コラム
絵はいい、でも話が…そんな学生への処方箋 古典小説を題材に描け!
美大生の漫画を見ていると、しばしば「絵はいいのだが、お話がいまひとつ」と感じる学生に接することがある。
コラム
美大生の漫画を見ていると、しばしば「絵はいいのだが、お話がいまひとつ」と感じる学生に接することがある。
竹熊健太郎 電脳マヴォ編集長
共同編集記者■多摩美術大学非常勤講師・電脳マヴォ編集長=竹熊健太郎
漫画は絵と物語で出来ている。美大生の漫画を見ていると、しばしば「絵はいいのだが、お話がいまひとつ」と感じる学生に接することがある。
そういう学生に対しては、自分が好きな短編小説を漫画化してみることを勧めている。特にネット上の無料図書館「青空文庫」に収録されている、作者の死後50年が経過して著作権が切れた小説から探しなさい、とアドバイスをする。
著作権が失効しているので、原作者の了解を得ることなく、自由に漫画にすることができるからだ。ストーリー作りの勘を養うのに、これ以上の訓練はない。
また、小説を漫画にすることによって、文字で書かれた小説と、絵とコマを使って表現する漫画との違いがよく理解でき、「この文章をどうアレンジすれば漫画として表現できるか」を具体的に考えることによって、より漫画の描き方を深く理解することにもつながる。
萱島雄太・相澤亮の両氏は、それぞれ武蔵野美大、東京芸大出身のプロ漫画家だが、古典文学を漫画にすることで、独自の世界を築き上げることに成功している。どちらも立派な作品で、新人が練習として描く域を超えている。
萱島雄太氏の『鼻』は芥川龍之介の同名小説の漫画化。『オツベルと象』は宮沢賢治の漫画化である。前者はお寺の境内で巨大な鼻が宙に浮かんでいるビジュアルがシュールで絵として面白く、後者は原作の冷酷なオツベルを思い切って若い女性にし、それ以外をロボットと異世界の象にするというSF的なアレンジが度肝を抜かれる。しかも、ここまで奔放にアレンジしているにもかかわらず、物語の流れは原作に忠実なのだ。
相澤亮氏の『雪女』はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の有名な小説の漫画化。こちらも主人公を現代の自衛隊員としたアレンジが斬新。作品のディティールは現代的だが、主人公と雪女との悲恋は原作に忠実で、薄墨を使って描かれた雪山の表現も見事である。この作品は宝島社の「第6回 このマンガがすごい!」大賞最優秀賞を受賞。現在、同社から『雪ノ女』と改題して、オリジナルの横書きを縦書きに変更し、補筆修正を加えて単行本化されている。
しっかりした物語構造を持った古典文学は、漫画の題材の宝庫である。「原作付き漫画」というと、商業漫画では専門の原作者がその作品のために書き下ろすオリジナル脚本が一般的であるが、ひとつの作品に二人の作者が立つことになるため、しばしば両者の間でトラブルに発展する。
著作権が切れた古典小説なら、漫画家が自由にアレンジすることができ、原作者とのトラブルにも発展しようがない。それと同時に、これは漫画の可能性を広げることに繋がると思うのだ。
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〈たけくま・けんたろう〉 1960年生まれの56歳。多摩美術大学美術学部の非常勤講師で、元・京都精華大学マンガ学部教授。漫画をはじめとしたオタク文化を題材にした執筆や評論をしながら、2012年に無料Web漫画雑誌「電脳マヴォ」を開設。
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