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ドイツに実在する「問答無用」の環境ゾーン アルファロメオは出禁!
排ガス規制に厳しいイメージのドイツ。実際、行ってみると「きれいな空気」へのこだわりは想像を超えるものがありました。いたるところに「監視小屋」があり、数値が悪いと不動産価格が下落。排ガス基準を満たさない車は「出禁」に。日本と同じ車の輸出国ですが、その厳しさは日本人の理解を超えています。はたして地元の市民はどう思っているのか? そして、空気は本当に「おいしい」のか? 現地で取材しました。
ドイツ南部ミュンヘン。日本人にも人気のこの観光都市は、世界的な高級車メーカーBMWが本社を置く企業城下町でもあります。7月末、記者がミュンヘン近郊から中心部へ向かう道路沿いを歩いていると、こんな看板に出くわしました。
「Umwelt ZONE(環境ゾーン)」
ここより先は、一定の排ガス基準を満たした車じゃないと入れませんよ、というサインです。環境にうるさい欧州ならではの標識ですね。
環境ゾーンに入っていく車にはすべて、窓ガラスに緑色のステッカーが貼られていました。緑ステッカーは、排ガスに含まれる有害物質をきれいにする機能が、一定水準を上回っていることの証明です。このステッカーなしに環境ゾーンに入ると、80ユーロ(約1万円)の罰金が科されます。
こうした排ガス規制は、空気をきれいにする目的で、ドイツ中の都市で実施されています。ミュンヘンでは2008年に始まったそうです。
ミュンヘンでは、この環境ゾーンが、街の中心部をぐるっと囲むように走る環状道路の内側に設定されています。試しに環状道路の外側を歩いてみると、すぐに真っ赤なアルファロメオのスポーツカーが駐車されているのを発見。窓ガラスには黄色のステッカーが貼ってあります。
黄色は、排ガス性能が緑ステッカー車よりも劣ります、という印です。ミュンヘンでは環境ゾーンに立ち入れません。この車の持ち主は、中心部に用があるときは、歩くか公共交通機関を使わないといけないわけです。
趣味性の高い車や年代物の車は、有害物質を多く出す傾向にあるので、そうした車に乗り続けたいなら、ある程度の不便はがまんしてね、ということでしょう。スポーツカーに乗るにもそれなりの覚悟がいるわけで、大変です。
スポーツカーだけではありません。この排ガス規制の大きな狙いは、欧州で伝統的に人気があるディーゼル車の中心街への乗り入れ制限です。
ディーゼル車の排ガスには、窒素酸化物や粒子状物質といった大気を汚染したり、人体に悪い影響を与えたりする有害物質が含まれます。
吸い過ぎれば命に関わるともいわれます。古い型のディーゼル車は排ガス浄化能力が高くないこともあって、緑ステッカーを得られないこともあるようです。
そこまで厳しいミュンヘンの街の空気は、どんだけおいしいのか?
試しに大きく深呼吸をしてみます。
排ガス規制に躍起のミュンヘンの空気は……。
うーん、可もなく不可もなく。でも、いつも吸っている東京の大通り沿いの空気よりはマシかなぁ。
そういえば、以前住んでいた金沢の空気は澄んでいたような気がする。
金沢>ミュンヘン>東京?
空気を味わったところで、道路沿いを見ると石造りの小屋のような建物が目に入ってきました。施錠されたドアが一つあるだけの愛想のないつくり。建物の上には、棒状の謎の物体がいくつもたっています。
いったい何?
