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“一発屋”髭男爵、地方でモテモテ「竜宮城」 帰り道の負け犬感
地方のラジオ局でレギュラーを持つ髭男爵の山田ルイ53世さん。東京では“一発屋”でも、地方では“一流”に。その違いに驚きつつ、ちょっと「沁みる」時も……。「あれは、“東京”に対する社交辞令であって、俺にではない!」。帰りの電車は、いつも“一発屋”である自分を取り戻すことに必死です。
東京のトップリーダーが心配である。
連日に渡る、記者達からの質問攻め。
世間の風当たりの強さは、傘が裏返るほど。
心労が祟ってだろう。
ここ数週間で、随分と老け込んでしまった印象。
“竜宮城”の帰り道、“玉手箱”でも開けてしまったか。
白状せねばなるまい。
かくいう僕も、“竜宮城”に通っている。
それも、毎週。
勿論、仕事である。
家族同伴の温泉旅行ではない。
都会の喧騒を離れ、新宿から公用車・・・もとい、電車に揺られること一時間半。
山梨県は甲府市。
御存じ、信玄公のお膝元。
世界遺産の富士山をはじめ、湖に温泉、名所名跡・・・観光スポットには事欠かない。
駅から出れば、目に飛び込んで来る、一際立派な社屋。
山梨放送、通称YBS・・・僕の“竜宮城”である。
海なし県で、“竜宮城”というのも妙な話だが。
昼の帯番組、その一曜日のラジオパーソナリティー。
それが、僕の仕事。
いわゆる、“地方のレギュラー”。
“地方のレギュラー”と聞くと、
「へー!丸ノ内線の中古車両が、海外では、今でも現役で走ってるんだー!!」
そんな印象を持つ人も。
心象風景は夕暮れ。
漂う、“第二の人生”の薫り。
実際、地方分権が叫ばれて久しいが、世間の認識は、東京が一番。
「最近、み―へんけど、何してんの?」
久しぶりに会った友人の問いに、“地方”の話をすると、
「へ―・・・他には?」
どうやら、“勘定”には入らぬようだ。
東京が一番。
否定はせぬが、肝はそこではない。
芸能人にとって、最も大切なもの、それは・・・“レギュラー”。
“レギュラー”が無ければ、タレントなど無職と同じ。
その日暮らし、日雇労働者と大差ない。
毎週通える居場所・・・そのありがたみは、筆舌に尽くし難い。
何より、ローカル局は扱いが良い。
東京では、しがない“一発屋”が、地方では“一流”の扱い。
そんな御伽噺が、現実となる。
とある地方局では、社長自ら名刺を携え、楽屋に挨拶に。
また別の局では“お見送り”が盛大である。
全社員が一堂に会したのか・・・それほどの人数で。
ふと振り返れば、タクシ―の窓越しに、豆粒ほどになった彼ら。
目を凝らせば、まだ手を振っている。
勿論、“我が”山梨も負けてはいない。
「毎週、遠くまで来て頂いて有難うございます!」
「いやー、今日もよかったです!」
毎週かけて頂ける、労い(ねぎらい)の言葉。
恐縮である。
突然、我が家に届いた、立派な桃の詰め合わせ。
送り主を見れば・・・副社長。
もはや、畏れ多い。
生放送を終え、通りに出れば、
「プップ―!!」
偶然通りがかり、僕に気付いたのか・・・宅配業者の車。
運転席には、笑顔のおじさん。
小気味よく刻まれたクラクション、その主。
「ラジオ聴いてたよ―!気をつけて帰れよー!また来週な――!!」
そんな表情・・・リスナーまでも。
「この人達は、僕が“一発屋”だと知らないのだろうか?」
やり過ぎとも思える、僕には分不相応、身に余る扱いの数々。
“鯛や平目の舞い踊り”。
心穏やかに、帰京出来る・・・ここまでなら。
僕の番組のアシスタントを務める一人の女性。
YBSの看板アナウンサーであり、優秀なスポーツキャスター。
そこそこの美貌、すこぶる良い人柄。
さしずめ、“甲府の乙姫”。
彼女の登場で、竜宮城の雲行きは、俄然、怪しくなる。
“浦島”も、乙姫に持たされた玉手箱で、人生を失った。
彼の二の轍は踏めない。
この女性、とにかく褒める。
いや、誉めそやす・・・“一発屋”の僕を。
それも、先述の“大人達”の比ではない。
四年の付き合い、その初対面からして、
「お忙しい所、ありがとうございます!」
(・・・ん?)
忙しくはない。
「お会いできて感激です!いつも拝見しております!」
(・・・ん?)
額面通りに受け取るのなら、彼女はストーカーである。
我々“髭男爵”のテレビ出演、その頻度を考えれば、“いつも”観ることなど不可能。
我が家の居間を、常時盗撮でもせぬ限り。
とにかく、逐一、“小骨”が多い。
“若気の至り”と言えばそれまでだが、いかんせん、技術がない。
骨切り。
鱧などの小骨の多い魚に、細かく包丁を入れる技法。
怠れば小骨が舌に触り、食せない。
言葉も同じ。
骨切りが肝要。
「技術の無いものは、人を褒めるべからず」である。
以来、終始この調子。
「男爵は凄いです!」
「男爵は売れてます!」
「男爵は天才です!!」
「県民は、男爵のことが、大好きです!」
もう、小骨どころの騒ぎではない。
自己啓発セミナー顔負け。
こうして、書き連ねていても赤面もの。
クリームたっぷりのパイ・・・根拠なき賛辞を、顔面に叩きつけられる。
「若い女子アナに、ベタ褒めされる“一発屋”」
さぞかし、滑稽なのだろう。
見守る周りの人々も、さすがに半笑い。
とんだ“ピエロ”・・・災難である。
現実とあまりに乖離した賛辞は、罵詈雑言と同じ。
名誉を著しく棄損する。
そもそも、こんな稚拙な“褒め”が、通じるとでも思っているのか。
全く、腹が立つ・・・自分に。
そう。
少し、通じる。
若干ではあるが、テンションも上がる。
気が付けば、そこまで悪い気は・・・していない。
これが問題である。
東京での雑な扱いで、擦り傷だらけの“一発屋”の前頭葉。
情けないが、否応なしに沁みるのである。
このまま帰京するのは危険。
多少の浮かれ気分が、僕の言動を狂わせ、数少ない東京での仕事に支障が出るかもしれぬ。
おかげで、帰りの電車は、
「忘れるな・・・俺は“一発屋”だ!」
「俺は、負け犬だ!」
「天才だったら、もっと売れてるわ!」
浴びた賛辞と釣り合うだけの罵声。
“自己否定の反復横跳び”をするはめに。
時には、さじ加減を誤り、東京に着く頃には、行きよりも自信を失っていることも。
そうして、なんとか取り戻す。
本来の自分を。
番組の打合せで訪れた、都内“キ―局”。
受付でスタッフを待つ。
周りには、パ―テ―ションで仕切られた、簡易的な来客スペース。
その一つ、仕切りの向こうから、
「“髭男爵”の打合せどうします?部屋、押さえられなかったんすよー!」
「もう、“髭”ごときは、その辺でいいよ!!」
偶然聞こえた、スタッフのやりとり。
静かにその場を離れる。
彼らに気付かれぬよう。
これが現実。
むしろ、“しっくり”くる。
僕は“一発屋”。
第三者の厳しい目・・・その精査を待つまでもなく。
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