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2017年07月19日

徳永英明が病から得た気づき ハンマーカンマー替え歌には「感謝」

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病を経て「歌詞もメロディーも変わった」と語る徳永英明さん

病を経て「歌詞もメロディーも変わった」と語る徳永英明さん

 昨年、もやもや病の手術を受けたシンガーソングライターの徳永英明さんが、4年ぶりのオリジナルアルバム「BATON」を19日に発売しました。病を経て得た気づき、カバー曲を「封印」した理由、テレビ番組の企画で話題になった「壊れかけのRadio ハンマーカンマーver.」などについて語ってくれました。

「自分のため」から「人のため」に

 ――昨年の2月に、持病のもやもや病(脳の動脈が詰まったり細くなったりすることで、血流が悪化する病気)の手術をされたそうですね。

 右手が重く感じたので病院でMRIを撮って。「いまのうちにやった方がいい」ということで手術しました。(こめかみを指さして)ここにあった太い血管を移植したんです。6、7時間ぐらいですかね。できるだけいい状態で手術を受けるため、事前の期間も含めて40日ほど入院しました。

 2001年に初めてもやもや病とわかった時は、「3年後には(閉塞した動脈に代わる)血管が伸びているだろう」という判断で手術しませんでした。今回は右手が重くなっちゃったのでやりましょう、と。

 ――症状は収まりましたか。

 ええ。入院してすぐ、薬のお陰で。手術後は薬も飲んでいません。

「人のために歌おうという気持ちが大きくなってきた」と話す徳永英明さん

「人のために歌おうという気持ちが大きくなってきた」と話す徳永英明さん

 ――手術にあたって心配だったことは。
 
 体力ですね。手術をすると体力が落ちますから。結局、体力が戻りきらないうちにツアーに出て、一部が延期になってしまいました。急性咽頭炎で声が出なくなったんです。咽頭炎自体は1週間ほどで治って、最終的には全44本やり通すことができたのでよかったですが。

 ――病を経て、心境の変化はありましたか。
 
 最初にもやもや病をやってから、歌詞もメロディーも変わりました。それまでは「自分のため」という思いが強かったんですけど、「人のために歌おう」という気持ちが大きくなってきました。やっぱり大病をしたら、そういう学び、気づきがないとダメですよね。

アルバム「BATON」の通常盤

アルバム「BATON」の通常盤

出典: ユニバーサルミュージック

 ――アルバム「BATON」にもそうした思いが反映されている?

 特に「バトン」という曲はそうですね。「闘わなくていい」「変わらなくてもいい」という歌詞ですから。達観というわけでもないですが、詞が大人になったなという感じがします。

 ――ネガティブな面も含めて肯定するような。
 
 ネガティブを肯定してますよね。人生を重ねれば色んなものにぶつかりますし、病気もありましたし。

 この曲のテーマは、自分自身が次の自分にバトンをつないでいくこと。「背中が僕の希望」という歌詞はそういう意味です。時にはつなげないこともある。でも最後には「また逢いましょう」という。

 ――「バトン」は手術前につくった曲ということですが、その後のことを予見しているような内容ですね。

 2014年か15年ぐらいの曲ですね。詞っていうのは未来へ向けて書くんですよ。3カ月後、1年後の自分に。書いている時は何も気づかないんだけど、後になって「ああ、そういうことだったのか」って。まあ占いと一緒で「言い当てている」と言い出したら、全部そうなっちゃいますけど。

「壊れかけのRadio」をカバーと勘違いされて…

 ――「バトン」「陽炎」の編曲は、「壊れかけのRadio」や「夢を信じて」などのアレンジも手がけた瀬尾一三さんです。実に16年ぶりにタッグを組まれたということですが。

 瀬尾さんはデモテープをよく理解して、アレンジしてくれるんです。昔は「俺のアレンジのまんまじゃん」なんて思ったこともあったんですけど、それはこちらが浅かったから。瀬尾さんのアレンジは骨組みがしっかりしていて、いいところを引き伸ばしてくれる。ライブで歌った時に、そのことに気づきました。

 ――再タッグまでこれだけ間が空いたのは?

 浮気でしょうね(笑)。ほかの人も試してみたいっていう。単純にそれだけ。仲はすごくいいですよ。

カバー曲を「封印」した理由は…

カバー曲を「封印」した理由は…

出典: ユニバーサルミュージック

 ――カバー曲を多く歌ってきましたが、2015年のアルバム「VOCALIST 6」を最後に「封印」を宣言されました。

 歌う曲がなくなった、というのが正直なところです。いまはみんなが知ってるヒット曲がないじゃないですか。70年代、80年代には誰でも歌える名曲があったんですけど。

 ――オリジナルの方に注力したいという思いもあったのでしょうか。
 
 もともとシンガーソングライターですし、ファンもオリジナルに期待してくれているので。

 とはいえ、若い頃ほど「シンガーソングライター」という肩書へのこだわりはなくなりました。「歌手」で十分。最近では「壊れかけのRadio」を「カバー曲ですか」って言われるぐらいですから(笑)。カバーで俺のことを知ってくれたら、それでいいんです。

まずは60歳まで、全力で走りたい

 ――そういえば最近、TBS系「水曜日のダウンタウン」で「壊れかけのRadio」の歌詞を全部「ハンマーカンマー」に変えて、ものまね芸人さんが歌うという企画を放送していて、ツイッターでも盛り上がっていました。

 ちょっと見てみたいなあ。ユーチューブに出てないですかね。

 ――よかったです。怒っていたらどうしようかと。
 
 全然、全然(笑)。ダウンタウンは地元(兵庫)の後輩なんです。ハンマーカンマーでも何でも、皆さんが「壊れかけのRadio」を知ってくれたことに感謝ですよ。

 ――最後に、今後の抱負をお願いします。

 いま56歳なので、まずは4年後の60歳に向けて頑張っていこうと。10年先、66歳って考えると途方もないでしょ。4、5年後に終わるのかもしれないし、まだ続くのかもしれないし。60歳になった時に、またスタンスを決めればいい。いまはとりあえず、そこまで全力で走りたいですね。

「まずは60歳に向けて頑張りたい」

「まずは60歳に向けて頑張りたい」

出典: ユニバーサルミュージック

 〈とくなが・ひであき〉 1961年、福岡生まれ。中学・高校時代を兵庫で過ごす。86年にシングル「レイニー ブルー」、アルバム「Girl」でデビュー。デビュー30周年を迎えた昨年、「輝きながら…」「壊れかけのRadio」などのヒット曲を収めたベスト盤「ALL TIME BEST Presence」を発売した。カバーアルバム「VOCALIST」シリーズの売り上げは累計600万枚を超える。

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