連載
#9 AV出演強要問題
AV業界「ファン感謝祭」熱気むんむん 強要問題への取り組みは…
若い女性がアダルトビデオ(AV)に無理やり出演させられるなどの強要被害が社会問題化する中、AV業界は11月中旬、年に1度の大規模「ファン感謝祭」を開いた。会場はファンの熱気があふれ、女優の笑顔とカメラのフラッシュが満ちていた。「チラシは捨てないで」などという「業界ルール」を初めて体験しつつ、多くのアジア人も足を運んだ現場を歩いた。(朝日新聞経済部・高野真吾)
「一時期、活動を休止していた時があるんですけど、皆さんが戻ってきてと声をかけて下さって、今日こうして皆さんの前に戻ってこれて、本当に、本当にうれしいです。これからは立ち止まらずに、みなさんと一緒に突き進んでいきたいと思います。本当にありがとうございました」
10日昼、元グラビアアイドルのAV女優、高橋しょう子さんが舞台上から涙声であいさつした。身動きが取れないほど多くの人が詰めかけた会場からは、無数のカメラのフラッシュがたかれた。壇上の高橋さんは、青いドレス姿で大きなトロフィーを抱えた。
高橋さんは、AVを「とってもキラキラしていて、華やかな世界」と表現し、「総合賞という素晴らしい賞を頂けたのは、この素晴らしい世界を私が広めていこうという、そういう使命だと思っています」とも語った。
11月10、11日の2日間、開催されたのは「ジャパン・アダルト・エキスポ(JAE)2016」。高橋さんはJAEの会場で授賞式があった「AV OPEN 2016」で、賞金総額150万円の「総合グランプリ」など合計7冠に輝いた。その受賞あいさつが、冒頭の言葉だ。
JAEの主催はAVメーカー200社などで構成し、海賊版対策などをしているNPO法人「知的財産振興協会」(IPPA)だ。2014年から始まり今年で3回目になる。
入場料は2日券のみで、前売りで3500円、当日4千円(税込み)。IPPAによると、出展はAVメーカーなど68社と1団体で、2日間で延べ約4千人が足を運んだ。
会場は江東区の「ディファ有明」という多目的ホールだった。ホームページを確認すると、11月は他に「格闘技」や「コスプレ」のイベント案内があったが、10、11日は「Private」という表示になっていた。
JAEに取材に行くのは初めてだ。プレス用の事前登録をする過程で、事務局から「注意事項」が伝えられた。「出展ブースや来場者(一般ユーザー)への取材、撮影を行う際は、必ず一言断りを入れて確認してから撮影をお願い致します」という、他のイベント取材と同様のものに加えて、以下の一文もあった。
「掲載、放映される際の写真や映像に映り込んでいる来場者(一般ユーザー)の『顔』には、個人が特定されないような処理(モザイクなど)をお願い致します」
両日とも、午前10時の会場オープン前から大行列だった。最寄りの東京臨海新交通「ゆりかもめ」の「有明テニスの森公園」駅の近くまで列まで人が立っていた。数百人が並んでいただろうか。20、30代に加えて、白髪交じりの50、60代の姿もあり、1割ほどは女性だった。
雨となった11日、最前列の若い男性に並んだ時間を聞いた。「きょうの午前4時半からです」。自宅から1時間かけて歩いてきたという。
会場入り口には「18歳未満入場不可」の貼り紙があり、来場者は写真付き身分証明書の提示を求められた。海外からの来場者は、パスポート指定だった。会場内では台湾、韓国の男性と話をし、多くの外国人を見かけた。JAEサイトが、一部英語表記にしていたのも納得だ。
10日午前10時、イメージガールをつとめる現役AV女優3人による、オープニングあいさつで幕を開けた。「PRESS」の腕章をつけた人以外にも、本格的なカメラを構えた男性たちが舞台前に陣取る。あっという間に会場がファンで埋まっていった。
イメージガールからは「チラシや袋とかをいっぱいもらうと思うのですけど、会場の周りや駅などで絶対に捨てないで欲しいと思います。来年以降、JAEが開催できなくなっちゃうかもしれないので。記念なので宝物としてお持ち帰り頂ければ」と注意があった。
この呼びかけが功を奏したのか、確かに会場周辺で、ゴミが散らばっている様子はなかった。一方、AVメーカー名が多数記されている入場時にもらう紙袋は、会場内トイレに山積みで捨てられていた。スタッフがゴミ袋に入れて回収していた。紙袋の中身は、11月、12月に販売されるDVDの紹介パンフレットやAV女優の写真付きうちわ、小旗などだ。
流行している仮想現実(VR)を使って映像をみる展示や、女優と写真を撮るコーナー、監督が出てくるトークショーなどは人だかりがすごい。DVDだけでなく、Tシャツなどのグッズも次々と売れている。IPPAはJAEでの売上金を集計していないが、相当な金額のお金が動いていると推測できる。
入場規制となっていた初日の正午から「AV OPEN」の授賞式が始まった。会場のボルテージが一段上がる。同イベントのタイトルは「あなたが決める、アダルトビデオ日本一決定戦」。
事前に行われたファン投票などをもとに、「総合」「特別表彰」「ジャンル」「ファン投票」「店舗受賞」の5部門ごとに、作品や個人、DVD販売店舗が表彰されていく。作品の監督やプロデューサーに加えて、出演女優も舞台に出る。応援している女優の晴れ姿を見ようとするファンらが、大挙して押し寄せているようだ。
