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ミャンマーに現れた「過激派仏教徒」 反イスラムの背景に何が?
イスラム教徒への反感が根強く残るミャンマーで最近、その動きを強めようとする人たちがいると言われています。何のために、どのように、「反イスラム」は広がっているのでしょうか。(朝日新聞ヤンゴン支局長兼アジア総局員・染田屋竜太)
今年7月、イスラム教徒が住まなくなって20年以上が過ぎるミャンマー中部のチャウパダウン地区で、建設中の映像編集スタジオが、「モスク(イスラム教礼拝所)だ」といううわさが元になって地区政府に破壊されるという事件が起こりました。
チャウパダウンで仏教徒の村人から尊敬を集める僧侶のユザナ師に尋ねました。「イスラム教徒を理解することはできないのか」
ユザナ師は言葉をかみしめるように話しました。「今すぐに解決するのは難しい。『イスラム教徒は怖い』という人々の気持ちを、少しずつ鎮める必要はあるかもしれない」
「それより、そんな人々の恐怖感をあおる人たちの方が問題だ」。ユザナ師は言います。「7月のモスクの事件で、一つ気になっていることがある。人々をあおって、取り壊しの声を盛り上げていた人間がいたんだ」
数千人の人たちが建物を取り囲み、「壊せ!」「つぶせ!」と叫んでいたその時、先頭で気勢を上げていた数人の男らについて、ユザナ師は「見覚えのない顔だった」と言います。毎日多くの村人と顔を合わせているユザナ師。「彼らは外から来た人間だと確信している」と言います。
他の村人に聴いてみると、やはり「知らない」「一番前にいた数人は酒に酔っていたが、名前はわからない」などと口々に言います。ある男性の村人は「私たちをあおるためにやってきたやつらではないだろうか」と勘ぐります。
村人によると、ここ数年、村の外からやってきた人たちが「この国はイスラム教徒に乗っ取られるぞ」などと村人に言って回る出来事が何度かあったそうです。「過激な仏教思想を持った人たちだ。我々とは違う」とユザナ師は説明します。
実は、ミャンマーでは過激派の仏教徒の問題が最近、大きくなっています。彼らはどんな思想を持っているのか、ヤンゴンで寺院の代表を務めるパーマウカ師(54)に話を聴きにいきました。
パーマウカ師は以前、「マバタ」という過激派仏教徒団体に所属していました。
「イスラム教徒が入ってきた場所は『イスラム化』される。インドネシアを見てみなさい。以前は仏教国だったはずだ。今はイスラム教国と呼ばれている。そういう国が世界でどんどん増えている」と話します。
この団体、マバタは週刊紙を発行したりネットに頻繁に投稿したりして、イスラム教を攻撃してきました。
中心になったのは、ウィラトゥ師という人物です。「野生のゾウとは一緒に住めない」などとイスラム教徒を非難し続けました。2003年、軍事政権下で暴動を扇動したとして逮捕されています。しかし、民政移管を進めたテインセイン大統領の下で2013年、恩赦により釈放されました。
活動は広がりを見せ、仏教徒の女性が異教徒の男性と結婚するのを規制する法律、改宗を許可制にする法律など、イスラム教徒を狙い撃ちにしたとみられる法律が次々と成立しました。
2016年、アウンサンスーチー氏らが政権を奪取し、過激派仏教徒に対する対策も打たれ始めました。マバタは仏教の高僧らでつくる団体に「正式な団体ではない」と宣告され、解散。しかし、直後に名前を変え、「市民」を幹部に置いて同じような団体がつくられました。
週刊紙の発行はいまだに続け、「湖で1本のヒヤシンスが瞬く間に他の植物を駆逐して水面を覆う。ベンガリ(ロヒンギャのこと)はこれと同じようなものだ」などと主張しています。
逆に、ロヒンギャを擁護したり、イスラム教徒に理解を示したりした人は徹底的に批判します。先頃ミャンマーを訪れたローマ法王でさえ、今年8月にミャンマー国内でのロヒンギャ迫害を指摘すると、「ロヒンギャ側につき、ミャンマー人に被害を与える人物だ」と糾弾されました。
彼らの主張の背後にあるのは、民主化で進められている「言論の自由」です。過激派の週刊紙の記者で僧侶の男性は、「我々は事実に基づいた主張をしている。政府がこれを取り締まれば、言論弾圧だ」と言葉を強めます。
ミャンマーでメディアを取り仕切る情報省は、「法律にのっとって、必要な措置をとる。個別のメディアについては答えられない」と紋切り型の答え。ただ、匿名を条件に同省の幹部は「言論の自由を逆手にとられ、なかなか身動きがとれない」と打ち明けてくれました。
さらに過激な思想を広めているのが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)です。数年前には考えられないくらい携帯電話が普及し、ミャンマー国内では9割の人が携帯を持っているとされます。
過激な仏教僧たちも、ツイッターやユーチューブを盛んに使い、自分たちの考えを広めようとしています。
チャウパダウンの事件も、フェイスブックの動画であっという間に5千人以上に拡散されました。動画を投稿した31歳の男性は、「今、ミャンマーで何が起きているのか伝えるのに、フェイスブックは最適。ライブで配信した」と言います。
イスラム教徒への反感を弱める方法はないのでしょうか。ヤンゴンで学校を経営する、アル・ハジ・エールイン氏に意見を聴きました。アウンサンスーチー氏も信頼するイスラム教団体のまとめ役です。
「今すぐに解決するのは難しい。軍事政権時代、国民の不満をそらすため、イスラム教徒を敵視するように軍政が仕向けた。長い時間かかって仏教徒の中によどみ続けた感情だ」と言います。
「だが、私はアウンサンスーチー氏が本気でこの問題を解決しようとしていると信じている。彼女ができなければ、永遠に解決しないだろう」
スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)は最近、2度にわたり、宗教を越えた人々の集会を開きました。数万~10万人がヤンゴンの広場に集まり、ろうそくをともして平和を誓いました。
過激派仏教団体は「パフォーマンスだ」と批判。でも、エールイン氏は言います。
「こういう地道な方法しか、残された道はない」