ネットの話題
〝名札〟に名前が書かれない 「首相夫人」表記に見た日本の現在地
「名前を奪われてきた」人々から届いた声
この春、「名前」を巡って、SNSである写真が話題になりました。天皇と皇后の両陛下が開いた春の園遊会の一場面。参列した岸田文雄首相の名札には「内閣総理大臣 岸田文雄」とある一方、妻の裕子さんは「岸田文雄夫人」とあるだけで、本人の名前が記されていなかったのです。宮内庁にも見解を取材して記事で配信すると、日常の中で「名前を奪われてきた」という人たちからの訴えが届きました。日本社会の現在地を考えました。(朝日新聞デジタル企画報道部・小川尭洋)
この4月、岸田首相夫妻が写っている写真が、SNSで思わぬ形で注目を集めました。
天皇と皇后の両陛下が開いた春の園遊会で、招待された岸田首相夫妻らが、笑顔でおさまっています。
一見なんの変哲もない光景ですが、夫妻が身につけていた「名札」がきっかけとなって議論が白熱しました。
岸田首相の名札には「内閣総理大臣 岸田文雄」とある一方、妻の裕子さんは「岸田文雄夫人」とあるだけで、本人の名前は記されていなかったのです。
ネットメディア「コリア・フォーカス」編集長の徐台教(ソ・テギョ)さんは、この写真を引用しながら、次のように書き込みました。
《写真の「岸田文雄夫人」という名札を見てクラクラした。日本社会の人権意識はどうなってるんだ。園遊会を準備する中で、誰もおかしいと思わなかったのか》
徐さんの批判は拡散し、他のネットユーザーの間でも「パートナーを付属物扱いしている」「失礼だ」といった声が広がりました。
長々と書いてある内容はともかく、写真の「岸田文雄夫人」という名札を見てクラクラした。日本社会の人権意識はどうなってるんだ。園遊会を準備する中で、誰もおかしいと思わなかったのか。 https://t.co/g2heWvekPF
— 徐台教(ソ・テギョ, 서대교) (@DaegyoSeo) April 24, 2024
筆者が朝日新聞が撮影した今春の園遊会の写真を全て確かめると、ほかの招待客の妻も同じようにフルネームがない状態で「XX夫人」、招待客の夫も「XX夫君」と書かれていました。
首相官邸の公式Facebookアカウントが投稿していた9年前の園遊会の写真を見ると、安倍昭恵さんの名札にも「安倍晋三夫人」とありました。
ちなみに、写真に写っている招待客を見る限りでは、政治家らを中心に招待客は男性がほとんどで、女性の多くは招待客の妻として参加していました。
こうした写真を見て、私は不思議に思いました。
自分の名前や自分のパートナーの名前が書かれていない名札を渡されて、参加者たちは嫌な気持ちにならなかったのだろうか――。
婚姻届を出した夫婦のうち約95%は女性が改姓しており、夫が戸籍の筆頭者になる日本社会では、特に女性が、本人の思いに反して名前を「奪われる」場面は少なくないようです。
しかし声を上げられる人は限られています。感想を送ってくれた人たちにとって、園遊会の名札で名前を省略されてしまった光景は、そんな日本社会の縮図のようにも見えたのかもしれません。
取材していて筆者が思い出していたのは、中国人の母のことでした。
日本人が外国人と結婚した場合、別姓のままを選ぶことができます。母は日本人の父と結婚した後も、変わらず住民票上は別姓の「王」です。
母としては「王」で統一したかったのですが、仕事の都合上、仕方なく父と同姓の「小川」を名乗った時期がありました。
当時小学生だった私は、母が名刺などを作り直す作業をそばで見て、「自分自身の一部」が使えなくなる母の葛藤を感じました。
私の母に限らず、すべての人にとって、名前はアイデンティティーを形づくる大切なものです。
ただ、残念ながら、こうした表記は数十年経った今も、「過去のこと」だと言い切れない面があります。
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