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「自分と同じ思いをしてほしくない」姉を亡くした弟、救命士へ第一歩
背中を押してくれた〝憧れの存在〟がいました

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背中を押してくれた〝憧れの存在〟がいました
「姉がお世話になった消防で、救急救命士として活動したい」。14年前、突然の心停止で小学生の姉を亡くした弟が、この春、夢に向けて第一歩を踏み出します。救急救命士を志した背景には、姉と同い年の青年の存在がありました。
さいたま市に住む桐田真(しん)さん(18)には、七つ離れた「自慢」の姉がいました。やさしくて面倒見が良く、運動もできる。あの日の前夜も、ふたりで一緒に仲良く並んで眠っていました。
2011年9月29日、さいたま市の小学6年生だった姉の明日香さん(当時11)は、学校の校庭で1000mを走った直後に倒れ、翌日息を引き取りました。
当時、保健室に運ばれた明日香さんは息を吸うような動きがあったため、教員たちから「意識も呼吸もある」と判断され、胸骨圧迫(心臓マッサージ)などはされませんでした。
保健室にあったAED(自動体外式除細動器)も使われなかったといいます。
明日香さんが倒れた日のことは、当時5歳の真さんの記憶にも深く刻まれています。夜、病院のICU(集中治療室)で面会した明日香さんは、複数の管をつながれて全身がむくみ、いつも一緒に寝ていた姉とは別人のようでした。
「何が何だか分からない状態。でも、お姉ちゃんが死ぬんだという感覚はありませんでした」
明日香さんに意識はありませんでしたが、真さんが「お姉ちゃん」と呼びかけて手を握ると、しっかりと握り返してくれたそうです。
病院側から面会終了を告げられ、真さんはその手を離しました。しかし、これが生前最後のふれあいになりました。
「これが最後になるとは思いませんでした。年を重ねても、あのときのことが心に引っかかっています。お姉ちゃんのほうから離したのではなく自分から離してしまったので、もっと握ってあげていればよかったな、声をかけてあげたかったなって」
明日香さんが亡くなったあと、聞かれない限り自分から姉の話をすることはありませんでした。姉を失ったつらい気持ちも口にしづらかったといいます。
「お姉ちゃんと一緒だとあんなに楽しかったゲームも、ひとりだとつまらない」。アニメやロボットのフィギュアに没頭して、心の隙間を埋めていました。
「誰も自分と同じような思いはしてほしくない、いつも一緒にいた人が急にいなくなる恐怖や悲しさを減らしたい」
そんな思いで、小学生の頃から母親と一緒にAEDを普及する活動にも参加してきました。小学3年生のときは、自由研究で地域のAEDマップも作り、関心が広がっていきました。
「人を救う仕事」を意識したのは、小学6年生の頃。姉と同い年の消防士・的塲(まとば)浩一郎さん(25)との出会いがきっかけでした。
的塲さんは、中学3年生の時に保健体育の授業で明日香さんの事故を知り、その後、人が倒れた現場にAEDを運んだ経験から救命の仕事を志したそうです。
2018年5月、当時小学6年生だった真さんは、母親を介して的塲さんと初めて顔を合わせました。
学校の校庭で遊んだり、家でカードゲームをしたり。お互い初対面と思えないほど親しくなったそうです。
「消防ってどういうことをしてるんですか?」「なんで消防に入ろうと思ったんですか?」
真さんが尋ねると、的塲さんは救助などで使うロープの結び方を教えてくれ、自分の経験を交えながら「人を助ける仕事がしたかった」と話してくれたそうです。
「かっこいい。僕も的塲くんみたいになりたい」。憧れを抱きました。
小学校の卒業文集には、「救急救命士になりたい」「多くの人の命を助けられるようにがんばっていきたい」と記しました。
決意から6年。この春、真さんは救急救命士の国家試験受験資格を取れる都内の大学に進学し、夢への第一歩を踏み出します。
3月上旬、約1年ぶりに顔を合わせたふたりは、救急救命士のテキストを手に勉強や消防の仕事について話していました。
テキストは高校生だった的場さんが救命の仕事について知るために購入し、6年前に真さんへプレゼントしたものです。「夢に向かって進む真くんに、テキストを託しました」と的塲さんは振り返ります。
真さんはいま、空き時間にテキストに目を通し、大学での学びをイメージしているそうです。
姉を亡くした体験から、真さんは「倒れた傷病者だけでなく、周りの家族のケアもできる救急救命士になりたい」と話します。
的塲さんは、「真くんなりの考えで人を救うため、社会がよくなるためにできることをしてほしいと強く思っています」とエールを送りました。
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