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SMAPブレイクの95年、フジ亀山社長が予言したメンバーの役割

解散をめぐる報道が、多くの人の関心事となっているSMAP。彼らがブレイクし始めた1995年、ジャニー喜多川社長やテレビ関係者はSMAPをどうみていたのでしょうか。

SMAPの解散騒動を、連日1面で報じている日刊スポーツ
SMAPの解散騒動を、連日1面で報じている日刊スポーツ

目次

 解散騒動から一転、18日夜に放送された「SMAP×SMAP」(フジテレビ系)で謝罪したSMAP。ジャニーズ事務所も存続を認めました。中でも、事務所残留と伝えられた木村拓哉さんの立場をめぐって、ネット上では様々な臆測が飛び交いました。彼らがブレイクした1995年、後にフジ社長となる亀山千広さんは、メンバーの役割分担に言及。ジャニー喜多川社長はコメディーのスキルも鍛えていることを強調していました。

亀山社長「選手を選びやすい」

 SMAPは、オートレーサーに転身した森且行さんを含む6人で1988年に結成され、1991年に「Can't Stop!! LOVING」でCDデビュー。木村拓哉さんが出演した1993年秋のドラマ「あすなろ白書」(フジテレビ系)などがきっかけとなり、従来のアイドルファンにとどまらず、一般の視聴者の話題を集めるようになりました。

 現在フジテレビの代表取締役社長を務める亀山千広さんは、この「あすなろ白書」のプロデューサーでした。1995年、朝日新聞の取材に対し、SMAPについて「それぞれが役割を持ったチームといったイメージ。使う側からすれば、欲しいポジションの選手を選びやすい」と語っていました。

フジテレビの亀山千広社長=2013年5月20日撮影
フジテレビの亀山千広社長=2013年5月20日撮影 出典: 朝日新聞社

ジャニー喜多川社長「歌って踊れて、コメディーも」

 当時、メンバーはまだ18歳~22歳。ドラマや映画だけでなくバラエティーにも活躍の場を広げ、音楽番組が中心だった光GENJIなどそれまでのグループとは違った路線を歩んでいました。

 こうした路線の違いについて、同じ1995年、朝日新聞の取材に応じたジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長は「基本的にうちのタレントは歌って踊れて、コメディーもできるように育てている」とコメントしていました。

 「光GENJI」との違いについて、歌番組以外に出そうとしても、スケジュールを組めなかったこと。逆にスマップのデビューのころはもう、歌番組が衰退していて、テレビ局の要望にもこたえやすくなったことなどをあげ「いろんな種類の番組に出ると、いろんな視聴者層に受けるのは当然」と分析していました。

「SMAP」が所属するジャニーズ事務所の前に集まった報道関係者=13日午後、東京都港区、杉本康弘撮影
「SMAP」が所属するジャニーズ事務所の前に集まった報道関係者=13日午後、東京都港区、杉本康弘撮影 出典: 朝日新聞

タイムリープ話も飛び出す

 歌番組が衰退するという逆境の中、それまでのアイドルとは違ったフィールドにも挑戦し、メンバーひとりひとりが、それぞれの魅力を発揮してきたSMAP。

 ネット上では、木村さんが時間を逆行するタイムリープを繰り返して、グループの解散を止めるというパロディー話が拡散。閉鎖的な日本社会の象徴ととらえる論考が話題を集めるなど、いまだに注目の的です。

 連日のようにメンバーが出演するテレビ番組が放送される中での解散騒動という異様な事態は、当分、続きそうです。


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