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「私の職場がすごいことに」 山奥の旅館に〝鬼滅〟効果 奏者の思い

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全世界での興行収入が9月22日までに823億円を超え、日本映画の歴代1位に駆け上がったアニメ劇場版「鬼滅の刃 無限城編」。その無限城に似ていると話題になっている山奥の老舗旅館があります。どんな雰囲気なのか記者が訪ねると、一人の三味線奏者に出会いました。(朝日新聞記者・小川尭洋)
旅館は、福島県会津若松市にある「大川荘」。JR東北新幹線の新白河駅から、車で1時間あまり。記者が訪れたのは、作品の興行収入が国内史上最速で100億円を超えたとのニュースが話題になった数日後の8月上旬でした。平日の夕方にもかかわらず、多くの観光客でにぎわっていました。
彼らが釘づけになっていたのは、ロビー真ん中にある大きな吹き抜け空間。
無限城の雰囲気さながら、階段や回廊、格子戸が入り組み、その中央の浮き舞台では和服姿の女性奏者が三味線を弾いていました。
無限城とは、「鬼滅の刃」で主人公・竈門炭治郎たちが倒そうとする鬼たちの本拠地で、琵琶を弾く鬼「鳴女(なきめ)」が特殊能力でつくりだしたという設定です。
鬼たちのボス「鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)」が部下を招集した「パワハラ会議」の舞台として、初めて登場。「なぜそんなに弱いのか」と理不尽に部下たちを問い詰め、次々と手にかけました。今回の映画では、炭治郎たちが強敵「猗窩座(あかざ)」と激突する決戦の場となりました。細かく描き込まれた立体感のある城の映像美も、話題を呼びました。
そんな無限城にそっくりな大川荘ですが、もちろん「鬼滅の刃」の前からありました。大川荘によると、1954年(昭和29年)創業。「非日常的な雰囲気を楽しんでもらいたい」という思いから、バブル期の1989年(平成元年)の改築で、この浮き舞台を設置し、三味線の演奏を始めたそうです。そして、2017年のリニューアルで、浮き舞台の周りに回廊などが増築され、今のような構造ができあがりました。
旅館が無限城に似ているとして初めて大きく注目されたのは、ちょうどネット配信やテレビ放送でアニメ版がヒットしていた2020年春ごろ。コロナ禍での緊急事態宣言による休館を経て、鬼滅ファンを中心に客足が増え始めました。「鬼滅効果」は長く続いており、今回の無限城編が上映された後も、ほとんどの日が満室になっているそうです。
無限城のモデルについての公式発表はないものの、大川荘広報担当の山崎和さんは「偶然にも構造が似ていたということだと思いますが、注目していただきありがたいです」と話します。
その浮き舞台で三味線を弾いていた、会津若松市の民謡歌手、佐藤恵美子さん。30年以上にわたって休演日以外はほぼこの舞台で毎日演奏してきたそうです。
記者が訪れた日も、観客から「鳴女(鬼)みたいだね」とささやかれたり、カメラを向けられたりしていました。本人は今回の注目をどう受け止めているのか、直接聞いてみました。
コロナ禍のころ、地元で話題になっているのに気づいて半信半疑でアニメ版を見たところ、無限城のシーンに「これ、私の職場にそっくり」と驚きました。無数の構造物が生き物のように動く描写には「迫力がすさまじく、いつも演奏しているロビーがすごいことになっている。すばらしい発想力だなあ」と感動したそうです。映画版の無限城編は、これから見る予定です。
そして、鬼滅の刃が、より幅広い世代に生演奏を楽しんでもらえるきっかけになったと感じているそうです。鬼滅のコスプレ姿で撮影を楽しんでいる若者も多く見かけるようになりました。
取材の最後に謙遜しつつ、こう話してくれました。
「山奥までわざわざお越しくださっているお客様に楽しんでもらえるように、心を込めて演奏してきました。つたない芸をしている私が、強い鬼と重ねられると恐れ多い気持ちもありますが、これからも皆さんがそれぞれの楽しみ方で演奏を聴いてくれたらうれしいです」
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三味線の演奏は午後4~6時。休演日は不定期で週2回ほどあるため、公式サイトで確認する必要があります。
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