IT・科学
ドナー休暇制度、建設会社が導入した理由 「人が抜けて大変でも…」
骨髄提供を経験した専務「ちょっと大変な献血」
骨髄バンクドナーは、検査での通院や数日間にわたる入院が必要で、仕事を休まなければなりません。なかには、社員が休みやすいように「ドナー休暇制度」を採り入れる企業が出てきています。人繰りの厳しい中小企業にもかかわらず、ドナー休暇制度を採用した建設会社もあります。なぜ制度を導入したのでしょうか?(withnews編集部・水野梓)
日本骨髄バンクに登録し、患者さんと適合して提供することになった場合、事前の検査での通院や、提供時の数日間にわたる入院などが必要です。
しかし人手不足に苦しむ業界や、社員数の少ない中小企業などでは、「人が抜けてしまうと大変」というのも実情です。
そんななか、従業員40人ほどの北海道苫小牧市の建設会社「小金澤組(小金澤昇平・代表取締役)」は、苫小牧市で初のドナー休暇制度を採り入れました。
「なぜドナー休暇制度を採り入れたんですか?」と、同社の椎名心さん(49)に聞くと、「実は、私がドナー経験者なんです」と答えてくれました。
椎名さんが骨髄バンクのドナーに登録したのは、10年前の夏、当時2歳の長男が白血病と診断されたのがきっかけでした。
「自分の息子が、まさか」という気持ちだったと振り返ります。
「白血病の治療や骨髄バンクが誰かの善意で成り立っているということは、漫画で読んでなんとなくは知っていました。でも、自分の家族がそうなるまで詳しくは知りませんでした」と言います。
「体調が悪かったので市民病院へ連れていったら、そのまま札幌の大きい病院に緊急搬送されて、白血病と診断されたんです。確率は低いと分かりつつも一応、私と妻の白血球の型を調べましたが適合せず、ドナーを待つことになりました」
幸い、3カ月後にドナーが見つかって、移植。翌年5月末に退院したときはホッとしたという椎名さん。いま小学校6年生になった長男は、4カ月に1度だけの検査のみで、薬も必要なく元気に過ごしているといいます。
「とても運よくスムーズに回復した例だと思います。息子が入院していたときから、妻と『息子が元気になったら自分たちもドナー登録をしよう』と話していて、9年前に登録しました」と話します。
登録してから数年後の冬、椎名さんには1回目の「適合」の連絡がありました。除雪で腰を痛めていると伝えたところ、提供にはつながりませんでした。
それから2年後、再び適合通知がきて、検査もしました。しかし、患者さん側の都合で休止に。椎名さんは「自分よりも、より適合する人がいたのかもしれません」と話します。
3回目は昨年、連絡がきて提供まで進みました。同時期に登録した妻は1度も通知の連絡がなく、「日本人に合いやすい型があるとは聞いていたので、自分はそうなのかなって思います」と言います。
「有給がとりづらいなぁ」という気持ちは多少あったというものの、上司に相談したところ、快く応援してもらったそうです。
職場など周囲のサポートもあり、椎名さんの中では、ドナーになることは「すごいこと」という認識ではなく「ちょっと大変な献血でした」と思い返します。
「ただ、実際に提供が決まると、患者さんは自身の免疫細胞をなくすための治療を始め、命の危険を伴うとも聞きました。自分が事故に遭ったり何かがあったりして『提供できない』となったら困るなと思って、提供時期の体調はかなり気にしましたね」
「1カ月ぐらいはお酒とインスタント食品は控えました。万全な体調で臨んで、良い状態でお渡ししたいなって」と語ります。
椎名さんの場合は「末梢血幹細胞提供」をすることになりました。手術で骨髄を採取するのではなく、白血球を増やす薬を使い血液中の造血幹細胞を採取するもので、土日をはさんで前後に2、3日の有給をとったといいます。
「点滴なのに不思議と腰が痛くなりました。でも鎮痛剤も渡されましたが、使用するまでの痛みではありませんでした。あとは不調もなく、退院後も問題ありませんでした」
「息子のことも思い出して『こうやって提供していただいたんだな』と感じていました。恩返しの気持ちで登録していたので、『無事に届いて、助かってほしいな』と願っていました」と話します。
その後、昨年末に小金澤組の社長と同級生という苫小牧市役所の職員から「ドナー休暇制度を導入しないか」という打診がありました。
小金澤社長は「うちに提供している社員がいるし、どんな内容なのか聞いてみようか」と応じ、トントン拍子で「ドナー休暇制度導入」の話が進んだといいます。
椎名さんは「ドナーがもっと普及すれば、より救える命がある。そのために自治体でも休暇制度を採り入れてほしいんだなと感じました。社としても、その先駆けになれればという思いでした」と話します。
「建設現場に出ている社員も多いので、どれぐらい活用してもらえるかは分かりませんが、制度を設ければ、もし『やりたい』『提供したい』という社員が現れた時に、社として対応できると示せると考えたんです。ハードルは高いかもしれませんが、導入して進めていこう、と社長たちと話しました」
椎名さんは「ドナー休暇制度を採り入れたことが、すぐ業績に直結するかといえば、影響はないと思います。ある意味では損失といえば損失となっちゃうかもしれません。でも、人が抜けると大変といえど、そこをなんとかフォローしていこうとみんなで考えてもらえればいいなと思います」と話します。
企業にとっても、「社会貢献したい」という会社の思いをアピールすることにつながっていると椎名さんは指摘します。
「先日、ラジオでも骨髄バンクのドナー登録者数がこの10年で22万人も減ってしまうかも、というCMが流れていました。自分は知っているので耳に入ってくるけれど、気にしていない人はどうなんだろうな、とも感じたんです」
会社にドナー休暇制度があれば、「ドナーって何の?」「なぜ必要なのか?」といった情報が多少なりとも入ってくるのではないか……と椎名さんは言います。
実際に小金澤組では、献血車を呼んで献血を呼びかけ、その時にドナー登録もあわせて呼びかけました。
「建設業へのイメージが上がればうれしいですし、大きい企業が『あの中小企業もやってるなら』と導入するきっかけになってもらえれば、輪が広がっていくと思います」
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