連載
#7 AV出演強要問題
AV強要 現役女優・香西咲が語る「洗脳」から出演までの8カ月
若い女性がアダルトビデオ(AV)に無理やり出演させられる被害が社会問題化する中、現役AV女優の香西咲さん(30)が取材に応じた。10月1日でデビュー5年になる香西さんは7月、週刊文春に前所属事務所社長から8カ月にわたる「洗脳」を受け、AVに出演させられたなどと社長の実名を挙げて告発した。刑事、民事の訴訟を準備している彼女に、出演までの経緯と告発した思い、今もAV女優を続ける理由などを聞いた。(朝日新聞経済部記者・高野真吾)
香西さんは大学卒業後、大手企業に勤めたが、2008年からレースクイーンやモデルなどのタレント活動をするようになる。その後、事務所が解散したことから、フリーになった。10年夏、東京・五反田の駅前でスカウトを名乗る男性に「ウチの事務所のタレントにならないか」と声を掛けられた。
事務所名を聞くと、有名芸能人が複数在籍している超大手だった。フリーでの活動に限界を感じていたため、男性の誘いに乗って芸能事務所にエントリーしてみた。期待していたが、年齢がネックとなって落ちてしまう。「このままでは、もったいない」と男性が引き合わせたのが、前所属事務所の社長だった。
この年の10月、東京・六本木ヒルズにあるレンタルオフィスで社長と面会した。第一印象は「怖い、人相悪い」。笑顔はなく、威圧的な態度だった。夢を詳しく聞かれたので、大学時代から温めていた「雑貨屋を開きたい」ことを正直に語った。社長の反応は、「面白い。雑貨屋への出資を含めて応援する」。
そして「女優と女社長の二足のわらじを売りにしていこう」と続けてきた。「まず女優の方だけど、キミを売り出すのに、俺ならストーリー仕立てのイメージDVD3本セットを発売するよ」。「露出は背中が見える程度で構わないからさ」
3時間ほどの面会で、社長は大物芸能人の名前を挙げて、芸能界につてがあることも強調してきた。最初は信用していなかったが、脳科学、心理学、ビジネス本などの共通の趣味があり、勉強になる話が聞けるかもしれないと途中から思い始めた。週1回、90分から2時間程度かけて、香西さんの将来を話し合う面談を継続することを了承した。
面談では、将来の夢を具体的にイメージするように仕向けられた。何歳で何をやり、仕事とプライベートはどうなりたいか。年収はいくらで、どこで、どんな生活をしたいか。成功した自分を細かく設定し、それらを「ビジョンブック」と呼んだノートに記入した。
《35歳、「東洋の宝石女優」としてアジアに知名度を広げることができる。映画にも主演、パーティーには全身CHANELで行く。自宅は都心の高級マンションで、ハイヤー付き》
いま思うとトンデモ話だが、社長からは、こう言われた。「そのくらい大きなことが言えないのは、しょせん、お前がその程度だからだ。のらりくらりやって、ババアになって誰にも相手にされなくなれ」
もともと、自らが広告塔になりつつトレンドをつくっていける女性にあこがれていた。タレントの神田うのさん、下着通販会社「ピーチ・ジョン」を創業した野口美佳さん、女性向けマーケティング事業の「トレンダーズ」などを起業した経沢香保子さんらだ。同じようになるため、まず有名になる必要があると強くすり込まれた。
社長は「AVに出ろ」というような直接的な言い方はしてこなかった。ただし、「俺だったら、若い女だという一番の武器を使う」などと語ってきた。映画「氷の微笑」で有名な米女優のシャロン・ストーンさんや「イタリアの宝石」と呼ばれるモニカ・ベルッチさんを、よく引き合いに出してきた。
「知的かつセクシーな女性」を目指すべく仕向けられ、いざという時に脱げる女優こそ素晴らしいと思い込まされた。今考えると、「濡れ場のある作品」と「AV」の境界線をなくして、AVへのハードルを下げる手段だったと思えるが、当時は気がつかなかった。当時は、AVに偏見を抱いた上に興味もなかったからだ。
元来「まじめな性格」だという香西さんは、次第に社長の考え方に同調するようになっていく。環境の変化も大きかった。大学入学からずっと付き合い、同棲(どうせい)し、結婚も考えていた彼氏がいた。その彼氏と別れて、資金まで出されて引っ越しをした。それからは社長か、スカウトか、社長が紹介した人間ばかりと会うようになっていた。
それでも、すぐには事務所には所属しなかった。レースクイーンなどの活動をしたことから、事務所選びは「一生もの」だと考えていた。そのため一度、知り合いの弁護士に相談してみた。事務所を調べた弁護士からは「実体がない」と指摘された。
