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「NOは相手の全否定ではない」 漫画でも描かれる〝同意〟のシーン

漫画家ツルリンゴスターさんインタビュー

親族の集まりで「お酌」を断る、主人公つばさの母
親族の集まりで「お酌」を断る、主人公つばさの母 出典: KIDSNA STYLE連載「彼女はNOの翼を持っている」より

目次

イヤと感じたことは「NO」と伝えてもいい――。漫画家のツルリンゴスターさんは、「こうあるべき」といった社会のプレッシャーから脱していく物語など、社会のさまざまな問題をテーマにしています。性教育やジェンダーにまつわる価値観が、驚く速さでアップデートしていく現代、どのようにアンテナを張っているのでしょうか。(withnews編集部・水野梓)

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ツルリンゴスターさん:1985年生まれ、漫画家・イラストレーター。10,8,5歳の長男・次男・長女を育てる。著書に『いってらっしゃいのその後で』(KADOKAWA)、『君の心に火がついて』(KADOKAWA)。KIDSNA STYLE(https://kidsna.com/magazine/entertainment-comic-0928-14230)で「彼女はNOの翼を持っている」、レタスクラブで「ランジェリー・ブルース」を連載中

「NO」の大事さ、真正面から描く

――ツルリンゴスターさんがKIDSNA STYLEで連載中の漫画「彼女はNOの翼を持っている」は、16歳のつばさが主人公です。幼少期、親族の集まりで母が男性陣へのお酌を断るエピソードから始まります。
連載中の漫画『彼女はNOの翼を持っている』。親族の集まりで母がお酌を断ります
連載中の漫画『彼女はNOの翼を持っている』。親族の集まりで母がお酌を断ります
――生理が重い女子高校生がそれを周囲に言いづらかったり、コンドームを落とした男子高校生が戸惑ったりといったエピソードもあります。漫画を描くきっかけを教えてください。

性教育を題材にした漫画で、「NO」と言える大事さを真正面から描いてみたかったんです。

これまで漫画や物語って、男性が女性を壁ドンしたり急にキスしたり……「同意」のないシーンが多かったですよね。私も親しんできましたし、俺様キャラが好きだし、これまでの物語の魅力は分かっているんですけど。

でも最近は、漫画でも性的な行為の前の「同意」のシーンが描かれたり、「これは同意?」という確認のコマがあったり、変化があります。作り手側に、そういう視点を持つことが大事だという意識が広がっているのを感じます。

相手を全否定する「NO」じゃない

――自分が思春期だった頃を振り返っても、「NO」と言いづらい体験がありました。

好きな人に対して「嫌われたくないから断れない」って多くの人が経験していると思います。

性教育講師として活動するにじいろさん(https://twitter.com/beingiscare)も、「相手に嫌われたくなくて『避妊して』と言えない」という10代の悩みが多いと話していました。

でも、暮らしの中で「NO」「YES」を使っていないのに、いきなり恋愛で「性的同意」を使うのは難しいですよね。

今も、若い女性が妊娠、トイレで出産したというニュースも流れます。生活の中で「NO」「YES」を使えることが関係性を作ると知ってほしいし、助けを求めること、適切なサポートにアクセスできる知識も持ってほしい。

そういう学びの土台となる性教育は大切だと思います。

――なぜ「NO」と言いづらいのでしょうか。

NOと言うことは、相手を全否定すること――と感じてしまうのかもしれません。
 
母がつばさにお酌をしない理由を語るシーン
母がつばさにお酌をしない理由を語るシーン 出典: KIDSNA STYLE連載「彼女はNOの翼を持っている」より
できごとや行為へのNOと、相手の人格を否定するNOの切り離し方を学ぶことが大切です。「こんな風にされるのはイヤだけど、あなた自身を否定しているわけじゃない」という意味だと意識を変えていく。

そうすると他者との関係のつらいことも減って、お互いを大切にできるのではないでしょうか。
――「NOの切り離し方」はさまざまなシーンで有効そうだと感じます。
これは仕事でも同様で、私は普段ウェブ制作の会社で働いていますが、NOの切り離し方を意識してから楽になったんです。

これまでは制作物への修正が重なると「自分って能なしだな」と否定して落ち込んでしまうことがありました。

「これは作業についての修正で、私の人間性へのダメ出しではない」と考えると、「ミスがないように次もやっていこう」と切り替えられます。

社会構造から生まれる問題を描く

――ツルリンゴスターさんの漫画『君の心に火がついて』では、夫から「母親なんだから」と言われたり、独身だからと昇進を打診されたりする女性が登場します。
大きな反響があり、コミック化した漫画『君の心に火がついて』(KADOKAWA)より
大きな反響があり、コミック化した漫画『君の心に火がついて』(KADOKAWA)より
ほかにも年を重ねてからの恋や、男子高校生のメイクといったテーマもあり、社会の〝こうあるべき〟からの解放が描かれているように感じました。描き始めたのはどうしてですか?

