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小さく生まれた赤ちゃんの記録を残す「リトルベビーハンドブック」
母子手帳に書けることが少なく、落ち込む家族もいます
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母子手帳に書けることが少なく、落ち込む家族もいます
早産などで小さく生まれた赤ちゃんは発達がゆっくりなことが多く、母子手帳の成長発達の項目を見て落ち込む家族も少なくありません。そんな家族の要望を受け、主に1500g未満で生まれた赤ちゃん(極低出生体重児)と家族へ向けた、母子手帳のサブブック「リトルベビーハンドブック」が各地で広がっています。
「母子手帳に書き込めないことに落ち込みました」
2021年3月発行の佐賀県のリトルベビーハンドブック作成に携わった、佐賀市の江口玉恵さん(40)はそう話します。県内でリトルベビーサークル「Nっ子ネットワーク pian piano(ピアン・ピアーノ)」の代表も務めています。
2012年、妊娠33週で1458gの息子を出産しました。身長は40.6cmでした。
多くの赤ちゃんは妊娠37〜41週(正期産)で生まれ、平均体重はおよそ3000g、平均身長は49cmほどです。
母子手帳は正期産で生まれた発達を基準につくられています。例えば成長発達の項目には、生後1カ月ごろの場合「裸にすると手足をよく動かしますか」といった問いがあり、「はい」か「いいえ」を選択する形式です。
早く小さく生まれた赤ちゃんは発達がゆっくりなため、本来の出産予定日を基準にした月齢(修正月齢)に合わせても、「いいえ」に丸が並ぶことがあります。
発育曲線には出生時の身長が40cm以上、体重が1kg以上からしか記入できません。そのため、小さく生まれた赤ちゃんの家族のなかには、母子手帳を開くことがつらいという人もいます。
リトルベビーハンドブックは「はい」「いいえ」で発達を記録するのではなく、「頭を一瞬持ち上げる」など何かができた日付を記入する形式です。発育曲線は身長20cm、体重0gから記録できます。
江口さんは「母子手帳を開くと『ハァ』とため息をつきたくなりました」と当時を振り返ります。
「リトルベビーハンドブックですら開けることができないママもいるとは思いますが、できるだけ心が傷つかないような内容を検討しました」と話します。
目指したのは、「家族と医療、行政、地域の方々とつながりを持てる一冊」です。
「早産を経験したママは孤立しがちです。私も経験がありますが、外に出るのも諦めてしまう。あなただけが頑張ることではないし、みんな見守っているよ、ひとりじゃないよというメッセージが伝わればいいなと意識しました」
子育ては母親だけでするものではない、父親も当事者としてたくさんの悩みを抱えているーー。数あるリトルベビーハンドブックの中でも佐賀県版はいち早く、低出生体重児の父親のメッセージも採り入れました。
江口さんは、低出生体重児の父親から「妻を支えなければと自分も頑張っていた」と聞いたことがありました。
「ママもつらいけど、パパも複雑な思いを持っていて、しかも口では言いづらい。子どもを心配する気持ちは一緒です。私も夫が動揺する姿を間近で見ていました。パパの気持ちも知っていただきたいと、掲載しました」といいます。
2021年から佐賀県の医療機関で配布していますが、地理的に福岡や長崎で出産する妊婦もいるため、福岡・長崎の一部の医療機関でも配布しています。
実際、リトルベビーサークル「pian piano」の副代表の女性は福岡県の病院で出産し、その後1時間以上かけてNICU(新生児集中治療室)へ面会に通っていたそうです。
隣県の病院にリトルベビーハンドブックを置くことについて、江口さんは「出産後はNICUへの面会や様々な手続きで慌ただしく、自治体の窓口へもらいに行く余裕はありません。できれば産んですぐ手に取ってほしいという思いがありました」と話します。
佐賀県健康福祉部こども家庭課によると、2020年度の初版は300部で2021年度も550部増刷したそうです。県内の病院5カ所のほか、福岡県6カ所、長崎県3カ所の病院で配布しています。
県の担当者は作成にあたり、江口さんら当事者家族のヒアリングを重ねました。
「『母親は小さく産んでしまった自責の念がある』『どこに相談したらいいかわからない』といった声を聞きました。リトルベビーハンドブックを使うことで少しでも前向きになれるようなご支援ができればと思っています」(佐賀県こども家庭課の担当者)
リトルベビーハンドブックは2018年に静岡県で作成されたことをきっかけに、少しずつ各地へ広がっています。普及を支援する国際母子手帳委員会の板東あけみ事務局長(71)によると、2022年10月現在で11県と10余りの市で作成・配布されているそうです。
最初につくられた静岡県では、低出生体重児の母親らでつくる支援団体が2011年に作成したものをベースにし、現在は英語やスペイン語、中国語など7言語に対応した冊子もあります。
市が県に先行して作るケースもありますが、板東さんは「県レベルでの作成が望ましい」と指摘します。
例えば市や町で作った場合、地域にNICUがなければ、産後すぐの不安な時期に渡せないケースもありえます。一方で、都道府県の大きな病院では、別の市や町の母親も入院しているため、不公平になってしまう可能性があるのです。
「県が作る過程で、行政・医療・地域保健・当事者のネットワークができて、相互理解にもつながります。リトルベビーハンドブック以外の課題にも対応する、切れ目のない支援への関係作りができるのです」
板東さんによると、2022年度内には26以上の道府県で作成される予定といいます。
「リトルベビーハンドブックは単に母子手帳に書けないことを書くだけではなく、メンタルケアの要素が大きいものです。だからこそ基本産後すぐ入院中に受け取れるかどうかが大切なんです。当事者のママたちの発信で、だんだんと社会に認知されるようになってきましたが、全国に広がってほしいと思います」
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