MENU CLOSE

エンタメ

恋ダンス削除は「やってみた文化」の終焉か?「恋チュン」との違い…

YouTubeにアップされている星野源さんの「恋」のプロモーションビデオ。この曲に合わせて踊る「恋ダンス」がブームになった
YouTubeにアップされている星野源さんの「恋」のプロモーションビデオ。この曲に合わせて踊る「恋ダンス」がブームになった

目次

 星野源さんのヒット曲「恋」に合わせて踊る「恋ダンス」を巡る削除騒動。曲を広めたいけど、売れない……。動画サービスの古典とも言える「やってみた系」。以前はCDセールスなどに結びついたのに、今や足を引っ張る存在になってしまった理由とは? 音楽評論家の榎本幹朗さんは、今回の現象からジレンマに苦しむ音楽業界の今が垣間見えると言います。

【PR】盲ろう者向け学習機器を開発。畑違いの挑戦に取り組んだ技術者の願い

「踊ってみた」は動画サイトの古典

――ヒット曲に合わせてダンスする「踊ってみた」動画は、YouTubeを始めとする動画投稿サイトの定番コンテンツに成長しています。今回の「恋ダンス」ブームもその一連の流れの中で起きました。

 「踊ってみた」文化というのはYouTube自体がブレークしたきっかけだと言われています。2005年にYouTubeが誕生した当初は、創業者たちが動物園に行って「ゾウの鼻が長い」みたいなことを言っている何の変哲もないビデオがアップされるばかりで、当初は鳴かず飛ばずでした。

 そんな状況を打破した動画の一つが、世界中の至る所でダンスするビデオを投稿したマット・ハーディングという人の「マット君のダンス世界一周」シリーズでした。

YouTubeブレークのきっかけの一つになったとされるマット・ハーディングの「踊ってみた」

 世界各地を旅し、時に一人で、時に現地の人と、様々な場所で踊ったこの元祖「踊ってみた」動画は世界中のテレビ番組で取り上げられ、YouTubeの名は初めて社会的に知られるようになりました。



――そうだったんですね。知りませんでした。

 「踊ってみた」以外に、「歌ってみた」も人気を博したのは10年前。当時12歳だったジャスティン・ビーバーが部屋で音楽をかけながら歌う姿を、母親がYouTubeに投稿。その評判がきっかけでデビューし、世界的な歌手となりました。

 「歌ってみた」も「踊ってみた」も、動画投稿サイトの古典。こうした文化は今後も広がりを見せるはずです。

「宣伝→消費」の公式が崩壊

――そんな中で、「恋ダンス」の動画投稿が9月以降削除される事態に。発売元のビクターエンタテインメント社は期間限定で一時は容認していましたが、期限を迎えた8月末に「著作権法に基づく動画削除の手続き」をホームページ上で改めて宣言。投稿者が次々と削除する事態になりました。 

 今回、楽曲の権利を持つビクター側は、「恋」の音源を使った動画投稿を認める代わりに、投稿者に対して、(1)音源の使用時間を、フル尺での投稿ではなく90秒程度に制限するよう求めた(2)その上で、投稿期間(今年8月末まで)も設定しました。

 これが音楽ファンには否定的に伝わった。「音楽会社は、『踊ってみた』を嫌がっているのではないか。著作権違反で取り締まりたいのではないか」と誤解が生じた。「恋ダンス」の音楽ビデオは、明らかに「踊ってみた」を誘発することを狙ったつくりだったので、その誘いに応じて恋ダンスを投稿した音楽ファンを中心にぶしつけな印象を与えました。

 一方で、全く制限をかけずに「踊ってみた」で曲がすべて聴けてしまうと、レコード会社としてはプロモーションにならなくなってしまう現実もあるのです。

ビクターが8月末にホームページ上で恋ダンスの「著作権法に基づく動画削除の手続き」を宣言
ビクターが8月末にホームページ上で恋ダンスの「著作権法に基づく動画削除の手続き」を宣言 出典: 同社ホームページより

――制限をかけなければ、動画投稿サイトはプロモーションの場として機能しないのですか?

 動画投稿サイトという場が、音楽のプロモーションに必ずなる、という時代ではもうありません。

 宣伝というのは、宣伝した後にお金を使ってもらうからこそ「宣伝」ですよね? でも、今は8割の人、学生なら9割の人がYouTubeなどの動画投稿サイトで何度も繰り返し聴いて、それで終わりなんです。動画投稿サイト自体が消費の場になっています。



――少し前は違ったのですか?

