東京都美術館で開催されている「バベルの塔」展のマスコット「タラ夫」が注目を集めています。自身も魚にもかかわらず口に魚をくわえ、ふっくらとした体からのびた足にはすね毛が・・・。思わず「なんのメッセージ性やねん」とツッコみたくなるその姿ですが、タラ夫に会えるイベントには多くの女性客が集まります。「タラ夫」が生まれた背景とは--、企画展の「裏方」に焦点をあてると、見えてきたのは展覧会における日本独特のシステムでした。
一体何者(魚)なんだ・・・
さまざまな芸術家に作品のモチーフとして描かれてきた「バベルの塔」ですが、中でもピーテル・ブリューゲル1世の作品は、バベルの塔に住む人々の生活の息づかいが伝わるような緻密な表現が評価されています。
そんなブリューゲルの「バベルの塔」が、24年ぶりに来日します。ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展では、ブリューゲルが影響を受けた芸術家たちの作品とともに、「バベルの塔」を描くまでの軌跡をたどります。


感情が読み取れない、うつろな瞳。丸みを帯びた魚の腹からのびた足には、剛毛そうなすね毛が生え、中高生を思わせる白い靴下をはいています。そして何故か魚なのに、魚をくわえている--、その姿は「ゆるい」というか、「不可解」。
一体このマスコットは何者(魚)なのでしょうか。
「じゃあこっちの魚もタラで」
タラ夫が生まれた経緯とはいったい・・・「バベルの塔」展を主催する朝日新聞社・文化事業部の担当者に聞きました。同じ会社の社員と言えど、企画展の「裏方」の1人です。
野口
担当者
野口
時間がない人のために、イラストでまとめたのがこちらです。

担当者
タラ夫の由来はTwitterでもgif動画で紹介され、3,000回以上リツイートされています。
【タラでも分かる解説gif】タラ夫はこうして生まれました。 pic.twitter.com/7r2N7etoPp
— タラ夫@「バベルの塔」展公式 (@2017babel) 2016年10月17日
野口
担当者
担当者
野口
すね毛、必要あった?
野口
担当者
野口
担当者

野口
担当者
野口
タラ夫はイラストだけではなく、パペットの「タラ夫2.0」も誕生し、着ぐるみの「タラ夫3.0」まで進化しています。

「タラ夫に衝撃を受けた」
「バベルの塔」展では毎月10日、20日、30日を「塔の日」として、タラ夫3.0と一緒に写真撮影ができる「タラ夫グリーティング」を開催しています。取材したのは5月30日、平日にもかかわらず、グリーティングの会場には写真撮影のために30人近くの列が・・・。8割以上が女性です。

タラ夫のTwitterをフォローして、投稿される写真などを見ているそうです。「シュールだけど、愛着があって、他のキャラクターにはないかわいさ」と話します。
タラ夫3.0、登場
そんなところにタラ夫が登場しました。膝を曲げたまま、のっそりのっそり歩きます。思ったより、すね毛、太めです。

偶然通りかかった来場者も集まってきて、スマホを取り出して写真を撮り始めました。タラ夫も応えるように(足だけで)ポーズを取ります。

会社員の菅本愛さん(32)も、企画展の情報を検索していたらタラ夫に出会ったそう。初めて「バベルの塔」展を訪れるにあたって、タラ夫に会える日を選んだと言います。
Twitterの投稿を見て「動いている姿を見たい」と思い、実はこの日、会社を休んできたそうです。「もともとゆるキャラが好きだけど、絵画のモチーフをマスコットにするところが面白い」と話します。
こんなに攻めてて、いいの?
美術館の企画展って、堅くて敷居が高いイメージですが、こんなに攻めていていいの?
「バベルの塔」展をはじめ、さまざまな展覧会の広報、PRを行っている共同ピーアール株式会社の三井珠子さん(45)と津原奈々さん(23)に伺いました。

もともとこういった企画展をテレビ局や新聞社が主催するのは、日本くらいなんです。
海外の場合、通常は開催する美術館や博物館が主催しています。でも企画展を開くには他の美術館から展示品を調達したり、広告を出したり、お金と人が必要ですが、日本の美術館や博物館は単体ではそれだけのリソースがありません。
そこでテレビ局や新聞社が主催となり、各方面とのパイプ役となっています。

海外の美術館は企画展よりも所蔵品の展示(常設展)が中心です。一方で企画展を中心にしている日本の美術館は、作品を借りてくることが多くなります。レンタルにかかるお金もそうですが、作品にかける保険や、輸送費にもかなりの金額がかかりますね。島国ならではの特徴です。
主催した企画展に人が来ないとテレビ局や新聞社は赤字になってしまいます。そうならないために、宣伝にもあの手この手でさまざまな工夫がされるようになりますね。
また10年くらい前までは、テレビや新聞・雑誌で宣伝すれば、だいたいの人々にはリーチできていました。インターネットやスマホの普及によって、訴求の仕方も変わってきていますね。SNSで流通するような、アイコン的な存在も必要になってきます。

今回の「バベルの塔」展は、まさしく王道の西洋絵画展です。もともと美術が好きな人や、企画展に通い慣れている人には、価値や魅力が伝わりやすいでしょう。特に東京都美術館でいうと年齢が高めの男女が中心ですね。
この層以外に、来場者の幅をどれくらい広げられるかが課題になります。そこで生まれたのが「タラ夫」です。ブリューゲルに影響を与えたヒエロニムス・ボスの「キモかわ」の世界観が若い世代にウケるのでは、と思いました。

テレビ局や新聞社が主催する意義として、これまでメセナ(芸術・文化への支援)の一環という意味合いが強かったのですが、最近は収益や、絵を見るだけにとどまらない体験を提供することが重視されてきました。その流れを受けて、企画展グッズが充実しているのも、日本の独特なところです
間違いなく来ると思っていた層が・・・
過去には、客層を広げるために、力を入れすぎて失敗してしまったこともあります。
企画展を開催するときには、目標とする来場者数があるんですが、いわゆる常連の企画展好きの層は来るとして、そこからどう上乗せできるかを考えます。
企画展がもともと持つイメージを守った上で、工夫をしなければならない難しさを感じました。今も正解はわかりません。
「原作は陰影濃く描かれているが、タラ夫はきれい。ブリューゲルやボスの描くモンスターの世界観を壊さず、かわいくなっている」と話します。

これまで広報として、展覧会自体の問い合わせをよく受けているんですが、マスコットについての問い合わせはほとんどありませんでした。それが「タラ夫」についてはこれまでメディアから数件の取材の申し込みがありました。
マスコットなんだけど、マスコットの設定を作りすぎていない。ツッコミの余白を残しているところが、受け入れられやすかったのかなと思います。
「バベルの塔」展について
「バベルの塔」展は東京都美術館にて7月2日(日)まで開催しています。その後、7月18日(火)から10月15日(日)まで大阪の国立国際美術館でも開催されます。
「タラ夫3.0」に会える「タラ夫グリーティング」は6月10、20、30日にも行われます。タラ夫に会いたくなった方は足を運んでみては。