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裁縫セットのデザイン、50年前は2種類…多様化の走りはあのキャラ
「決定権が先生」から、現代は「子ども・保護者主体」
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「決定権が先生」から、現代は「子ども・保護者主体」
SNS上で定期的に話題にあがる「裁縫セット」や「書道セット」のケースのデザイン。小学生の間に学校を通じて購入することも多い教材ですが、キャラクターやロゴがあしらわれたそのデザインは、そもそもどのような経緯で採用され、時代によってその人気に変化はあるのでしょうか。50年以上、「セット」などの教材を販売している会社に話を聞きました。
応じてくれたのは、50年ほど前から全国に向けて裁縫セットや書道セットを販売している新学社(京都市)です。
新学社では、特約店(各社が販売する学用品などを、学校に直接訪問して販売する業者)を通じて全国の小学校約2万校に商品を販売しています。
新学社が裁縫セットなどの教材を開始した当時、すでに学校では裁縫や書道を扱う授業があり、当時は裁縫セットや書道セットを専門的に販売するメーカーもありました。そこに、当時、学習テスト・ドリルの出版社だった新学社も参入したのです。
販売を開始した当初、裁縫セットのデザインは男女で分けたシンプルなものでした。「当時は基本的に、男女それぞれに分けただけの二つのデザインで構成されていました」と話すのは、執行役員小学事業部教具企画部長の檀上和典さん。鞠(まり)・扇(おうぎ)が女子、兜(かぶと)・駒が男子という絵柄での分け方と、黒が男子と赤が女子で区分した商品もあったそう。
ところが、35年ほど前になってくると、キャラクターが採用されるようになってきたといいます。
「元々、学校は教育の現場にキャラクターのものを持ち込むことが許されない風潮がありました」と檀上さん。
ただ、その頃には個人でそろえることのできる鉛筆や筆箱などの文房具にキャラクターものが登場するようになったり、私服で登校する学校が増えたりし、対応が徐々に寛容になっていったといいます。
その流れに乗り、新学社が採用したのは「タマ&フレンズ」でした。
「タマ&フレンズ」を採用した背景について檀上さんは「当時テレビ放映もされていたキャラクター。動物がモチーフだったのは、『人を傷つけないようなキャラクターに』という点でよかった」と話します。
また、それまで男女でデザインを分けていたことの流れを汲み「(キャラクターの)ポチは男の子でタマは女の子。それぞれをメインにしたデザインを作っていました」
ただ、それまでキャラクターを敬遠していた学校現場に受け入れられるかどうかという点で、当時は賛否両論あったといいます。成功するかどうかわからない面もあり、当初の発注は少なめ。
ですが、結果的にその心配は無用だったといいます。「めちゃくちゃ評判がよかったんです。品切れするほど売れました」
そこからは、新学社が手がける裁縫セットなどの教具はキャラクター路線に舵を切っていきました。
「タマ&フレンズ」以降しばらくは、いまほどジェンダーレスの意識が浸透していない時代背景もあり「男の子はかっこいいもの、女の子はかわいいもの」と、男女で違いのあるデザインが主流になっていきました。
檀上さんによると、キャラクターもののデザインについては、子どもたちの中でどのようなキャラクターが流行っているのかを日々市場調査しているといいます。
マンガ雑誌で掲載されているものはなにか、文房具屋さんの売れ筋はなにか――。
特約店を通じて、学校での流行を聞き取ってもらうこともあります。
その結果を受けて、キャラクターの選定に入っていきます。
選定の過程では、子どもたちにアンケートをとることも。「発達段階で好みのキャラクターも変わってくるので、裁縫セットだったら5年生、画材セットだったら2年生……など、それぞれを購入する時期の子どもたちにアンケートをかけています」
最終的には、すでに販売し、販売継続する商品とのバランスをみながら、決定します。
近年、学校現場では、ジェンダーレスの制服や水着が採用され始めていますが、新学社の教材のデザインも「3割はジェンダーレス」。「男の子でも女の子でも選びやすい商品はよくヒットしています」(檀上さん)。一方で、「男の子向けに」と思って作ったものが女の子に売れたりすることもあるそうです
全体的なトレンドとしては、「『子どもだからこんな柄でいいよね』という製品はたいがいはずれます」と檀上さん。
「(学校の前の文房具店や駄菓子屋など)子どもだけが入るお店が少なくなり、大人も使うコンビニに子どもも入るようになった。さらに、インターネットの普及で、子どもが得る情報が大人と変わらなくなってきているので、好みも大人に近くなってきている印象です」
そんな中、1~2年しか人気が続かなかったキャラクターがあるなど、トレンドの遷移が激しいと感じることもあるという檀上さん。「本音を言えば、一度作ったデザインは長く作り続けたい」。動物をあしらったものや、スポーツブランドのデザイン、リボン付きのシンプルなデザインのものは長く愛されているそうです。
新学社がキャラクター選定の過程で「子どもへのアンケート」を実施するほど、現代では子どもの持ちたい物を優先させる傾向が強まっていますが、15年ほど前までは、「先生の決定権が強く、先生が『ダメ』というものはダメでした」といいます。
「あくまで学校現場で使うものなので、『教育上好ましくない』と現場が判断するものを製品化することはしませんでした」と檀上さん。
檀上さんによると、「決定権が先生」だった時代を経た、現代の「子ども・保護者主体」の選択だといいます。「保護者の『子どもに好きなものを持たせたい』という思いが、学校側の規制を上回ってきたのだと思います」
一方で、葛藤もあるといいます。
「我々はあくまで学校現場に提供するものを販売しています。市場に迎合しすぎていいのかという悩みは常に抱えています。そのため、学校教材として大きく逸脱したものにならないように、という意識は常に持っています」
記者は先日、「龍」という文字が大きくあしらわれ、「かっこいい」台詞も一緒にデザインされた書道セットの写真をツイッターで見かけました。
「かっこいい」「懐かしい」など、リプライ欄は大盛り上がり。時に(親から見て)「ダサい」という文脈で話題になることもある、裁縫セットや書道セットですが、親世代が共通して盛り上がれる「教材」という存在が非常にいとおしく感じたツイートでした。
そのツイートの盛り上がりをきっかけに、新学社への取材をお願いしました。
「子どもが持ちたい物を持たせてあげたい」という考えの元、そこには多様な選択肢があってほしいと願う中で行った取材でしたが、話を聞く中で、一昔前は選択の幅が非常に狭かったことや、そもそも子ども主体での選択が奨励されていなかったことを改めて思い知りました。
そういえば、ランドセルのカラーバリエーションが大幅に増えたのも、そんな昔のことではないですよね。
子どもを巡る環境は、教材一つとっても大きく変化しているのだなあと、しみじみ感じています。
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