感動
涙声でかかってきた電話「判決は?」 法廷で見せた「本気」の土下座
71歳の被告は、下半身不随の妻の首に延長コードを巻き、締め付け殺害したとして起訴されました。論告求刑公判の最終陳述で被告は突然、土下座をし、後悔の言葉を泣き叫びました。「この方、判決はどうなったんですか」。記事を読んだ人からかかってきた電話に「執行猶予5年になりました」と言うと、涙声で「ああ、よかった。本当によかった」との言葉が漏れました。地方に住む「普通の」夫婦を襲った悲劇は、介護者の心のケアの問題を突きつけました。(朝日新聞佐賀総局記者・黒田健朗)
犯行が起きたのは2016年9月でした。
妻は、1993年の自転車事故で脊椎(せきつい)を損傷し、胸から下が不自由でした。
長く介護をしていた夫でしたが、妻が施設のスタッフをなじるなど、トラブルが起きはじめます。叱責(しっせき)は被告に及ぶこともありました。施設を転々とした末に帰郷しましたが、ショートステイ先でもトラブルが起き、責任者から「歩み寄りがないと受け入れは難しい」と言われ、追い詰められました。
「ここで断られたら、次に行くところがない」。リフォームや病院の手配、介護職員との面談、自身の不測の負傷――。家の片付けもままならず、周囲に「死に場所を探さんばいかん」などと漏らすようになっていました。
犯行直前の2016年9月7日。日記には、こう記されていました。「夕方帰るが…殺?」。
犯行後の9月8日未明、被告は自ら親戚に電話し、犯行を打ち明けます。そして親戚宛ての手紙と、犯行の様子を録音したICレコーダーを残し、家のかもいで首をつったり、近くの川に飛び込んだりして自殺を図りました。親戚の通報を受けた警察官が同日朝、被告を見つけ、逮捕しました。
裁判員裁判では「犯行時の様子をICレコーダーで録音していた」「妻の首を絞め、『すまんのう、すまん』とおえつを漏らした」「妻からの叱責(しっせき)がつらかった」――。検察官や被告から次々と新事実が明かされました。
最終陳述の前には、夫が突然、泣き叫んで土下座。「妻の将来を一方的に絶ってしまった。そばにいてくれるだけでもよかったのに」。この時涙を流していた女性裁判員は、執行猶予つきの判決が言い渡された後、会見で言いました。
「いちばん印象的だった。パフォーマンスではなく、心からのものだと感じた」
介護生活の中で無理心中をはかる事件は、たびたび、報道されています。
裁判員の一人は判決後の会見で「介護殺人は後を絶たない。介護施設と病院と行政が連携して、介護者の心のケアをしてほしい」と語りました。
記事が配信された翌日、佐賀総局に読者から電話がかかってきました。高齢とみられる男性。「この方、判決はどうなったんですか」と問われました。「執行猶予5年になりました」と言うと「ああ、よかった。本当によかった。ありがとう」。その声は涙声だったのが、今も心に残っています。
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