当時は、子どもを産んで落ち着いたあとの就活中でした。ハローワークで「非正規雇用で働いていた期間のことはキャリアになりにくい」って言われたんです。

「自分の生活を守るための選択が、なぜこんな崖っぷちのようなことになってしまうのか」と衝撃を受けましたし、落ち込んでしまいました。
「母親」というレッテルと、もともとの自分との乖離を感じているタイミングでした。SNSでセクハラや性的暴行などの体験を訴えた「#MeToo」と同時期で、フェミニズムに触れた頃でもありました。

そこに「創作漫画やってみないか」というお声がけがあって。社会構造から生まれる私たちの意識の問題にフォーカスして、「私はこんな考えで描いていく」という宣言になる作品をつくろうと思ったんです。
『君の心に火がついて』あらすじ:家事育児をしない夫と向き合う妻、「男女の恋愛」に違和感のある高校生、結婚せずに子どもを産んだ女性……。主人公たちは「これが普通なんだから」「誰だって我慢してる」「自分にはできない」と、自分の気持ちにふたをしてきた。そこへ人間の心にともる〝火〟を食べる妖怪・焔(ほむら)が現れて――
ただ、連載中は「これが正しいのかな」「誰かを傷つけているんじゃないかな」と悩みながら描いていました。

「女対男」みたいな対立にはしたくない。どちらの立場の人の気持ちもくみとってもらうために、登場人物の生活が読み取れるところまで掘り下げ、「個人の話」として描くように気をつけました。

――連載にはたくさんの反響があり、コミック化が決まったそうですね。

登場人物への想像力を持って読んでもらえたんだと思います。想像力って他者への優しさにつながりますよね。

壁打ち相手になってもらって

――子育てや恋愛への考え方など、社会の価値観が大きく変わっています。ツルリンゴスターさんはどう価値観をアップデートしていますか?

実は子どもが生まれるまでは、かなりステレオタイプで保守的な考え方をしていました。

自然と「老後のために子どもはいた方がいい」「男の人は稼ぎがないとダメ」なんて言っていたと思うんです。
「母親なんだから我慢しろ」「みんな当たり前にやってる」と言い聞かせていて……。自身の気持ちを吐露するシーン
「母親なんだから我慢しろ」「みんな当たり前にやってる」と言い聞かせていて……。自身の気持ちを吐露するシーン 出典: 『君の心に火がついて』
当時の考えとは違う物語を描く身として「どの面下げて描いているんだろう」という思いはずっと持っています。

それで傷つけた人もいるでしょうし、ふと夜中に「あのときの私を止めてーーー!!」と後悔が襲ってくることもあります。

過去には戻れませんが、同じ後悔をしないためにも、性教育やフェミニズムを学んで、新しい考え方や知識が身についてきて、今まで取りこぼしてきた視点を持てるようになってきました。
「よくある話なんだから」と自分の気持ちに蓋をしていたことに気づいた主人公
「よくある話なんだから」と自分の気持ちに蓋をしていたことに気づいた主人公 出典: 『君の心に火がついて』
今も、描いていて何かがひっかかるときがあります。この「モヤッとするひっかかり」を放っておかないことが重要で、そのまま発信してしまうと見えていない誰かを傷つけてしまうことになると思います。

私の場合は、友人や編集者さんに見せて話して、壁打ち相手になってもらいます。すると、自分が本当に感じていたことや、無意識の偏見に気づけることもあります。
――普段からどんな風にアンテナを張っていますか?

SNSを見たり、さっきの「ひっかかり」に関係するような書籍・記事・ドキュメンタリーなどのコンテンツを集めて見たり、趣味で見たり読んだりしている中にも新しい視点に出会えることがたくさんあります。

映画もサブスクで観られるものが多くなりましたよね。海外のドラマを観ていたら、親子関係が日本よりも直接的で「こんなに『愛している』って言うんだなぁ」「言葉で『どんなに大事に思っているか』を伝えているんだなぁ」と感じました。

日本はどちらかというと「言わなくても伝わっているよね、伝わっていてほしいな」という意識が強いですよね。

なので最近は、普段から自分の3人の子どもたちに言葉で伝えるようにしています。恥ずかしがらずに「本当に素敵」「あなたを大切に思ってるよ」と口に出すと、子どもたちも照れなく受け止めてくれます。
子どもといろいろな話をするツルリンゴスターさん。エッセイ漫画でも発信しています
子どもといろいろな話をするツルリンゴスターさん。エッセイ漫画でも発信しています 出典: 『いってらっしゃいのその後で』(KADOKAWA)
――イヤだと感じたときに「NO」と言うことと通じますが、言葉にすることに慣れておく、というのは大切ですね。

「口に出す」というのは練習だと思うんです。

普段から子どもと一緒に、「大好きだよ」「これは嫌だからやめてね」「やめてくれてありがとう」といった言葉にする練習をできていると、話し慣れていないと恥ずかしくなってしまうような性器や妊娠のしくみなどについて話すときにも、お互いが使いやすい言葉を選んで話せることにつながります。

――今後、漫画で描いていきたいテーマはありますか?

子どもと共有する時間が成長とともに減り、描ける頻度が減ってきましたが、育児エッセイ漫画はずっと続けたいと思っています。

そして性教育と人権の勉強もしながら、テーマを持った創作漫画も描いていきたいと思っています。
【インタビュー前編】性教育いつから始める?実は「人権」の話だった…漫画家が驚いたこと

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