はみんな「職人」。自分たちの技術をお客さんのために使うことに誇りを持っています。そのため、お客さんが困る可能性があると感じるケースは、じっくり説明します。
職人らしさが際立ったのは、「仕事が楽しいと感じるときは」という質問の答え。今まで修理したことのないような製品や状態の靴を持ち込まれたとき、「どうやって直そうか!」と考えるのが楽しいそうです。
「この仕事を始めて13年ですけど、未だにそういう場面があります。その度に勉強して、刺激が続く、靴修理って本当に面白いです」
会社帰りに立ち寄ったという会社員の女性(51)の靴は、10年以上履いてきたものです。気に入っているので、「新しい靴を見つけるよりは」とこれまでも2回ほど修理しながら履いているそうです。
広告会社で働いているというこの女性は、ミスターミニットのコスパの良さを語ります。
「直すって言っても、広告業界だとデザインをちょっと直すだけで、デザイナーのお金がかかる。靴修理は特別な技術がいるものなのに、千円ちょっとって、かなり安いんじゃないかな」
マッキーの曲「そういうことです、僕の仕事って」
「野口さん、マッキーってわかります? 槇原敬之」
ああ、知ってます。「♪もう恋なんてしないなんて~」ですよね。
「じゃあこれちょっとその辺で聴いてきてください」と、スマホ子守のごとく渡された永嶋さんの端末。戸惑う私に「とにかく、聴いてみてください」。

大人の事情で歌詞を掲載できないのですが、要約するとこんな感じ。
聞き終えて永嶋さんのところに戻ると、「そういうことです、僕の仕事って」。

でも『ありがとう』っていう言葉や、喜んでくれる姿に、たくさん触れられる職場なんです。
こういう『誰かの役に立ってる』ってことが、やりがいなんです」
マジで泣ける。なにこれ。
「いや、マジで店のテーマソングにしたいと思ってます」と永嶋さん。
閉店直前の店内でこんな気持ちにさせられるとは……。なんか今日、この曲を聴くためにここに来たような気がしてきました。
お客さんは「今日がしのげればいいや」でも…

「このお店も靴修理だけじゃなくって、今は靴みがきやスマホの画面修理もやってます。できることが増えるっていうことは、それだけお客様が喜んでくれることが増えるんです」
店長~~~~~!!!
どうやら永嶋さんの「泣かせスイッチ」が入ってしまったようです。でも、1日店舗に密着していて、「すぐ直せる」ってわかったときのお客さんの安堵の表情は、見ていて私も嬉しくなるほどでした。こういう笑顔や、感謝の気持ちを通して社会とつながれるって、とっても素敵なことだと思います。

お店を訪れる人にとって、「今日がしのげればいいや」、それくらいの気持ちもあるかもしれません。でも、お店の人たちは、ずっと履き続けられるように、願いを込めて仕事をしています。私も正直、「靴修理の人って何やってるの?」くらいの気持ちだったのですが、そこには街ゆく人たちのささやかな幸せを想う、職人のまなざしがありました。
改めて誕生日に修理してもらったあの靴を履くと、ちょっとくたびれ始めたけど、足になじむ--もっと自分の靴、大事にしなきゃって思いました。
長時間にわたる取材にもかかわらず、ずっと気さくに接してくださった東急百貨店東横店のみなさま、そしてミニット・アジア・パシフィックさま、ありがとうございました。