こうした喧噪(けんそう)とは距離を置くブースが、会場出入り口すぐにあった。元AV女優の作家がAV出演者の権利を守るために設立した団体が、一般会員を募るためにビラを配っていた。この団体は今年、出演強要問題が表面化したことをうけ、活動を始めた。業界統一の契約書づくりなどに動いているという。
予想以上の華やかさと、人出に圧倒されていると、旧知のプレスの男性と出会った。彼は「きょうのイベントが盛況だからといって、AV業界が元気ということにはならない」と話してくれた。
この指摘に思い当たる場面を目撃した。とあるブースでの監督らによるトークショーの最中、集まった数十人の来場者に対して、「この中でDVDを買って見てくれている人は、手を上げて!」と呼びかけていた。挙手する人はゼロだった。
また、来場者に話を聞いても「DVDは買わず、ネット上の無料動画で満足している」(男性42歳)のような意見が多かった。「以前は無料動画を楽しんでいた。イベントで女優さんが『DVDを買って見てね』と呼びかけているのを聞いて、最近は改めている」(男性22歳)というのは少数派だった。
実際、AVの市場規模は縮小傾向にある。矢野経済研究所が2月に発表した調査結果によると、AVとアダルトゲームからなる「アダルトデジタルコンテンツ市場」は、2010年度に815億円だったのが、14年度に703億円になっている。5年で約15%減の計算だ。
そのAV業界は今年、社会的にあり方を問われた。3月に国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ(HRN)」が、タレントやモデルとしてスカウトされた多数の女性がAVへの出演を強要されているとする調査報告書を公表した。
また、6月には芸能プロダクションの元社長ら3人がAVの撮影のために所属女優を派遣したのは違法だとして、労働者派遣法違反(有害業務就労目的派遣)などの疑いで逮捕された(後に罰金刑)。この派遣された女優も、「『グラビアモデルの仕事』ができる」と言われ、プロダクションと契約したという。
会場では女性2人を含む来場者10人に、AV強要問題に関する意見、感想も聞いてみた。20代から50代の特定世代に偏ることのないよう、イベントの順番待ちや休憩中に声をかけた。
JAEに来るだけあり、「AV出演強要」と振って、全く知らないという人はいなかった。関心の程度、情報量はまちまちだったが、具体的な意見を語ってくれる人もいた。
「プロダクションの人は、撮影の具体例や周囲にばれるかもしれない厳しさを、もっときちんと事前に女性に伝えるべきだ」(男性26歳)
「女優さんのアイドル活動に代表されるイメージを明るくする活動をするならば、同じく強要被害防止にも取り組んだほうがいいと思う」(女性36歳)
メーカーは、この「強要被害防止」をどう考えているのだろうか。以前、大手メーカーには電話とファクスで取材を依頼したが、即座に断られたり、無視されたりした。ブースを構えていた10社を訪ね、社長か社員に会って、直接、後日のインタビュー依頼をした。
「ドグマ」代表には、「出たくない。何を言っても揚げ足を取られる。HRNがまとめた報告書は全てウソではないと思うが、現状では強要はないと思う」とその場で丁寧に断られた。
他の9社には、取材依頼書を渡し、一週間後の17日までに返信をもらいたい旨を口頭でも念押しした。
「アリスJAPAN」ブース経由で取材依頼をしたジャパンホームビデオ代表からは、「弊社ではIPPAにその対応の一切をお願いしているところです」と断りの文書がメールで届いた。同代表は、IPPA副理事長をしており、「AV OPEN」でも表彰のために登壇していた。
「桃太郎映像出版」ブースでの取材依頼に対しては、「株式会社 桃太郎」の名前で、ジャパンホームビデオ代表とほぼ同じ文書が送られてきた。2社とも文書で「冠省」「草々」を使っており、中身も似たような文面だったのは、偶然の一致だろうか。
「ソフト・オンデマンド」(SOD)、「MAX-A」(マックスエー)、「アロマ企画」の各代表には直接会ったが、返信をもらえなかった。
後日、ネットを調べると、SOD社長の野本ダイトリさんが、派手に自己PRしていた。彼は今年「35歳」で「年商150億円」の社長に就任したという。同社サイトの「就任のご案内」の中では、次のような記述があった。
「代取になった途端、不安になったグループメーカーの離脱、それに伴う業績不振、そしてAV女優出演問題、社員からはやれトイレが少ないとか、パソコンが壊れたとかクレームの嵐……。僕はどうしたらいいんでしょうか?」
社員経由で取材依頼書を渡した他の4社も、無反応だった。全10社には、JAEのルポに来ていること、こうした取材依頼活動も含めて記事化することは事前に伝えていた。
会場では毎年参加しているという、55歳男性と話をした。取材に警戒し、最初は口が重かったが、語るにつれ次第に熱を帯びてきた。プロダクションや女優についての意見をひとしきり述べた後、こう語った。
「業界健全化に向けた努力をしないと、AVは存続できないのではないだろうか」
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