 人々がパソコンからYouTubeなどの動画投稿サイトで音楽を聴いていた時代は、そこで好きな音楽動画を見つけたら、iTunesで買ったり、ライブに行ったり、CDを買ったり……と、こうした「宣伝→消費」の公式がある程度成立していました。

 けれども、スマホでYouTubeなどが手軽に利用できるようになって、みんながスマホを持ったら、その公式が崩れた。そこで消費して終わりになってしまったのです。ここ1、2年の「スマートフォンの若い世代への完全な普及」という、状況の大きな変化は本当に大きい。

スマートフォンの爆発的な普及が「踊ってみた」文化に影響を与えた?
スマートフォンの爆発的な普及が「踊ってみた」文化に影響を与えた? 出典: ロイター

ラジオでも過去に似たケースが・・・

――こうした変化が今回の「恋ダンス」の「期限を設定した90秒限定」投稿につながったのかもしれない、と。

 何が困るかというと、一般人が音源をフルに使って「恋ダンス」動画を作り、動画投稿サイトにアップしたら、他の人はスマホでいつでもどこでも手軽にYouTubeなどを立ち上げて曲を丸々楽しめばいい、ということになる。これはレコード会社としては一番困る。宣伝の場のつもりが、消費の場になってしまうわけですから。

 「ライブで稼げばいい」という声もありますが、チケットやグッズの売上は基本的に音楽事務所のもので、レコード会社の売上にはならないのです。CDや音楽配信で稼げないなら、制作費とプロモーション費を出したレコード会社の大損になります。

 けれど、例えば、2次創作が90秒に制限されていたら、どうでしょう?曲をフル尺で楽しめない。楽しむには、CDを買ったり、音源をダウンロードしたりしないといけませんよね。90秒で十分2次創作が栄えるなら、動画サイトの投稿がCMのような形できっちり機能するわけです。



――ラジオが普及したときも、似たよう騒ぎが起こったそうですが。

 米国で1930年代、ラジオで音楽をすべて流すようになったら、音楽が無料になったとみんなが喜んで、レコード売上が激減してしまった。

 それで、1950年代にレコード会社は、ラジオ向けに短めの曲をシングルカットして、ラジオで流してもらうようにしました。するとレコード売上は好調になった。音楽の「無料プロモーション」はこのとき定着しました。20年の試行錯誤があったわけです。

 YouTubeが登場して12年が経ちます。今回ビクターの真意はわかりませんが、こうした長期的な調整の側面もあるとみています。

ラジオで音楽が流れた時も同じような議論が起きていた!?
ラジオで音楽が流れた時も同じような議論が起きていた!?

――仮に消費の場になったとしても、広告費として利益を上げられないのでしょうか? YouTubeの場合、第三者の音楽や動画投稿で著作権上問題があれば、レコード会社など作品の権利者に自動通知し「投稿をブロックする」か「動画に広告を表示させて収益化する」か、選べるシステムがあるといいます。

 動画投稿サイトの広告単価は、新聞やテレビといった他のメディアと比較しても圧倒的に低いと言われています。動画1本が100万回再生されても音楽側に支払われる収益はよくて15万円ほど。プロモーションならいいですが、消費の対価としては低いですよね。



――音楽業界が、動画投稿サイトにおける「踊ってみた」文化とどう距離を取るか苦心しているように見えます。

 例えば、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」って、一昔前なら彼女たちのファンにしか伝わらなかったはずです。それが「踊ってみた」文化の普及で、動画が相次いで投稿された。その結果、「これは良い曲だな」と広まり、じわじわと売れ、再生回数が蓄積され、アクセスランキングに入り、さらに再生数が伸びて……とファン以外にも拡散し、多くの人に聴き継がれました。

動画投稿サイトに「恋するフォーチュンクッキー」の「踊ってみた」動画は大量に投稿されている
動画投稿サイトに「恋するフォーチュンクッキー」の「踊ってみた」動画は大量に投稿されている

――「踊ってみた」文化は、これまでとは違う仕方で、「定番」ソングを生み出す装置になっているわけですね。

 この部分に関して、レコード会社もまったく異論はありません。素晴らしいことだと思うし、実際、積極的に仕掛けるケースも多々あります。

 一方で動画サイト自体が消費の場に変化したことで、安易に「フル尺で」「無期限で」音源を使用されるのが困る状況もある。とはいえ、今回の「恋ダンス」の事例のように、レコード会社が引用の仕方や使用期限を伝えるのは印象が悪く、今後のプロモーションには悪影響が出かねません。



――音楽ファンも気持ちよく『歌ってみた』『踊ってみた』を楽める。音楽もちゃんと売れる。そのためには、どんな仕組みが必要でしょうか。

 すぐできるのは、初めから二次創作用の短い音源を用意しておくことです。ビクター1社の問題ではなく、音楽業界が一体となって取り組む必要があるとみています。

関連記事

PICKUP PR

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます