連載
#25 小さく生まれた赤ちゃんたち
35週1632gの娘を出産 「大変」と言えなかった後期早産の悩み
早産は20人に1人。その8割が34~36週の「後期早産児」です
日本では、およそ10人に1人が2500g未満で生まれる「低出生体重児(ていしゅっせいたいじゅうじ)」です。赤ちゃんが小さく生まれる背景の一つには、妊娠22~36週での早産があります。
早産の多くは妊娠34~36週の「後期早産」ですが、妊娠30週未満や1000g未満で生まれてくるような重篤な赤ちゃんと比較して、自らの悩みにふたをしてしまう母親もいるようです。
妊娠35週で1632gの長女を出産した女性は「『大変だった』と言ってはいけないと思っていた」と語ります。専門家は、「『心の傷つき』は妊娠週数や体重、重症度で区切ることはできない」と心理的ケアの必要性を指摘します。
埼玉県に住む会社員の女性(32)は2020年、妊娠35週のときに緊急帝王切開で1632g、41cmの長女を出産しました。
病院では妊娠中期から赤ちゃんの発育が遅いと指摘され、早産の可能性が高いことも伝えられていました。ただ、小さいこと以外に異常はなく、女性は「深刻には考えていませんでした」と話します。血圧が高かったものの、薬を飲んで管理できていたそうです。
しかし、産休に入った妊娠34週目の健診で、赤ちゃんがほとんど成長していないと指摘され、管理入院になりました。1カ月半ほど入院して出産する予定でしたが、入院した日の夜に血圧が180近くまで上がり、急きょ出産の準備が整えられました。
女性は「何が起きているのか、全然理解できませんでした」と振り返ります。「出産はもう少し先だと思っていたため心の準備もできていなくて、パニックのまま進んでいきました」
当時はコロナ禍で、厳格な感染対策が取られていました。帝王切開が決まっても夫(33)ですら病院には入れず、女性はひとりで医師の説明を聞き、同意書にサインをして出産に臨みました。
妊娠35週、帝王切開で生まれた赤ちゃんは、おなかから出ると同時に産声を聞かせてくれました。「無事に声を出してくれ、感動して涙がとまりませんでした」と女性は話します。
顔のそばまで連れてこられた赤ちゃんは、1632g。女性は思わず「小さい」と声が出たそうです。
「触っていいですよ」と言われて手を握りましたが、イメージしていた赤ちゃんとかけ離れた細い体に「それしか言えなかった」といいます。
入院中は看護師に車いすを押してもらい、1日30分ほどNICU(新生児集中治療室)に面会に行きました。面会初日におむつ替えもしましたが、細い足に丸みのないおしりで、触るのが怖かったといいます。
長女は4週間入院しました。コロナ禍では面会制限が厳しく、女性の退院後、長女が退院するまでの3週間で面会できたのは3回ほどでした。夫が初めて長女と会ったのは、生後2週間ごろ。ガラス越しにわずか5分間の面会だったといいます。
女性は毎日3時間おきに搾乳し、冷凍してまとめて病院へ届けていました。「長女と会えない、そばにいられないことが本当につらかった」と振り返ります。入院中に撮りためた写真を見ては、泣きながら搾乳していました。
夫は夜中の搾乳時間になると女性を起こしたり、搾乳器の洗浄をしたり、サポートしてくれたそうです。
多くの赤ちゃんは妊娠37~41週(正期産)で生まれ、平均体重は約3000g、平均身長は約49cmです。
一方、妊娠22~36週の早産はおよそ20人に1人で、その8割ほどが妊娠34~36週の後期早産とされます。
女性は長女の入院中、インターネットやSNSで早産の情報を集めました。しかし、目にするものの多くは妊娠30週未満や1000g未満で生まれた赤ちゃんの話でした。
「うちは35週で1500gを超えているし、『大変だった』と言ってはいけないのかなと漠然と思っていました。もっと小さく生まれた子や命に関わる状態の子がいるなか、あまり不安がってもいけないのではないかと思い、誰にも相談しませんでした」
より早く小さく生まれた赤ちゃんに比べると重篤ではないものの、後期早産の赤ちゃんは哺乳力が弱かったり、体温を保ちにくかったり、発達がゆっくりだったり、正期産で生まれた赤ちゃんよりもリスクは高い状態です。口から母乳を飲めない場合、鼻から胃に通したチューブで飲ませることもあります。
体が小さい長女は、1歳でも近所の人から「生後6カ月くらい?」と聞かれることがありました。訪れた子育て支援センターで、無意識にほかの赤ちゃんの体の大きさや発達と比較して落ち込むこともあったそうです。
多くの子どもは1歳半ごろまでに歩き始めるところ、長女が歩いたのは2歳になる直前。しかし、療育施設で医師に発達の遅さを相談しても「小さく生まれたから発達はゆっくりです」と言われ、諦めのような気持ちもあったといいます。
「不安はもちろんありましたが、赤ちゃんが生きているだけで十分幸せなのかな……と吐き出せずにいました」
近年、小さく生まれた赤ちゃんの家族会が全国各地に立ち上がり、ピアサポートも広がってきました。しかし、交流会には1000g未満で生まれた赤ちゃんの家族が多く、参加をためらう後期早産児の母親もいます。
NICU(新生児集中治療室)に入院中は、より重篤な赤ちゃんと自分の子どもを比較して、遠慮してしまうこともあります。赤ちゃんを抱っこしたくても医療従事者に要望を伝えられず、孤立感を抱いてしまう母親もいるそうです。
NICUなどで35年にわたり家族のケアにあたってきた臨床心理士の橋本洋子さんは、「重症度が高くて体重の少ないお子さんには、より集中的な治療が必要です。しかし、お母さんの心理的ケアは、お子さんの重症度だけでははかれません」と指摘します。
橋本さんが「赤ちゃんがすぐNICUに行って、おつらかったでしょう」と声をかけると、涙を流して不安をこぼす後期早産児の母親が多いといいます。
「NICUに赤ちゃんが入院しなければならない状況は、普通のことではありません。本来、赤ちゃんが生まれたら一緒に過ごすところ、離されることで母親の喪失感は強くなります。『心の傷つき』は妊娠週数や体重の少なさ、重症度などの基準で区切ることはできません。後期早産児の母親であってもケアが必要という共通認識が必要です」
妊娠35週1632gで生まれた長女(3)は現在、保育園に通っています。発達はゆっくりですが、大きな病気はなく、友だちと元気に遊んだり、走り回ったりしているそうです。
女性は、「周りの子と比べないように娘の成長だけを見ていきたい」と話しています。
※この記事はwithnewsとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。
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