連載
#3 現場から考える安保
東京湾のテロ対策、どこまで万全?迫る東京五輪、尖閣警備との両立は
「海の警察」海上保安庁(海保)が久しぶりに大がかりな訓練をすると聞き、巡視船に同乗して取材に行ってきました。舞台は東京湾。船で逃げるテロリストとの銃撃戦を想定した訓練もありました。近づく東京五輪でのテロ対策を意識したシナリオでしたが、いろんな課題が見えてきました。
南西の風6メートル。晴天を時折、羽田へ着陸する民間機が横切ります。遠くには、小さくかすむ東京スカイツリーや東京ディズニーランド――。5月20日午後、千葉・浦安沖に海保の総合訓練で巡視船など15隻、航空機4機が集まり、2千人以上が参加しました。
といっても、規模としては、かつて毎年開かれていた観閲式の3分の1程度。沖縄県の尖閣諸島周辺で中国船が頻繁に領海に侵入するようになったため、海保挙げて対応しなくてはならなくなり、観閲式は2012年を最後に開かれていないのです。そんな中、今回は5年ぶりに大がかりな訓練となりました。
横浜が拠点の第三管区海上保安本部が中心となり、久々の大規模訓練を見ようと多くの観客も集まりました。
ヘリコプターでの救助訓練が終わった午後2時半ごろ、テロ対策訓練が始まりました。武器密輸を企てたテロリスト役を乗せた「容疑船」と、それを追う巡視艇2隻が波を立て、報道陣らを乗せた船の後からやってきました。
「停船せよ」。2隻はサイレンを鳴らし、スピーカーや電光掲示板で呼びかけます。振り切ろうとする容疑船の前に1隻が出て、強い破裂音や光を出す「警告弾」を投げつけます。すると、容疑船の甲板にテロリスト役がライフル銃を手に現れ、撃ってきました。
パンパンパン。巡視艇からも銃声が響きます。「法令に基づく正当防衛射撃です」と報道陣が乗る巡視船でアナウンスがありました。相手が撃ってくれば同じぐらい撃ち返せる「警察比例の原則」です。
テロリスト役は手を挙げて降参し、容疑船は停止。接近した巡視艇から海上保安官が飛び乗り、「逮捕」しました。「テロリストは連行され、取り調べなどの捜査によりテロの全容を解明していくことになります」。アナウンスが流れ、次の訓練へと移りました。
海保は2020年の東京五輪に向け、東京湾でこういうことが実際に起きかねないと警戒しています。世界から要人や観客が集まる東京五輪の競技会場が、臨海部に多いからです。
訓練では容疑船は大きなどくろマークをつけていましたが、現実にはありえません。見た目は民間の船が、どこかの会場に、警告にも関わらず近づいてきたらどうするか。「警察比例の原則」があり、いきなり銃撃して止めることはできません。
「こちらの船で体当たりをして針路を変えさせるしかないと思うが、もし相手の船が自爆テロで爆弾を積んでいたらーー」。訓練取材で同じ巡視船に乗り合わせた海保関係者は、険しい表情で語りました。
実は、昨年の伊勢志摩サミット(先進国首脳会議)も海に面した会場でした。このときは、海保は付近の漁船などの把握を徹底し、警備に生かしました。
ただ、東京湾を行き交う船の数はケタ違い。東京五輪の期間中も、日本経済を支える商船の行き来を止めるわけにはいきません。加えて、不法係留のプレジャーボートの多さという、首都圏ならではの問題もあります。
警備対象を絞り込みつつ、訓練を重ねるしかない。「来年も少なくとも今回のような規模の訓練を」というのが海保の姿勢です。世間から活動が見えにくい海上保安官にとって、観客の前で成果を示すことは励みにもなります。
「尖閣周辺が静かであってくれれば」。今回の訓練を見届け、海保関係者はもらしました。東京五輪の万全な警備と尖閣諸島をめぐる日中の緊張は、決して無関係ではないのです。
午後4時過ぎ、報道陣を乗せた巡視船は東京・晴海ふ頭に戻りました。ターミナルを出たすぐそこで、都心のビル群を背景に五輪選手村の工事が進んでいました。
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