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障がい児・医療的ケア児を育てながら働く「綱渡りの毎日」 親の葛藤
「ぼく友達をたたいてしまうから…」ハッとさせられた息子の言葉
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「ぼく友達をたたいてしまうから…」ハッとさせられた息子の言葉
障がいのある子や医療的ケアが必要な子どもを育てる親が、仕事と子育てを両立しようとすると、様々な問題に直面します。「何度も退職がよぎった」「良い親子関係のために自分がやりたい仕事をやっていきたい」「職場に行くと私らしさを取り戻せる」。そう話す親たち。どんな日常を送っているのでしょうか。
7月に開かれたオンラインセミナー「障がい児を育てながら働く 綱渡りの毎日」(「障がい児及び医療的ケア児を育てる親の会」、朝日新聞厚生文化事業団主催)。
障がいのある子や医療的ケアが必要な子どもを育てる親たちが、育児と仕事を両立するため、課題の「見える化」をめざして自身の日常を振り返ったり、母親にケアの負担が偏っている現状を報告したりしました。
大手電機メーカー労組が加盟する電機連合の職員・河崎智文(ちふみ)さん(55)は、発達障がいの長男(18)を育てる母親です。
長男は幼い頃から多動でこだわりが強く、保育園では友達にかみついてしまったり、買い物中にはカートでダッシュしてどこかに行ってしまったりすることもありました。
見ず知らずの人に「親のしつけがなっていない」と怒鳴られたこともあったそうです。
5歳で診断を受けたとき、河崎さんは「正直なところ、ショックというよりも、『これで前に進める』という気持ちでした」と振り返ります。
その後、小学校入学に向け、週1回ソーシャルスキルトレーニングに通い始めました。職場にも長男の状況を説明し、河崎さんが半休を取って付き添っていたといいます。
小学校は通常学級でしたが、集団生活になじめずトラブルが続出。教室を飛び出したり、友達をたたいたり、「保護者へおわびの日々が続いた」そうです。
学校からは「授業が成り立たない。親が付き添ってほしい」と言われ、「どこから手をつけて良いか分からない、親子共に追い込まれる日々でした」。
「息子は幸せなのか」。そう思い詰めたこともありますが、小学生の長男に言われたある言葉がきっかけで意識が変わりました。
落ち込んでいる河崎さんのもとへやってきた長男。
「ぼく友達をたたいてしまうから、手をぐるぐる巻きにして」
そう言ってガムテープを差し出しました。
「困っているのは息子だ。私がしっかりしなきゃと我に返りました」。河崎さんはそう打ち明けます。
主治医から学校側に長男の支援方法を説明してもらい、学校全体で情報共有をするなどして、状況は少しずつ改善していきました。
学校生活を振り返ると、河崎さんは「何度も何度も『退職』がよぎった」と話します。しかし、仕事の時間は河崎さんにとって大切なものでした。
「息子と離れる時間を確保でき、働くことで気持ちの切り替えができて、最悪の状況を乗り越えられました」
2022年7月、所属する電機連合で「障がい者支援ガイドライン~誰もがいきいきと働き暮らす共生社会の実現に向けて~」の策定に携わり、障がい児らの家族が働き続けられるように両立支援を盛り込みました。
自身の経験を踏まえ、次のように呼びかけます。
「どうかひとりで抱え込まないでほしい。頑張りすぎないでほしい。『助けて』と声をあげてほしい。きっと支えてくれる人はいます。そして、自分の人生も大切にしてほしいです」
「全国医療的ケア児者支援協議会」の親の部会長を務める、会社員の小林正幸さん(50)は、セミナーで、医療的ケア児の保護者を対象にした就業状況のアンケート(2020年)について報告しました。
アンケートによると、医療的ケアを担っている主な介護者は94%が母親です。
就労状況は、父親の78%が正社員として働いている一方、母親は15%にとどまり、43%が仕事をしていないと答えました。
子どもが18歳を過ぎて学校を卒業すると日中の受け皿が少なくなるため、家族がケアをせざるを得ない現状もあります。調査では、子どもが19歳以上の母親の正社員率は0%だったそうです。
小林さん自身も、24時間医療的ケアが必要な長男(20)と暮らしています。
「働き続けることの課題をお伝えしましたが、『医療的ケア児が生まれたら働けない』とは思われたくありません。みなさんも『働く』と言い続けてほしいと心から願います」と訴えました。
セミナーを主催した「障がい児及び医療的ケア児を育てる親の会」の会長で、重度の知的障がいを伴う自閉症の長女を育てる会社員、工藤さほさん(50)は、次のように訴えます。
「今の育児・介護休業法は健常児の年齢で支援制度を区切っています。小学生になったからといって、自力登校できるようになるとは限らない子たちを育てながら働き続けたいと願う親たちへの柔軟かつ具体的な配慮の視点も盛り込んでほしいです」
「本日のセミナーが、どんな子でもどんな人でも暮らしやすい風通しのよい社会を目指して、ともに知恵を出し合い、支え合い、力を合わせていくきっかけになればと考えています」
セミナーに参加していた佛教大学社会福祉学部教授の田中智子さん(障がい者福祉)は「障がいのある人の親が働く意義は、やりがい、自己実現も当然のことながら、経済的な保障も重要」と指摘します。
働けなくなった場合の課題について、「高齢期の低年金につながり、親子双方の自立を難しくします」と話しました。
学校へ送迎や付き添いが必要な現状についても、「親だからといって、いつでも、無償で活用できるとする社会の枠組みを変える必要があります。それを変えていくためにも、当事者の経験が語られることは非常に重要ではないでしょうか」としています。
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