それを社長に告げると、登記簿と印鑑証明を目の前にたたきつけられた。「お前の弁護士は何を考えているんだ! ちゃんと実態あるだろうが、ほらよ」。さらにはフリーで続けてきた仕事を継続できるように、「契約書も自分の変えたいように変えていいよ」と言われた。「寛大」だと思った社長の次の言葉も効いた。「俺たちはお前の家族だから、全力で応援する」
「この社長を信じたら、自分の夢がかなう可能性が広がる。彼について行ってみたい」。8カ月間に及ぶ「洗脳」期間を経て、11年6月に所属契約をした。
社長の言うことを妄信する「思考停止」状態の中、この月に行われたAV撮影を拒否することはできなった。勇気を出して現場に行ったはずだったが、脱ぐように言われると涙が止まらなかった。その場に、相談できる人はいなかった。
撮影進行中に少しでも弱音を吐くと、罵声の幻聴が聞こえてきた。その場にいないはずの社長が、まるで隣で発したかのように怖かった。行為の最中、自分が今、どこで何をしているのか分からない状態になった。されている私と、それを客観的に見ている私。自分が2人いるような感覚になった。パニック症を発していたのだと思う。なされるがままに終わった。
5年以上の月日が流れているが、今でもその時の心境は「言葉にできない」。作品では冒頭インタビューと男優との絡みが終わった後で涙を流している。その理由も「精神状態がおかしくなっていたので、分析できない」。DVDが10月に発売されると、瞬く間に売れっ子になった。
その後は、月1回のペースで撮影が続いた。「信じるしかない。後戻りできない」。気持ちをすり減らしながら出演を続けたが、ファンを飽きさせないために、撮影内容は次第に過激になっていく。
AV女優は自分がしたくない行為をあらかじめ、制作サイドに「NG項目」として示せる。制作側はNG項目を尊重した上で女優を起用することが原則とされる。香西さんは、複数の男性が出演して行うある行為をNG項目に指定していたが、意向を無視された。当日まで台本は送られず、撮影現場で監督らに泣いて「嫌だ。できない」と伝えても、強行された。
翌12年になると、ストレスからはっきりと体に異変が生じてきた。医者にかかると、「慢性膵炎(すいえん)疑診断」「胃腸炎・逆流性食道炎」と診断された。円形脱毛症になり、全身がだるく、胃腸が痛んだ。
自宅でめまいと発作で倒れ、2回も自分で救急車を呼んだ。精神安定剤を服用するようになっていたが、規定量では足りなくなり、病院をこっそりかけもちした。
12年暮れ、さらに追い打ちをかける事態が襲う。所属事務所の取引先の男性に「性接待」をするように社長に言われた。断ることができずに複数回応じたが、いよいよ追い詰められた。「もう死にたい」「トラックが私に突っ込んできてくれないかな。そうして死ぬのが一番楽だ」。毎日、そう考えるようになり、周辺に話をするようになった。
「性接待」まで強要する社長は、自分の夢を応援してくれているわけではない。「こんなのおかしい」。だまされ、単に利用されていたことにやっと気づいた。13年に入ってから、複数回、社長に「辞めたい」と切り出した。
その度に、時には1年更新の契約書を盾に、時には「お前にかけた金はどうしてくれるんだよ。今動いている仕事は?」と威圧してきた。「お前が必要なんだ」と泣きつかれ、抵抗されたこともあった。「一人じゃ事務所から離れられない」。14年に入ってから、弁護士に間に入ってもらい独立へ向けて話し合った。
業界から離れることも考えたが、不本意で始めたことでも、AV女優引退のタイミングは自分で決めたいと思った。仕事、公私にわたる人間関係ともにAV関係しかなくなっていたこともあり、「辞めると完全に孤立してしまう」とも考えた。
業界では、女優がフリーで仕事を続けていくことは極めて難しいとされる。制作サイドとのギャラを含めた交渉や契約に加えて、出演するための営業活動も必要になる。最近では、DVDの売り上げ増のため、ツイッターなどのSNSを通してファンと交流をしなければいけない。多岐にわたる活動を平行して行うには高い能力が必要になる。
逆境にあったが「なにくそ魂」で奮起を続け、この年の6月に独立を果たす。仕事も戻ってきて、11月からはそれまで通り、月一回の撮影に臨んでいる。独立してから現在まで、22本の撮影をこなした。
現役女優であるために、この間は、トップ女優になるまでの複雑な経緯と前事務所社長への怒りは、ずっと伏せてきた。しかし、今年、声を上げようと決意する大きなできごとが起きた。
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