IT・科学
「打倒ヨーグルト」の思い 日本酒メーカーが麹甘酒を研究する理由
「八海山」で知られる八海醸造に聞くと…
日本で伝統的に親しまれてきた「こうじ(麹・糀)」の魅力を科学的にも明らかにしたい――。日本酒「八海山」で知られる八海醸造は、長年にわたって麹甘酒を製造・販売し、この8月、麹菌で初めてとなる機能性表示食品に届け出ました。麹甘酒は、発酵食品のチーズやヨーグルトに比べても研究に遅れをとってしまっているそう。7年かけて研究を続けている八海醸造の研究者に話を聞きました。(withnews編集部・水野梓)
甘酒にはたくさんの栄養素が含まれており、古くから「暑気払いの飲み物」として愛飲されてきました。今で言う百科事典のような「類書」の和漢三才図会(1712年)や「守貞謾稿」(1867年)にも登場するそうです。
この甘酒には2種類あります。日本酒づくりにも使われる「麹菌(こうじきん・糀菌)」を使った発酵飲料が「麹甘酒」です。清酒を絞ったときに出る酒粕(かす)に砂糖を加えたものは「酒粕甘酒」といいます。
麹甘酒の原料は、麹と水だけ。米の酵素の力で米のでんぷんを糖化させて甘みを引き出しており、アルコールは含まれていません。
日本酒メーカーとしては、2009年と早くから麹甘酒「麹だけでつくったあまさけ」を販売してきた八海醸造(本社・新潟県南魚沼市)。
リピートして愛飲しているお客さんからは「お通じがよくなった」「肌の調子がいい」といった声が寄せられていたそうです。
八海醸造の取締役製造部長の倉橋敦さんは、「ありがたいお声に、科学的にも答えられるように、研究して論文を書こうと考えました」と話します。
まずは数年かけて、自社の麹甘酒を成分分析し、飲用し続けても血糖値が上がりすぎないかどうかといった安全性を調べました。機能性表示食品としての販売を目指し、大学などとも連携しながら研究を重ねていきました。
研究スタートから足かけ7年、この8月に消費者庁への届け出が済み、機能性表示食品として販売できるようになりました。「麹菌」で初めての機能性表示食品だといいます。
麹菌の発酵食品といえば、日本酒はもちろん、味噌やしょうゆなども和食に欠かせないものです。
しかし、実は、食品の機能性においてはほかの発酵食品の研究が先行しています。
倉橋さんによると、世界の主要な医学生物学雑誌を網羅するデータベースの論文数で比較すると、2023年8月時点で発酵食品のチーズは1万5286本、ヨーグルトは6247本。対する甘酒は15本にとどまっており、うち5本が八海醸造の論文だといいます。
アルコール飲料で比べても、ビールは3万8558本、ワインが2万8884本に対して、清酒は4911本。研究が比較的多い味噌でも1万1124本、しょうゆも1万762本だといいます。
「麹菌は日本人にとってもっとも身近な菌です。でも、なんとなく『お通じ改善』を想像すると、乳酸菌のヨーグルトや飲料に手が伸びてしまう……なんてことはないでしょうか」と指摘します。
「日本ならではの発酵食品の魅力に気づけていない、灯台もと暗しという状況だなと感じました」
今回、八海醸造が届け出た機能性は、「麹菌Aspergillus oryzae HJ1株」と「麹由来グルコシルセラミド」について、それぞれ「腸内環境を整え、便通を改善する」「肌の潤いを守るのを助ける」というものです。
成人22人ずつに、一方には麹甘酒、もう一方には麹の成分が含まれていないプラセボ飲料を3週間飲み続けてもらいました。麹甘酒を飲んだグループでは排便日数・回数が有意に改善しました。
また別の研究では、乾燥肌を実感している30人ずつに、8週間にわたって飲み続けてもらうと、プラセボ飲料を飲んでいたグループに比べて、冬の乾燥した環境でも頰の肌の水分量が維持されました。
倉橋さんは「これまで麹甘酒を手に取ったことがない人でも、機能性表示食品の表記をきっかけに興味を持ってほしい」と考えています。
また、研究の被験者数はまだ少なく、さらに欧米人でも効果が見られるかどうかなど、今後も研究を重ねていくといいます。
倉橋さんは「世界に麹甘酒を広げていく上で、研究を続けるのが弊社1社だけでは盛り上がりに欠けます。ぜひ他のメーカーさんにも麹菌による発酵食品を研究していただいて、切磋琢磨していきたい」と語ります。
私たちの食文化に根づいている「麹」ですが、実は、種麹を扱う「麹屋・もやし屋」は全国にわずか10社ほどしかないといいます。
八海醸造が取引しているの種麹のひとつが、京都市の「菱六もやし」。倉橋さんは「私たちは種麹を作れません。麹屋さんあっての日本酒、甘酒なんです」と話します。
今回、機能性表示食品に申請する上で、八海醸造は甘酒に使っている麹菌を「HJ1株」と名づけました。「菱六もやし」が育み、八海醸造がその機能性を見出した麹菌です。
「H」は菱六と八海山の「H」、Jは「Jozo(醸造)」「Japan(日本)」、その1番……からとりました。
「脈々と受け継がれてきた麹菌の歴史が、もっと知られてほしいですし、世界にも広がってほしいと思っています。もやし麹屋さんと日本酒メーカーは共生関係にあり、今回の機能性の登録を菱六さんも喜んでくれました」と話します。
ほかにも八海醸造では、大学や他企業とも連携し、乳酸菌のほかに麹菌と酒粕を使って発酵・熟成させた初めての麹チーズ開発にも携わりました。蔵王酪農センターが販売している「麹チーズ蔵(KURA)」です。
倉橋さんは「麹チーズは、味噌・しょうゆと同様にグルタミン酸のうまみを感じられるため、塩分を減らせるといったメリットがあります。麹菌は優秀な微生物なんです」と言います。
「打倒ヨーグルトを目指します」と笑う倉橋さん。麹甘酒のリーディングカンパニーの一員として、「味はもちろん、麹の魅力を科学的にも明らかにして伝えていきたい」と意気込んでいます。
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