「大気環境測定ステーション」。そうドアに書かれたこの建物は、このあたりの大気に含まれる窒素酸化物などの有害物質の排出量を測るために、地元バイエルン州が設置したものです。
ステーションは州内の至る所にあり、住民は各ステーションの測定値をネット上で確認できます。記者が訪れたステーションは「測定値がよくない」と報道されたこともあるとか。
地元住民は「数値の悪い通り沿いは、不動産の価値が落ちがちなんです」。もはや日本人の理解を超えた現象です。
ミュンヘンだけではありません。メルセデス・ベンツを展開するダイムラーが本社を置くシュツットガルトでは、来年から、欧州連合(EU)のいま最も厳しい排ガス基準(ユーロ6)に適合した車しか中心部に入れない日をつくると決めました。
自治体による排ガス規制の強まりの背景には、EUの環境基準がどんどん厳しくなっていることに加え、訴訟の存在があります。
欧州では日本とは比較にならないほど環境保護団体による自治体の監視が強く、手抜きをしていると映ればすぐに訴えられてしまいます。
シュツットガルトもその対象で、7月にはディーゼル車の排ガス対策が不十分だとして、地元自治体が敗訴し、大きなニュースになりました。
裁判に勝った環境団体「DUH」の幹部で、交通・大気汚染問題を担当するドロテー・ザ-ルさんに話を聞くと、「自動車メーカーのおひざ元の自治体は、排ガス対策がなっていません」といきなりばっさり。
「シュツットガルトは盆地の街で、ただでさえ空気がよどみやすいのに、大気をきれいにするための自治体としての努力が足りていません」と明快です。
「判決は、地域住民の健康と環境保全の大切さを考慮してくれた」とザールさん。市民のなかにも、こうした考え方を支持する声は少なくありません。
ミュンヘンで乳母車に孫を乗せて散歩していたシルビア・シェベルツァーさん(53)は「街の中は自動車が多すぎる。規制で車が減ればいいし、そのうえ空気もよくなるなら言うことない」。
中心部でフォルクスワーゲン「ポロ」に乗っていた男子学生(19)も「ディーゼル車規制に賛成。エンジン車はいずれなくなる。次のマイカーは水素で走る燃料電池車かな」と話しました。
事実上のディーゼル車の走行制限が都市部で進むのは、ドイツの自動車業界の「身から出たさび」でもあります。
2015年、ドイツメーカー最大手フォルクスワーゲンによるディーゼル車の排ガス不正が判明し、世界的な問題になりました。当局の調査強化もあり、ドイツの他メーカーにも次々と不正疑惑が浮上、収束のめどは立ちません。
英国やフランスは、ディーゼル車を含めたエンジン車の販売を2040年までに禁止すると発表しました。メーカーの「オウンゴール」と相まって、ディーゼル車包囲網は狭まるばかり。
英紙フィナンシャル・タイムズは今月、「ディーゼル車はもはや廃れる運命にあり、残る疑問は消滅するまでどれほどの期間を要するかだ」と切り捨てました。
ただ、難しい問題も残っています。
ディーゼル車49.9%、ガソリン車45.8%、電気自動車(EV)1.1%……。
2016年にEU15カ国で売れた新車のタイプ別の割合です。ディーゼル車がいかに大きなシェアを占めているかが分かります。徐々にEVなどの次世代環境車に置き換わっていくとみられますが、大胆な規制をかければ、ガソリン車がその受け皿にならざるを得ないでしょう。
問題は、地球温暖化につながる二酸化炭素の排出が、ガソリン車はディーゼル車よりも多いことです。温暖化対策は、欧州の環境政策の一丁目一番地。当面はディーゼル車なしでは厳しい二酸化炭素の削減目標を達成するのは難しいとの見方が出ています。
調査会社IHSのアナリストのフロリアン・アイヒンガーさんは、「英国政府は2040年までにエンジン車禁止というが、英国はそれまでに何回選挙があるか。政治が言うことは選挙のたびに変わる」と言い、政治が打ち出す長期目標の実効性に疑問を投げかけます。
メルケル首相の続投がかかる総選挙を9月に控えるドイツ政府も、自国の自動車メーカーに、矢継ぎ早にディーゼル車の排ガス対策を要求しました。ただ、国としての包括的なディーゼル車規制にはなお慎重です。
ドイツは欧州最大の自動車生産大国です。各メーカーはディーゼル技術に多額の投資をしており、80万人の雇用を生み出しています。ドイツでも販売の半分弱を占めるディーゼル車規制に安易に踏み込めば、産業の競争力や雇用に大きな影響が出る可能性があります。
ミュンヘンを抱えるバイエルン州知事も、「我々が求めているのは、人々の健康と雇用の維持だ」と述べ、大気の浄化一辺倒になるわけにはいかないとの立場を示しています。
こうしてみてくると、再生可能エネルギーに力を入れるなど環境立国をめざす一方で、工業力でのし上がってきたドイツにとって、ディーゼル車をどう扱うかはなかなか簡単ではないことがわかります。
翻って日本はどうでしょうか。環境への意識はドイツや欧州とは異なりますし、ディーゼル車の販売比率も決して高くはありません。
それでも、環境と産業の折り合いをつけようと模索するドイツの取り組みには、学ぶところは大いにありそうです。同じ自動車が基幹産業の国として、過渡期にさしかかっているのはまちがいないのですから。
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