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絶えぬ空爆・街にスナイパー… 世界最悪級の紛争地、イエメンの今
絶えない空爆、街に潜むスナイパー(狙撃手)、失われる子どもの命……。中東のイエメンでは現在、世界でも最悪レベルの内戦が起きています。外務省が日本人に向け、国全土に退避勧告を出している、世界7カ国のうちの一つです。しかし、同じ内戦状態のシリアに比べ、その実情は十分に知られているとは言えません。「人々は常に身の危険を感じながら生活をしている」。現地を知る国境なき医師団のスタッフに、厳しさを増す情勢について聞きました。
イエメンは、中東サウジアラビアの南にある東西に長い共和国で、モカコーヒーの産地として有名です。国内の面積は日本の約1.5倍、人口は約2700万人です。
イエメンではハディ暫定大統領派と、イスラム教シーア派の反政府武装組織「フーシ」が対立。フーシは2014年に首都サヌアを占拠し、勢力を伸ばしました。南部に逃れたハディ氏を支えるため、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は2015年3月に空爆を開始。内戦が激化しました。国連によると、民間人の死者数は今年3月までに1万人を突破し、外務省はイエメン全土に邦人の「退避勧告」を出しています。
「これまで4回現地に行きましたが、情勢は行く度に悪化しています」。そう語るのは、国境なき医師団の看護師として、世界の紛争地で医療活動に携わる白川優子さん(43)です。直近では、3月上旬までの約3カ月間、現地に滞在しました。
――イエメンでは、どのような医療活動をしていたのですか。
「南部のイッブ州を拠点にして、病院に緊急で運ばれている患者の治療をしていました。戦闘が激しいタイズという州の前線から20キロほどの場所です。タイズでは空爆がやむことがなく、街の周囲は反政府武装勢力に囲まれています」
――囲まれているとは?
「住民たちが、街の外に出られないのです。主要な道路には見張りがつき、出ようとしたら反政府武装勢力に撃たれます。また、州内にも狙撃手がいるので、人々は常に身の危険を感じながら生活をしています。我々も街に入り、支援をしたいのですが、このような状況なので、支援をしたくてもできないのです」
――白川さんのいた病院には患者がどれくらい運び込まれたのですか?
「病院には1週間で600~850人ほど運ばれてきます。そのうちの15~20%が紛争による外傷でした。でも、病院で治療が受けられる人は、まだ幸運かもしれません。橋が爆撃されるなどして、物理的に病院に行きたくても行けない人もいます」
「また、病院への空爆も1度や2度ではありません。病院に行くと爆撃に遭ってしまう可能性があるため、病院に行くこと自体が恐怖という人もいると思います。2015年に2回目の訪問をした時は、訪れた4カ所中3カ所の病院・クリニックが一部倒壊し、そこで治療活動していました。ニュースになっていないだけで、空爆されている病院やクリニックは、実はたくさんあるのです」
――空爆の恐怖はありませんでしたか?
「訪れた病院の庭のような場所で、皆で輪になってお茶をしたことがあるのですが、急にシーンとなったんですね。耳を澄ませば飛行機の轟音がだんだんと聞こえて、周りの人の表情が硬くなる。私もでしたが、一般の人も日々空爆の恐怖に身を置いています」
――ユニセフによると、イエメンで過去1年に死亡した18歳未満の子どもは前年比で7割近く増えて1546人に上っています。
「子どもが被害を受けることに、特に心を痛めます。空爆に遭い、手足を切断する子どもも珍しくありません。以前、ある男の子が空爆の被害に遭って運び込まれました。左手を切断をしなければ命が危ない状況だったのですが、父親が『切断だけはやめてくれ』と懇願するんですね。それでも最後は、泣きながら同意書にサインしていました……見ていて本当につらかったです。とはいえ語弊がありますが、手足の切断で済んで良かったと言えるのが、今のイエメンの現状です」
「また、別のケースですが、手術を終えた2人の子どもが目を覚ました途端に泣き始めました。理由を聞くと、一人は『学校に行きたい』と言い、別の子は『お父さんが死んじゃった』と言い……。運び込まれた時点で、息絶えていた子どももたくさんいます」
――イエメン情勢は悪化していますか?
「計4回現地に行きましたが、行く度に、明らかに悪化しています。特に栄養失調になる子どもが多いのですが、過去3回の訪問では感じなかったことです。飢餓が広がっており、空爆だけではない被害が起きています」
――一方、うれしかったエピソードはありますか?
「10才ぐらいの男の子が空爆に巻き込まれ、大量に出血した状態で運ばれてきました。『死んじゃうのではないか』と思うほどです。緊急手術をして何とか命は助かり、日々接する中で仲良くなりました。無事退院することになった時は、『ユウコはいる?』と言いながら手術室まで来て、抱きついてきてくれました。でも、その子も空爆で父親を亡くしました」
――そのようなイエメンの状況は、日本では十分に伝わっていません。そう感じることはありますか?
「もちろんです。イエメン自体が国際社会からほとんど注目を集めておらず、シリアやイラクなどで受けられる国際的なサポートを、イエメンでは受けることができません。今は違いますが、一時期は、国境なき医師団しか現地で活動していないこともありました」
「日本でも、イエメンの内戦はほとんど知られていません。とはいえ、情報がないから知る由もない。そのため知らないことを責めることはできません。だからこそ、現場で医療活動をするだけではなく、現地での体験を伝えることもしたいと思っています」
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白川優子(しらかわ・ゆうこ) 埼玉県出身。埼玉県内の看護学校卒業後、外科・オペ室・産婦人科を中心に日本で約7年看護師として勤務。2010年国境なき医師団に参加し、スリランカ、パキスタン、イエメン、シリア、南スーダン、パレスチナ(ガザ)へ派遣。2015年には地震のあったネパール、2016年には内戦状態のイエメンへの派遣に参加した。
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